第六話『命名:ピース・ベッテンコート』
――目覚めると、ベッドの中だった。見慣れたゴージャスな部屋。
家に着いたのか……
「奥様! 旦那様! 坊っちゃまが、お目覚めに!」
よう、マリア元気か。
……って、また赤ん坊の姿に戻ってた。
あーあー、だーだー言ってる俺。悲しい。
そして椅子から転げるように立ち上がったアランが、立ち上がったショックで椅子を壊した。
憔悴しきった顔だ。心配かけたな。
「ボブ! 大丈夫か、ボブ~!」
「ああ! トドナミクス!」
だからそいつ誰だって。
部屋にはメイドのマリア、アラン、シャルロット夫妻、そして、黒い剣士ダレスと、ナイスミドルのおっさんがいた。
全員で顔を覗かれ、ちょっと恥ずかしい。
「うむ、意識もはっきりしているようだな」
ダレスが笑顔だ。似合わねえし怖ぇし。
待てよ、もしかしたら、俺はこいつが父親だった可能性もあったんだよな。アラン、よく勝てたな、こんな化け物と。
アランで良かった。毎日こんなゴツい奴と顔合わせんのは嫌だ。
――おい、クレア。
『はい、ご主人様』
――おお、反応早いな。ライアンとマルムスティーンは?
『あの騒ぎの後、皆さんは衛兵に救護されまして、ライアン様は別室でお休み中です。マルムスティーン様とお仲間は、議会場の地下の牢屋へと連れていかれました』
――牢屋だと? そうか、他の連中は知らないから仕方ないか……てか、お前今、どこにいる? 遠方の地とか言ってたよな?
『はい。モンブロア大陸といって、ご主人様のおられるサンクイユ大陸からは船と馬車で西へ何ヵ月もかかる所におります』
――遠いんだな。またあの白い場所で会えるのか?
『いえ、あれは特別に力を使いました。もう暫くは魔力を溜めないと無理です』
――そっか。奴隷とか言ってたが、全然そんな立場じゃねえな。
『申し訳ありません』
――いや、良いさ。それより、ジジイに″七精霊の巫女″って呼ばれてたが、ありゃ一体なんだ?
『七大陸の各地にいる巫女の事です。火、水、風、土、雷、光、闇の七精霊に使える巫女の事を、人々はそう呼びます。別に特別な存在ではありませんよ。各大陸にいますから』
――なるほど。でも、ジジイはクレアの事をよく知ってたみてぇじゃねぇか。
『ライアン様は、元々はモンブロア大陸で冒険者をされていた方ですから』
――そうなのか。冒険者ってなんだ。ロールプレイングゲームみてぇな、あれか。
『ご主人様の世界の事を少し調べましたが、大体合ってます。各地で多様な問題を解決する者達です。中には洞窟やダンジョンを探索する人達もいますよ』
――そうか。博打打ちはいねえのか。
『バクチウチ? すいません、よくわかりません』
――まあ良いや。で、クレアはそのモンブロア大陸の、雷の巫女なのか。
『はい。よくお気づきになられましたね』
――あんだけバリバリやられたらどんなアホだってわかるって。ところでクレア。頼み事がある。聞いてくれるか。
『何なりと』――
こうして、俺の名付け親争奪戦から二週間が過ぎた。
ハチャメチャにぶっ壊れた広場はまだ修復工事を終えていなかったが、あと数日あれば完全修復するだろう。
そんな広場に、再び集まった武家や貴族、そして民衆。
この二週間でクレアからだいぶこの世界のレクチャーを受けられたお陰で、この街の大体の仕組みを理解出来た。
――この街はナルナーク領というエリアに属するモルデーヌという街で、シェローン家が支配する土地だそうだ。
俺んち、ベッテンコート家は武家で、衆をまとめているんだそうだ。
衆ってのは、前の世界で言うところの軍や警察をイメージしてもらえたら良い。大体当たりだそうだ。
そんで、貴族が政治を任されてるんだな。つまり治安を衆、行政を領で管理してるわけだ。
シェローン家から、俺の母ちゃんであるシャルロットがベッテンコート家のアランに嫁ぎ、両家の結び付きが強固になった事で、ナルナーク領では絶対的な存在になったらしい。
まさにズブズブの関係だな。
マルムスティーンのような商人達が重課税を強いられ、街では不満が渦巻いてるらしいが。なんとかしなきゃならねぇな。
ま、それは追々な。
――広場の噴水前。今日は水が出ていない。
民衆達はざわついている。
ロイド・マルムスティーンの処遇についての説明が、これから行われるんだと。
横白髪のハゲが現れた。相変わらずの仏頂面だ。元気で何より。
「さて、諸君。まずは、先の争奪戦の準備、ならびに現在も行われている改修工事、誠にご苦労である」
うちのジジイは、人にお礼もまともに言えねえんだな。何だか腹立ってきた。
「諸君たちも存じの通り、ロイド・マルムスティーン一派による、争奪戦の折りの我がベッテンコート家子息に対する狼藉に対する処遇についての説明を……ただいまより執り行う」
一部の群衆から拍手が起きる。が、すぐにその″まばら″な拍手は止んだ。
「ロイド・マルムスティーンをこちらへ」
手縄で後ろ手に縛られたマルムスティーンと三人組が、噴水前に歩かされてきた。
何だよこれ。まるで犯罪者扱いかよ。ジジイ、俺との話はどうなった。
民衆が異様にざわついている。何だろう。
「縄をほどけ」
衛兵に手縄を外されたマルムスティーンは、民衆に顔を向けた。
……あれ、ちょっと、何だ、この違和感。
「ロイド・マルムスティーンよ。何か、民衆に訴える事はないか」
「言うべき事は言いました。今は、ございません」
何だか……カッコいい、いや、あれ?
民衆の中には悲鳴を上げている奴もいる。
え? 全然わかんねぇ。あ……あーっ!
「あうあうあー!」
「坊っちゃん、ちょっと静かにしてましょうねー」
マリア、これは間違い探しだ。
マルムスティーンの、あのチョビヒゲと外巻きの髪の毛が、″落とし前″によって無くなったのは聞いていたが……
二週間牢屋に入れられていたせいなのか。たった二週間で? 腹回りがスリムになってるし。
あれ、ちょっと、マリアが顔を赤くしてるの何故だ。
「だが、ロイド・マルムスティーンよ。お前があの夜、広場にて叫んだ心の叫び。行政に対する不満。私は、心を打たれた」
今度は貴族連中がざわつき始めた。
「静まれぃ!」
辺りは再び沈黙に包まれる。
「しかし、罪を犯したものを裁ねばならぬのも我が衆の務め。
罪は罪として、償ってもらう」
ライアンはそう言って書類を手に取った。
「ロイド・マルムスティーン以下三名の処分を言い渡す。
我がベッテンコート家子息に対する未成年略取誘拐罪並び強要罪を加算し、懲役五年を言い渡す。尚、付随して氷と炎商会の、向こう一年間の領との取引停止命令を下す。以上だ」
民衆からため息にも似たどよめきが起きた。
実刑か。俺にはこの刑が、軽いのか重いのか、解らない。裁判もやらねぇ世界なのは解ったが、本当は恐らく絞首刑とか平気でやる世界なのかもしれない。
ロイドの顔が信じられないといった顔をしているからだ。
「そして、ロイドよ。お前に対する恩赦の嘆願書だ。ほれ」
マルムスティーンは振り返ると、ライアンから署名を受け取った。
「この街には、それだけお前がこのナルナーク領に貢献してきた事実を知っている人達がいる。この嘆願書がなければ、死刑にしてやったところじゃがの」
奴は、震えていた。スッキリとした顔を崩しながら、嗚咽を堪えていた。
「互いに反省せねばなるまい。反省するべきは、我がベッテンコート家である」
民衆のざわめきが歓声に変わり始めた。
両親は唖然とした表情になってた。母ちゃんなんかさっきまで奴を殺す気満々だったからな。青ざめてる。
「今回の騒動は、衛兵並びに、責任者の職務怠慢が引き起こした事案に他ならぬ。よって、衛兵には今後一年間の特別賞与は取り消し、責任者である私は、この件の責任を取り、役を辞任する!」
母ちゃんはそのまま倒れ、メイドに支えられた。
ロイドは、目を丸くしている。
「今後は顧問として各諸問題に口出しさせて貰う。そして、後任にはアラン・ベッテンコートを。新体制で臨む事とする」
父ちゃんまで、まるで高級和牛のステーキを食った人みたいな表情。お口の中で、無くなっちゃった、みたいな顔してる。
ジジイよ、色々やるのは構わねぇが、巻き込みすぎだろ。
「ところで……わしが抜けた事によって、下院の議席が一つ空いたわけだが……どうじゃ、ロイド・マルムスティーン」
ロイドは変な表情のまま固まっている。
「私は下院議員に、ロイド・マルムスティーンを推薦するが……諸君らはどうじゃ。あの民衆を思う彼の叫び、皆も聞いたじゃろう。服役後に、貴族として行政に携わって貰おうという提案なのじゃが……」
一つ間を空けて、民衆は弾けるような大歓声を彼に贈った。
「意義なしとみなし、これより、ロイド・マルムスティーンの男爵位、叙勲式を執り行う!」
儀式は簡略的なものだったが、民衆を納得させるには十分な効果だった。
ライアンは、ひざまづいて号泣するマルムスティーンの肩に、剣を押し当てた。
――この日、民衆の大歓声の中、ライアンが隠居を決め、そして下級貴族に、ロイド男爵が加わった。
「さて、諸君。先の争奪戦の事実上の勝者でもあるロイド男爵に、服役前の初仕事をやってもらおうと思うが、いかがかな」
最初の仕事?
あ、そうだよな。まだ、俺の名前が決まっていなかったわ。
アランが、嫌がるシャルロットから強引に俺を取り上げた。そして俺を抱いたまま壇上に上がると、アランは彼の耳元で囁いた。
「ロイド。ふざけた名前つけやがったら殺す」
「アラン殿……どうしよう」
「何が」
「頭の中が、真っ白で……」
民衆の歓声の中で、二人は小声で話しながら、焦る顔を必死で堪えてみせた。
「留置場で何してたんだお前」
「いや、だって、まさか俺が勝者だなんて」
「じゃあ、ボブにしろ、ボブ」
アラン、俺が殺すぞ。
「ダメです、二人とも奥様に殺されます」
ナイスだ。頭の回転早いな。流石は商売人。
「――アラン、ボブはダメだぞ」
ライアンに釘を刺されたアランは、舌打ちしながら俺をロイドに預け壇上を降りた。
俺を抱きながら、のぞき込むロイド。
何だよお前、そんなイケメンなら髭も髪も要らなかったろ、勿体ない。
「あの、二本木さん。本当に何から何までありがとうございます。そいで、ど、どうしましょうか……」
俺に聞きやがるか。
名前なんか正直、普通でいい。俺は前の世界じゃ、チョキって呼ばれてたから、チョキでいいんじゃねぇか? 二本木だからチョキって、短絡的だな。チョキ・ベッテンコート……あはは。
俺は、笑いながら右手の指を二本出してみせた。
「……え?」
ロイドは暫く考えている様子だ。何をそんなに悩む必要が。
「――さあ、ロイド男爵。そろそろ発表してもらおう」
「はい、えー、皆さま、この度は、私のようなふつつか者が……」
「挨拶いいからー!」
「早くしろー!家に帰らせろー!」
「ひげ無い方が良いぞー!」
民衆からヤジを飛ばされながら、ロイドは意を決して叫んだ。
「ベッテンコート家ご子息の名前は!」
静まり返る民衆。唾を飲み込むベッテンコート家の連中。
「……ピース・ベッテンコートと名付けます!」
うわあー! そうきたか! チョキって言っただろ!
一番ダメだ、俺に似合わねえよ、よりによって平和とか。真逆だろうが……
「うわーい!」
「ピース様ーっ!」
「これで家に帰れるぞー!」
――命名。ピース・ベッテンコート。
そしてロイド・マルムスティーンは、笑顔で刑務所に向かった。
この物語は、異世界に転生した任侠の男、ピース・ベッテンコートが巻き起こす愛と平和の青春ストーリーである。
……んな訳ねえだろ。
――第一章 幼年期 終了――