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極の細道  作者: LIAR
第三章 モルデーヌ激闘編
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第三十二話『余計な計略』

 ひでぇ臭い。こいつはアルコールよりもツマミの中身に問題がありそうだ。何だこれ、見たことねえ食いもんが皿に沢山盛られている。なかには一見して、なにかの動物の目玉と解るものがゴロゴロとしていた。おえっ。


 ソファーに偉そうにふんぞり返っているその臭いの元の両脇には、それぞれ腕をまわしている赤い髪と金髪の、頭から猫のような耳がぴょこんと出てる二人の獣人()。もはや鼻がバカになっているか完全に思考停止させているかのどちらかに思えた。可愛い顔をひきつらせた愛想笑いのまま、冷や汗をかいている。

 スタイル抜群だな。愛玩用の奴隷だろうか。金もらわなきゃやってらんねえだろ、こんな奴の相手なんか。


「なあ、ピースさんよ。オメエさん、なんか勘違いしてねえか?」

「なにをです?」


 ランディ・ギルモアはそのにやけた表情によくお似合いの、泥の上ですっ転んだサンタクロースみてえなヒゲを、上下に動かしながら言った。酒で濡れて、糖分で固まっているかのようなそのヒゲから、ポロポロと食いカスがこぼれる。ダメだこいつ、何もかも生理的に受け付けねぇ。


「だから、そんな目で見つめられる覚えはねえって言ってんだ」

「この……まだそんな言葉を吐くつもりですか!」


 ロイドとマッコイズに体を押さえつけられた。大人は嫌いだ。言ってもわからねえ奴は叩いてわからせるしかねえのに。


「おいおい、そういきりなさんな。判決文は読んでねえのかよ。俺はライアン侯の殺しに関しては無罪判決――」

「――そんなものを信じられるわけがないでしょう!」

「なんだ、まじで読んでねえのかよ。判決は判決なんだよ。文句なら判事に言え。大体、俺はあの時仕事をしていたし、まさかゾイ がそんなことをする訳がねえって思ってたんだからな」

「後付けのセリフならいくらでも言えま、うわぁっ!」

 

 再び四人に押し倒された。くそったれ……


「落ち着いて下さいピース様!」

「俺には証人だっている」

「「ええっ!?」」


 俺たちが声を揃えて驚くと、眉を下げあごをやったランディの視線の先には、音楽に合わせて女どもと楽しそうにダンスをしている、全身黒づくめの大男が一人。


「ダレスさん!?」

「おう! ダレス! ちょっとこっちに来いや」


 ダレス・ヘッドフィールドはフラフラとした足取りで、こっちに向かってきた。


「なんでこんな所にあなたが……」

「おお? な、なんでピースがこんな所に? おお! ロイド男爵まで」


 さっきの騒ぎ、見てなかったのかい。だいぶ酔ってやがるな。仕事はどうした。


「おいダレス、お前から言ってやってくれや。俺はライアン侯の殺しとは無関係だってな」


 ダレスはぼんやりした目をぱちくりさせながら、俺とランディを交互に見ていた。


「あの時な、俺はこいつと港町まで輸送の警護をしてたんだ。そうだよな、ダレス」


 きょとんとした面で、こくりと頷いたダレスは、ようやく事態を飲み込んできたのか、バタバタと両手を降って否定してみせた。


「あああぁ! まさか、ロイド男爵まで、違います、誤解ですよ! ギルモアさんはゾイとは無関係なんだってば!」

「まあ、ゾイを招き入れたのは確かに俺だ。だが、それは昔の馴染みだったからであって、魔族はこの辺じゃ忌み嫌われてるから、裏ルートで街に入れてやっただけよ。こっちは奴がそんな大それた腹積もりを持って来たなんて、これっぽっちも思っちゃいねえ」


 そう言うと指で小エビの唐揚げらしきものを摘まんでみせたランディは、そのままそいつをぽいっと口に放り込んだ。クチャクチャと音を立てて、ジョッキで流し込む。食い方まで眉をひそめたくなる嫌な奴。


「ふぅ。でもな、俺だって罪悪感がねえ訳じゃねえんだよ。俺があんな奴をこの街に招き入れさえしなけりゃ……カジノだってもっと巧くやってたのによ」


 柄にもなくため息をつくランディの横から、ローブ越しにぬっと伸びてきた白く細い上腕。皿の上の小エビを摘まんだキール・ブラックモアが、ここでやっと口を開いた。こいつは何を言うつもりだ……


「私は即日の釈放を願い出たのですが、ランディは半年くらいは反省をしたいというので、本日になったのですよ」

「なんと、それは本当ですか、ランディ殿」


 ロイドの問いに、ばつの悪そうな顔をして薄く笑ってみせたランディ。


「へへっ、そりゃよ、あれだけのことをしちまった訳だし、自暴自棄になってピースの坊っちゃんまで襲っちまったとなりゃよ、大手を振って歩くには、この街じゃ、ちと荷が重すぎたってもんよ」

「あなたは魔神流を名乗ったとの噂も流れております。神聖流からも目を付けられているが、ある意味ピース様が神威流(・・・)で命拾いしたな」


 ロイド男爵の言葉に対しため息と笑い声を同時に出したランディは、手元のジョッキを一気に飲み干した。


「っぷぁぁ……ああ、そうだな。だからよ。坊っちゃんの母ちゃんに狙われるぐれえなら、臭い飯を食うくれぇ朝飯前ってことさ」


 そういうことかよ。アランやシャルロットの追及から逃れたかっただけ。期待通りのクズだ。生きててよかった、これでトドメが刺せる。

 さて、ランディの理由も解ってきたことだし、そろそろ作戦と移ろうか。問題の男はこいつを釈放させたほうの男だ。


 踊っている連中に紛れている奴に人差し指をくいっと引く、引き金の指(ハンドサイン)を送った。作戦開始。


「お呼びですか、ピース様」

「なんですかその顔」


 顔中に口紅を付けられたジョージ・モリスンが、ランディも真っ青のにやけた面で現れた。まあ仕事は忘れてねえようだが、お前……なにしとん。


「いや、獣人の娘たちが中々積極的で」

「ジョージ、私も少し踊りたくなりました。こちらでお相手して差し上げて」

「はい」

「へっ。ませたガキだな」

「どうぞお構いなく」


 ランディを一瞥すると、俺はダンスの輪の中に入っていった。後はロイドの観察力に期待だ。さて、クラブとまではいかねえが、俺も少し羽目を外させて貰おう。

 


         ◇◇◇



「――楽しかったですか。ピース様」

「バカを言わないで下さい。臭いにやられて気持ち悪いんですから」


 ジョージはご機嫌。各々がそれなりに楽しんできたようで、しかめっ面してんのは俺だけだった。

 ベッテンコート邸に戻った俺たちは、酒と香水の臭いを取るために早速風呂に向かった。

 鼻をつまんでいるマリアに物凄いジト目で睨まれたが、こちとら仕事だ。


「すっごい臭い! お酒と煙草と香水と、なに食べたらそんな臭いになるんですかぁ!」

「相変わらず鼻が効きますねマリア。私にはもう解りません」

「マリア殿、申し訳ない」

「なにしてきたんですかぁ! もぉ、ロイド男爵がいながらぁ……ピース様が不良になったら、皆さんの責任ですからね!」


 ははっ、それならすでに全員死刑確定だわ。


 源泉掛け流し、とはいかないが、香草を入れて入ることにした。


「ぶあぁ……ここが天国ですか……最高だぁぁぁぁ……」


 ジョージは風呂の初体験。ぷかぷかと浴槽に浮かびながら、恍惚の表情を浮かべていた。


「最高でしょう」

「はい。凄いなぁ、ピース様の世界に行きたいっす!」

「声が大きいです! マリアが外で聞き耳立てているはず。もう少し声落としましょうか」

「あ、すみません」


 ぶくぶくと浴槽に沈んだジョージ。子供か。


「さて、ここで報告会といきましょう」

「はい。キールの反応ですが、全く動じていませんでした」


 ロイドの歯軋りを横目で見ながら、ジョージを見た。

――ジョージには、俺の前世での情報をかいつまんで説明しておいた。そして、同じ前世の世界で生きてきた人間ならば理解するであろう、いくつかのキーワードを盛り込んで会話をさせた。

 俺ではなく、ジョージが転生者だと思い込ませる作戦だった。どうやら失敗か。――だが、ここでマッコイが口を挟んできた。


「しかし、連中の配下と思われる尾行は、バザールの辺りまで我々をついてきておりました。まだ白と決めつけるのは早急かと」

「なるほど……」

「どっちかと言えば、キール殿よりランディの反応が、私には面白く見えましたが」


 エンリケが釣り竿を振る素振りをしながら言った。ここは釣り堀じゃねえぞ。

 どういうことだと注目すると、エンリケは続けた。


「あの男、髭が邪魔でよく表情が見えませんが、顔色は相当悪かったように思えます」

「ほう。どんなように?」

「ジョージが、ランディとダレスに、えっと……プロ、プラ、なんでしたっけ?」

「ああ、二人ともプロレスラーみたいですねって言った時っすか?」


 ジョージはそう言うと身を震わせて笑った。


「――あの時は怖かったっす。ダレスさんは多分意味が解らなくて、単にバカにされているのかと睨んだようでしたが、ランディは口からエビを落っことしてましたよね。ところでピース様、プロレスラーってなんすか?慌てて大男って言い直しましたけど」


 それって……いや、どうなんだろう。


「まさかランディのほうが、転生者なのか……」

「ねえ、プロレスラーってなんすか」

「他には?」


 ロイドの質問にドノバンが反応した。


「議事堂の時計台の話の時ですね。確か、サッポ、なんだっけ?」

「サッポロの、いや、故郷の時計台みたいで懐かしいって言った時に、やはりランディに睨まれた気がします。それより、プロレスラーって――」

「――キールは不思議そうな顔で、目線はランディをチラチラと見ていた」


 マッコイの言葉で、全員で顔を合わせた。そして、風呂場にルドルフが飛び込んできた。おい、服は脱げよ。


「敵襲ぅぅぅぅ! ピース様、敵襲です!」

「なんだって!?」

「ランディ・ギルモアだ!」

「ええ!?」

「あの、プロレスラー……」

「出ましょう」


 へぇ……どうやら、向こうは相当話の早え奴(・・・・・)ってことか。嫌いじゃねえぜ、そういうの。


「ピース様、こんなときによく笑っていられますね」


 脱衣場で身体を拭いているロイドに突っ込まれて自覚した。そうさ、俺は……


「いえいえ、忘れていましたよ」

「なにを」

「ときに計略は身を滅ぼすことを、です」


 危険な奴は早めにぶっ潰す。余計な計算は無しだ。そう……そういう世界に(・・・)いたこと、忘れてたよ。ランディにお礼を言わなきゃな。どうやらおめえもそっち側の人間か。それとも単なるバカか。どっちだ。


「プロレスラーってなんすか!?」

「ジョージ。生きていたら教えます。死にたくなかったらとにかく武装しなさい。向こうの狙いはあなたですよ」


 アホ。今更そんな顔すんなや。

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