第三十三話『サプライズだ、この野郎』
装備を整え玄関口を出ると、すでに中庭辺りで剣のぶつかり合う音が方々から聞こえていた。時折、門の方から飛んでくる矢に苦戦しているようだ。おいおい、マジで戦やりに来たんかよ。あの弓矢は厄介だな。
親分に昔、聞いたことがある。戦では刀よりも矢で死ぬ奴が圧倒的に多かったと。
すでに数人やられてる様子。生きてるかどうかはここからだと解らねえが……
「どけオラァ! 狙いはあの小僧だ!」
「させるか! これ以上中へは入れさせんぞ!」
「ルドルフさん!」
ランディの猛攻をまるで川の水面に流れる木葉のように、緩やかに受け続けるルドルフ。父ちゃんの動きにとても似ている。神威残影流か。残影流は滅多に相手の動きに逆らわねぇからな。あれじゃランディも遣り甲斐がねえわな。流石は元ゼルー帝国傭兵団団長だ。しかしランディもこれで中々、ルドルフに反撃の手を許さない攻撃。でけぇ図体のクセしやがって、ピンセットでトゲを抜くかのような、急所をガンガン突いてきやがるスタイル。
対称的だ。ルドルフのほうは完全に奴の隙を狙っている様子が見て取れるが、ランディは構わず奥に進むことしか頭にないようだ。ルドルフがルートを明け渡すような避けかたをする度に、じわじわと屋敷に近付いてくる。
ざっと見積もって百人はいるランディの手下ども。およそ三倍の人数を相手に、よくやるぜ、うちの子分どもは。
ここにいたのが大蛇の洞穴でなかったら、俺たちは屋敷はおろか風呂場でケツの毛まで抜かれていたに違ぇねえ。感謝。
「助太刀致す!」
「男爵は下がって下さい!」
「いや、私はこれでも神聖流、五級の腕前だ!」
ロイドの周りにいた連中の動きが、一秒くらいだが、止まった。だが何事も無かったかのように戦闘が始まった。
「男爵は下がって下さい!」
「ぬぬう! なんじゃ今の間は!」
「五級じゃ死にます」
「くっ、私をその辺の五級と一緒にせんで貰いたい!」
ロイド男爵は、きえぇぇと甲高い奇声を上げながら、近くで鍔迫り合いをしていた連中にやにわに飛びかかり、相手の男の脚を斬った。かすり傷。
「うぉぉぉ! 脚が、俺の足が」
「参ったか! 私の親父が、道場に金の支援さえ切らなければこの私は――」
「――痛ぇなこの野郎!」
話している途中であっさり反撃を受けたロイド男爵は、俺がいるところまで吹っ飛ばされた。剣で辛うじて防御してはいたが、受け身を取り損ねた彼は芝生に頭を打ち付け、そのまま白眼を剥いていた。
「エンリケ、男爵を頼みます」
「了解」
まずはあの弓矢の連中だ。足元に氷の膜を張り、風魔法で上空へと飛び出す。
「――来たぞ! ピース・ベッテンコートだ!」
「撃ち落とせ!」
「ガキだと思うな! 魔物だと思え!」
ひでえ言われようだ。風壁で矢を弾き返しながら、門へと急降下。杖を左肩と首で挟みながら、右手から熱弾を雨のように発射。
「ひぃぃ!」
「退避、たい、ぐぁ!」
着地と同時に抜刀。悪いがこっちも遊びじゃねえんだよ。
「たかが片腕のガキだろ! 怯むな!」
「じゃあお前が行けよ」
「お、おれはガキは殺さない主義なんだよ」
ドヤ街のホームレスどものコントを思い出す。そうやって誰かが、なら俺がって言ってくれるのを待つのか。だから野垂れ死ぬんだよ、糞が。
「三秒差し上げます。逃げますか、それとも死にますか」
連中は顔を見合わせると、一も二もなく姿を消した。
◇◇◇
「――あのガキを出しやがれ!」
「誰のことを言っているんだ!」
攻撃を止めないランディ・ギルモアの言葉に、ルドルフは困惑の表情を浮かべながら防御していた。
「ランディ! 私はここです」
「お前じゃねえ! さっきのひょろいガキはどこだ! あのジョージとかいう奴だ!」
ジョージは玄関の裏で震えてるよ。だが狙いはジョージじゃねえ。転生者だ。そうだろ。
ようやく攻撃を止めたランディは、肩で息をしながら身構えた。酷ぇ汗だ。しかもここまで臭ってくる。仲間なら外で洗ってやりてえ気分だ。おめえも限界だったようだな。
「ジョージがなにか」
「ぶっ殺すんだよ。早く出せ」
「ジョージの何をそんなに恐れているのですか?」
「……オメェにゃ解らねえ」
ランディは深く構えた。ゆっくりと背を向けて……あれは魔神流の、前にダレスが見せたあの技か! 勘弁してくれ、今度は真剣じゃねえか。
「――要らねえんだよ。あんな奴が何人も、同じ場所になんて……危険だ」
「危険なことをしているのはあなた達ではありませんか」
「うるせえ。俺はもう御免なんだよ、巫女どもの手のひらで踊らされんのは」
「巫女? ランディ、あなたは……」
「へっ。少し喋り過ぎた。これで終いだ。俺も、お前らも。なら俺ぁ、あのガキぶっ殺して死ぬんだよ。テメエらもさっさとくたばれ!」
「ルドルフ!離れて下さい!」
急激な身体強化だ! 来る!
小熊と親熊くらい、その差は歴然。さっきまでのランディは、小熊レベルだ。
風壁を俺がルドルフに向けて飛ばさなかったら、彼はとうに死んでいただろう。さっきまでルドルフが居た場所に、ランディは立っていた。まさかルドルフも、俺にやられるとは思ってもいなかったんだろうけどな。
「がはぁっ!」
胃袋の中身を恐らく全部ぶちまけたルドルフ。すまねぇ。頭悪くて。
「おうおう、味方ぶっ飛ばしてどうすんたよ。まあいい。次はテメエだ、ピース・ベッテンコート!」
「わかりました。来なさい」
悪いが、その技は俺にはもう効かねえよ。瞬時に目の前に現れたランディに下から突き刺さった、無数の鋭利なトゲ。土魔法だ。えげつねえから封印してたんだがな。
持っていた剣を叩き落とし、勝負ありだ。
「ぐはぁ、うぐぁああああ! テメエ、なん、で……」
「それは一度見ているので」
「だ、ダレスか……くぅっ!」
ランディはがっくりと力を落とした。
「おい、ギルモアさんがやられたぞ!」
「だ、ダメだ、撤退だ、逃げろぉぉ!」
そりゃ無理だ。退散しようとするランディの子分達の、足が止まった。
一糸乱れぬ鉄を構える音。連中は心臓が止まったんじゃねえかな。
「控えぇぇぇぇぇぇい! 全員その場から動くなあぁぁぁぁっ!」
ほらきた。レイルズ叔父さんの登場だ。
屋敷を取り囲んだ近衛兵団が、じわりとその距離を詰めいていた。
マッコイの脚を舐めるな。
◇◇◇
ランディ・ギルモアの保釈は即日取り消され、神父に回復魔法を掛けられて議事堂の地下にある独房へとぶちこまれた。
キールの野郎も青天の霹靂だったようで、ランディへの面会を求めたが本人に拒絶されたようだ。
「キール殿でも会わないとは、ランディの奴、何を考えているのか……」
ロイド男爵はそう言って髭を触った。
議事堂の中央にある会場。前にロイド男爵の復帰パーティーをやったこの場所には、俺とロイドとマッコイズ。ジョージは議事堂前で周辺警戒をさせていた。
そこにフラフラとした足取りで近寄ってきたキール・ブラックモアは、酒臭い息を周囲にばらまきながら、側のソファーにぐったりとなった。天井を向いて腕を顔にやったまま、動かなくなった。
「キール殿……」
「終わった……私の野望は……こんなところで……」
泣きそうな震える声を出したキールは、パッと起き上がって俺の前へとすがるように倒れ込んできた。
「ピース殿! 本当に申し訳なかった! 大切な部下までなくし……なんでこんなことに……私は……私は……」
俺のズボンの裾を掴みながら嗚咽するキール。こいつ、本当に何も知らねえのか……
「頭を上げて下さい、キール殿。ランディとこれまで、何を話されたのかは存じませんが……転生者の言うことは、この世界の人間には少し、過激過ぎるのかも知れませんね」
目を丸くして頭を上げたキール。挑発の黒髪が顔に掛かっていて、テレビ画面から出てくる幽霊の映画を思い出した。怖ぇよ。
「今、なんと?」
「転生者、と言いました。ランディは転生者。違いますか」
そして大粒の涙をボロボロとこぼしたキールは、再び泣き出した。なにしても怖ぇな。
「疲れました。今日は帰りましょう」
「そうですな。ランディもあのままなら、暫くは何も起きますまい」
ロイド男爵は俺とキールに向かって一礼すると、マッコイズを連れて議事堂を後にした。
「キール殿、これから一緒にお風呂入りましょう」
「フロ? なんですかそれは」
そのおっかねえ髪切ってやるよ、サプライズだ、この野郎。
――そして、独房にいたはずのランディが忽然とそのでけえ図体を、音もなく消したとの連絡が入ったのは、翌朝になってからのことだった。




