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極の細道  作者: LIAR
第一章 幼年編
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第五話『手打ち』

 広場上空の暗雲は、星空を多い尽くすと雷鳴を響かせ、俺の頭の中には久しぶりにクレアのみずみずしい声が響いてきた。内容に驚いたが。

 

『お呼びでしょうか、ご主人様』


 おうふ、調子狂う挨拶だな。随分と待たせるじゃねぇか。


『申し訳ありません。でも、待たせたとおっしゃいましたが、私の事を呼びました? 一度も私の事を、呼び出した事なんてありませんでしたよ?』


 えーっ、そんな事ねぇよ。何度も話しかけたじゃねえか。


『え、あれって……いいところだなぁとか、あれは独り言かと思っていました』


……なるほどな、こいつはあれだ。中学校のパソコン。データを打ち込んで図形を画面に表すっちゅう授業を受けた時と一緒だ。


『はい? 私が、パソコン、ですか?』


 ああ。ただでさえ英語ができねぇのに、ディスプレイにcircleと打ち込むだけで授業の半分の時間を費やした事が懐かしいぜ。

 円を、それは線で書くのですか?、どこら辺にですか?、どんな感じで?、色は? ってな。流石にキレたね。


『すみません……わたし、なんだか察しが悪くて……他の方の転生もお手伝いしていましたので、時間が……』


 もういいさ。世界が違うんだ。一から十まで言われねえと解らねえ奴も珍しくはねぇよ。言ったって解らねぇ翔みてえな奴もいる。

 次からは、俺が話し掛けたら返事しろや。


『承知しました』



――マルムスティーンは、青いシャツの懐から書類のようなものをバサリと、ライアンに向けて放り投げた。


「その血判書に名前を書け」

「うぬぅ……おのれ……」


 ライアンはマルムスティーンを睨み付けながら、血判書を拾い上げた。


――なあ、クレア。お前ならこの局面、どう見えるんだ? この世界の人間の、物の考え方ってもんがイマイチ掴めねえ。説明受けてる時間もねえから、とりあえず状況分析してみろ。


『はい。広場内の武家貴族達は、司祭達の魔法の壁に阻まれて、そこから抜け出す事も、ご主人様を守る事もできません。そしてあの青いスーツの者がご主人様を人質にしているので、有利な交渉をしているようですね』


 そうだな。そんで、お前ならどうする。


『私なら……ご主人様の命令に従います』


 それはつまり……自分には考えがありません。そう言いてえの?


『いえ。違います。ご主人様がどうなされたいのか、ですから』


 良いのか? 俺はちょっと……他人とは違う物の考え方かも知れねぇぞ?


『構いませんよ。あなたに今降りられては困ります。出来る事はお手伝い致します』


 そうか。じゃあ、あの青スーツのマルムスティーンと話がしてえ。出来れば、あのハゲジジイと三人でな。出来るか?


『三人で、ですか? そうなると、私とご主人様が今使っている思念波を使った会話は出来ません。一人一人の会話でしか使えないのです』


 よくみろ、もう時間がねえ。ジジイに血判書にサインさせたくねぇし、出来ればマルムスティーンも守りてえ。

 片方ずつ説得してたんじゃダメなんだ。どうにか出来ねえか?この場を誰も傷付けず、ぶち壊す方法があれば……


『それなら、出来るかも』


 そうか。じゃあ、ぶち壊してくれ。 



 雷鳴が鳴り響き、真っ白な閃光が広場に向かって落ちた。


 光る稲妻が、ドーム状に広場を囲む見えない壁に激突し、バリバリと音を立ててその壁を侵食しているようだ。

 観客席の民衆達は、その音と光に恐怖の色を隠せず、各々が散り散りに逃げて行く。

 三人組のノッポは俺を抱き抱えると、その場に三人で身をかがめた。


――マルムスティーンは尻餅をついていた。


「こ、これはっ!」


 皆が天空を見上げている中、ローザ婆さんだけは観客席をキョロキョロと、何かを探しているようだ。

 そして、俺と目が合った。


「まさかっ!」


 まさかって、何よ。これが自然現象の類いでない事が、婆さんには解ったんだろうか。妖怪だからな。


『ご主人様。もうすぐ結界が破れます。この後のご指示を』


 そうか。このままだと、このマヌケ三人組があの妖怪婆さんにやられちまいそうだ。何とかしろ。誰も殺すなよ。


『かしこまりました』


 ローザ婆さんは予想通り、三人組に向かって杖を向けた。俺を守る為なんだろうが、俺まで殺られそうで怖い。

 しかし、光の弾みてえな奴はいくらローザが杖を振っても出てこなかった。


「なんと!」

 

 唖然としている紫頭巾は、その場でへたり込んだ。

 なあクレア、ローザに何したん?


乱魔(ディスタブマジック)を掛けました。暫くは魔法をかき消します』


 よくわからんが、すげえな。でかしたぞ。


『それと、短時間でよろしければ、三人で、と申しますか、私も含め話をする方法を思い付きましたが、如何なさいますか?』


 願ったり叶ったりだ。頼む。


『ただ、ちょっと問題がありますが……』


 構わねぇよ。どう転んだって、この後マルムスティーンが殺させるのは目に見えてる。俺は出来る限りの事をしてやりてえだけだ。


『承知しました』

 


――広場に二本、観客席に一本。稲妻が合わせて三本、同時に落ちた。


――「ここは……」



 真っ白い空間。どこまでも果てしなく着く続いているかのような、真っ白い空間の中に、ライアンとマルムスティーン、そして俺と……おいおい、三人組までいるのは何故だ。


 そして、俺は前世の姿だった。死んだときと同じジャケット姿。何故だか解らないが、この姿なら話が出来ると思った。



 目の前に立ってる、銀髪の美しい女。真っ白な服は、どこかの女神像のようなデザインだ。


「お前が、クレアか」

「はい。お目にかかるのは初めてですね」


 白い肌にとても似合う青い瞳。抜群のプロポーションだ。銀座の高級クラブにも居そうにねぇ美人。


「ここは、どこじゃ? おぬし達は……」

「よう、ライアン爺さん」

「むう? 誰じゃ、見ない顔だが……」


 マルムスティーンと三人組は、寄り添って震えている。


「何だ、何だ、何が起きたっていうんだ?」

「よう、マルムスティーン。テメェらよくも俺の大事なメイドを脅してくれたな。あ?」

「だ、誰だお前は……」


 誰も俺の事が解らない。当たり前か。


「クレア。ここは?」

「私の作り出した空間です。あなたが以前、思念体として漂っていた闇の世界と似たような空間ですので、あまり長居は出来ませんが、どうぞ、後はお任せ致します」

「そうか。わかった」

「く、クレアとな……まさか、モンブロア大陸の……七精霊の巫女様では?」

「なんだそれ」


 ライアンは、彼女を知っているようだ。急に姿勢を正して、無いはずの髪の毛を手ぐしで整えると、ひざまづいた。必要ねぇだろ、今の仕草。


「ライアン・ベッテンコート様。頭をおあげくださいませ。私はこの方の奴隷でございます。遠方の地から故に、思念体にて失礼致します」


 今度は腰を抜かして尻餅をついたライアン。面白い。何か言いたげだが言葉が出てこない様子だ。


「で、では、こ、この方は……」

「はい。この世界を魔王から救って下さる転生者。二本木 修二様ですわ」


 随分と偉そうな紹介をされちまったが、ライアンもマルムスティーンも、腰を抜かしたままだ。有利に話が進ませられそうなので、俺はその場であぐらをかいてふんぞり返った。

 交渉事は勢いが大切だからな。


「挨拶はほどほどに、早速話し合いといこうか。なぁ、ライアン爺さん。マルムスティーン! テメェもこっち来いや!」

「あわわ、あわわわ……」


 もはやマルムスティーンは状況判断が全く掴めていない様子だ。俺の言葉に力なく付き従う。

 三人組まで付いてこようとしたので、思い切り睨みを効かせたらその場で動かなくなった。

 あっちの世界と同じだ。俺はちょっとだけ楽しくなってた。自己嫌悪。


「まあ、その辺に座れや。そんな物騒なもんも仕舞えや爺さん。

 さて、お前らの今回の騒動の、一部始終、見させて貰ったぜ」


 二人は不思議そうな顔をした。


「あの、どちらで……」


 マルムスティーンはおどおどしながら訊ねてきた。

 

「俺は、あの三人組に囲まれてた赤ん坊だよ」

「なんと!」


 ライアンは再び腰を抜かした。


「いつもあんた達家族には世話になってる。だが、今回の一件は、どうにも腹の虫がおさまらねえ」


 マルムスティーンとライアンを交互に睨み付けながら言った。


「別にな、俺が、勧善懲悪が好きなその辺の一般人(カタギ)なら文句はねえよ。マルムスティーンを悪人に仕立てあげて、民衆の前に晒し首にすりゃ事は収まる。

 ただな、ライアン爺さん。お前さん、ちっとはマルムスティーンの気持ち汲んでやったって良いんじゃねぇか?」


 マルムスティーンは、目を丸くした。


「そ、それは、どういことじゃ」


 ライアンは驚きながらも眉間にシワを寄せ、いささか不機嫌な顔をした。


「今回の戦いは、マルムスティーンの作戦勝ちだ。そこは認めろや。俺がこうしてでしゃばって来なきゃ、あんたは血判書に名前を書いた。マルムスティーンの思惑通りだった。そうだろ?」

「うむむ……」

「俺の世界じゃ、貴族なんてもんは、もはや過去の遺物みてえな存在でな。世界中から保護されて、言葉に力を持ってる身ではあるがな、実質は商売人が世界を回してる。そんな世界から俺は来た。ところで爺さん……本当は怖ぇんだろ」


 ライアンは更に眉間にシワを寄せた。


「商売人に実権を握られたらこの世界がどうなるか、あんたは解ってる。あれだけの立ち回りが出来る人だ。きっと俺なんかより数百倍頭が良いだろう。だから怖くて仕方ない。違うか」


 ライアンは拳を震わせた。


「おぬし……そうだな。確かに。認めよう。

 今までの実権支配を商人に任せたら、我々武家も貴族も、いや、王族でさえその力を失墜させてしまうだろう」


 マルムスティーンは唾を飲み込んだ。

 次は自分が問われる番だと理解していたから。


「なぁ、マルムスティーン。あんたは民衆に被害を出さねえように、みずからあのキチガイ染みた広場の中へ乗り込んで、大演説を打ってみせた。

 やり方は多少汚かったが、そうでもしなきゃ誰も貴族は聞く耳持たねぇ。だから仕方なく。そうだよな」


 マルムスティーンは、肩を落としながら言った。


「そ、そこまで大それた考えではなかったが、私は……私は、金を作る力はあると自負してはいるが、ライアン候のように民衆をまとめ上げる力など持ってはおらぬ……それはきっと、たとえ私が貴族になっても同じ事。

 私一人が犠牲になって、この街の行政が少しは態度を改めるてくれればと……それだけだったんだよ……」


 それだけ言えれば十分だ。ライアンは目を丸くしている。


「どうだい、ライアン爺さん。今までこうやってよ、テメェより立場の低い連中の言葉に、耳を傾けた事が、一度でもあんのかよ。以外と良い知恵持ってんだぜ、商売人ってのはよ。もっと仲良くやったれよ。なぁ」


 ライアンは、腕組みをして押し黙ったままだった。


「俺を人質に取ったことは、俺は水に流す。だからよ、ライアン爺さん。この男を許してやってはくれねぇか?」

「な! そんな事をすれば、民意はどうなるか!」


 頭の硬ぇ爺さまだ。だからハゲるんだ。


「だからよ、そのための権力と違うんかい。そりゃもちろん、こいつに落とし前は付けてもらうぜ」

「落とし前……」


 マルムスティーンは冷や汗をかいている。


「俺の世界じゃ、小指を落として貰うんだが……」


 マルムスティーンは、指を握った。が、意を決したかのように言った。


「解った。そ、それで許して貰えるのか?」

「いいや……クレア。この世界でよ、男にとって大切なもんって何だよ」

「大事なもの? 財産や、家族ですか?」

「いや、もっと何て言うか、身近で、心折れそうなものだ。財産なんか、こいつじゃすぐに稼げちまうだろ。それに大義名分義理人情を傘にきる奴なんざ、家族に何かされても屁でもねえしな。俺と一緒だ」


――クレアは十秒程考え、口を開いた。


 それは、俺にとっちゃ何でもないというか、どうでもいい事だったが、マルムスティーンはクレアのその言葉を聞いた瞬間、甲高い悲鳴を上げた。



 異世界って……面白いな。



「では、時間切れです。皆さま、元の世界へ」

「待ってくれぇぇぇぇぇ!」――


 マルムスティーンの叫びを聞きながら、俺は再び意識を失った。

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