第三十一話『ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』
マッコイズは三人掛かりでマリアを無理矢理担ぎ上げて部屋から追い出し、やがてロイドの到着。
マリアはロイドと共に中に入ろうともがいたものの、再びマッコイズに押し出された。
「なんで? どうしてダメなんですかぁ!?」
「マリア、少しだけ言うことを聞いて下さい!」
――俺がキール・ブラックモアの正体に言及すると、さっきまで首をかしげていたロイドは目を円くして口をパクパクしていた。
「そ……それならば確かに、マリア殿を追い出したのにも合点がいきますな……」
この世界に無いルールを元老院に押し付け、そして納得させ、あのランディ・ギルモアをブタ箱から出した手腕。どう考えても転生者としか思えない。
マッコイズも顔を合わせて頷き合っている。そしてドノバンがしかめっ面を俺に向けた。
「しかし……疑問がございます。それがなにかピース様に影響があるのですか?」
「問題はそこです。キール殿が私の素性を知っているのかどうか……」
「知っていて、仲間になりたいと申すのならピース様に素性を打ち明けても良かろうに」
「だから、その確証がねえから向こうも言えねえんじゃねえか?」
エンリケとドノバンが議論し始めた。
うーん、奴の狙いはなんだ? 言われてみれば、全くそれが解らねえ。転生者だからって、仲間とも思えねえし、かと言って、敵にしちゃ少しやり方がまどろっこしい気がする。
「ピース様。恐らく、キール殿は探りを入れてきたのではないでしょうか」
「私の素性を、ですか?」
ロイドは頷くと、髭を触りながら窓に目をやった。気にすんな。そのうち殺すから。
「ピース様の推測通りなら、きっとキール殿も、ピース様を恐れている」
「も? 男爵、それは私もキール殿を恐れている、と言いたいのですか?」
馬鹿を言うな。あんな野郎、いつだって斬り捨ててやる……
「――はい。そうではありませんか。こうしてピース様の素性を知るものしか集めず、正体の掴めぬ者について、こうして議論しているのが何よりの証拠。人は自分でも気付かぬうちに、自分の気持ちを塞いでしまう生き物。そして、私には名案が浮かんでおるところでございます」
「また名案ですか」
ロイドは窓際まで歩きながら話続け、そして怒鳴った。
「左様……こらあっ!」
「うわっ!」
窓を開けると、ルドルフの部下、いや、今はドノバンのか。若手のジョージ・モリスンは半笑いで芝生の上に大の字になっていた。
「エンリケ。その者を捕らえよ。ピース様、ちょっと宜しいですか」
◇◇◇
「マジかよ、冗談だろ?」
――ノッポなエンリケに羽交い締めにされ、マッコイにロープで簀巻きにされたジョージは、さっきまでの半笑いはどこへやら。床に叩き付けられると、ようやく事態を理解し始めた。
「――冗談とは」
「ちょ、ピース様、目が笑ってねえよ」
「ルドルフ殿には申し訳ないが、これまでか」
「男爵まで……」
「気付きやしませんよ、一人くらい減ったところで」
「気付くわ!」
「エンリケの言うとおりだが、形式的にはまだこいつは俺の部下だし、バレても全く問題はねえな」
「てめえ!」
「ドノバン隊はスラム街担当ですし、何が起きても不思議ではない、ということで……」
「そんな、マッコイさん助けて! 俺は何も見てないし聞いてない!」
「え? こちらはまだ何も聞いていませんが」
「ううっ……」
俺は胸元からナイフを取り出し、ジョージに視線を合わせたまま、マッコイにそれを手渡す。エンリケがジョージの口をふさいだところで、ドッキリ大成功。おかげで床がびしょ濡れになっちまった。やり過ぎたな。白熊君は奥に避けておいて正解だった。
「いいですかジョージ。私たちは家族だと先日も言いました。言いたいことも言えないで、何が家族だと、私はそう思っています」
「はわわわ……」
「なのでジョージ、あなたは、これから私の下について頂きます。もっと深い家族になりましょう」
「へ?」
ロイド男爵の名案に、乗ることにした。
◇◇◇
「ここですか……」
スラム街のバー、『密林へようこそ亭』というなんとも面白くねぇ名前の薄汚れた看板が、キイキイと乾いた風に揺られている。黒く腐った木製の扉の前には階段が三段程あり、ドノバンに言わせるとあれは泥酔者対策なんだとか。あそこで転んだら出入り禁止。用心棒に通りまで蹴り飛ばされるシステムなんだとか。ならず者たちにも、それなりの不文律があるってことだな。トラブルを自ら招きてえ野郎なんざいねぇってことだ。
入り口の前にいた見張り役は、俺たちの姿をみるや血相変えて扉の向こうへと消えてった。間もなく、中から怒声やグラスや皿の割れる音に紛れて、微かに、物騒な金属音が聞こえた。
「ほう。向こうもやる気ですね。ロイド男爵、気をつけて下さい」
杖を構えると、ロイド男爵たちは慌てて腰元に手をやった。
「ずいぶんと嫌われてますね、ピース様」
ジョージはひきつったような顔で嫌みを言った。
「はい。ランディは私が投獄させたようなものですから」
「ジョージ、気を抜くなよ。シャルロット様が残党狩りをした後だからといって、中には魔神流の使い手やら魔族やら、連中はまだまだ抱え込んでいる可能性が――」
ドノバンがそこまで言い掛けたとき、中からキール・ブラックモアが、護衛二人を後ろに従えて現れた。昨夜よりいくぶん血色が良く見えるのは、飲んでるってことか。
「これはこれは、ピース・ベッテンコート殿。ようこそおいでなすった! 感動したっ!」
キールは能面のような笑みを浮かべながらもハイテンションのようで、手にはグラスを持ってふらふらとしている。長い黒髪をボサボサにしやがって、泥酔寸前じゃねえか。何を考えてやがる……
「ランディ・ギルモア殿が出所されたと聞きまして」
「そぉぉぉぉうなのでぇぇぇす! 私が元老院に話を持ちかけましてね」
「……どういうおつもりか」
「そんなにいきり立たないで頂きたぁい! 立ち話もなんですから、どうぞお入り下さいな。あ! でも、ピース殿にはまだこのような場所は早いですよね。私は、貴殿のお父様に叱られてしまいますかな。ああ! どうしよう! どうしようもない! 死んでお詫びをぉぉぉぉ!」
「……どうぞお構いなく」
「そうですか。では皆様、ここでは武装解除がルールですので、腰のものを預かりまっしょぉぉぉう」
「そうなのですか? 先程、中からその、物騒なものを抜く音がしましたが」
キールは目を円くしたあと、笑いをこらえ出した。くねくねとした動きが、気味悪い。カウント入れたら歌い出しそうだ。
「流石は神威理真流、宗家でございますね! まるで、よその世界から来たような、人間場馴れした聴覚! それが身体強化ですか!?」
よその世界って。おいおい、その手には乗らねえよ。嘘見破りの魔法を辺りに漂わせてよく言うぜ。こっちが気付かねえとでも思ってんのか。そんなもんは質問に答えなければ何の意味もねえ。
騙されんな。恐らくこいつは素面だ。
「――違いますよ。ブーストはある種、魔法効果です。使うと周囲の魔法効果に気が付けないというデメリットがございますので、理真流ではブーストはここぞというときにしか使いません」
そうですか、と呟いたキールは全く表情を変えなかったが、目の奥がギラリとしたような、そんな笑みを返してきた。
「――安心して下さい。先程のはこちらが武装解除をランディに命令させただけです。こんなに話が広まっているのに、私がアラン殿に目を付けられるような真似が出来ますか」
「既に付けられていると思いますが」
キールは、まるでしゃっくりみてぇな引き笑いを見せながら、千鳥足だ。付き人に身体を支えられた。
「何がおかしいのです?」
「いや、目には目を、という応報刑論は実のところ、無駄な考え方だと思ってましてね。私は教育刑論を支持しておるのですよ。優秀な人材を長期に渡り無駄な強制労働者にしておくことの方が、遥かに無駄な行為だと信じております」
変わった奴だ。罪人を死刑にするくらいなら、働かせて労働力にするべきってか。
ならば身内が殺されて、てめえは果たしてそいつを通す覚悟はあんのかよ。こいつ、ただのお花畑野郎か……急に真面目な顔しやがって。うーん、判断しかねる。
「――なるほど。ランディを釈放したのには訳がある、と言いたいのですね」
「ご理解頂けたようで」
「いえ。しませんけどね」
「ひゃっひゃっ……まあ、とにかく中で楽しみましょう。どうぞこちらへ」
中へ通されると、ドノバンも顔負けのいかつい連中がゴロゴロと、こっちに好奇の視線を投げ掛けていた。心なしか、敵意は感じられなかった。奥に座ってる一人を除いては。
半分裸みてぇな格好の、なんだこいつら、獣人族か? 猫の耳を付けたコスプレか……いや、ひくひくと動いている。本物だ。獣人族の女が数人、俺たちを出迎えた。
「「ジャングルへ、よーこそぉ!」」
太鼓の音が鳴り始めた。どこかの原住民みてぇな訳の解らない格好をした連中が、リズムに合わせて歌い踊り出した。
マリア程じゃねえが、程よく柔らかいおっぱいどもに顔面を挟まれ、奥へと案内された。やめろ、コスプレキャバクラなんて前世でも経験がねえぞ。なんだ、この罪悪感。こんなことをしに来た訳じゃ……
「おお! あれ、ピース・ベッテンコートじゃねえか!」
「ロイド男爵もいるぞ! いよいよだなこりゃ!」
「ピース様! 母ちゃん紹介してくれや! いてっ!」
「バカ野郎、殺されてぇのか」
なにこの、フランクな野郎共は。
ごわごわの毛皮のソファーに座らされた俺たちは、完全に気を持っていかれた。
やがて太鼓の音が、キールの上げた手と同時に鳴り止んだ。
「皆聞いてくれ! あのピース・ベッテンコート殿が、ランディの出所祝いに来られたぞぉぉぉぉ!」
そこら中で地鳴りのような歓声が響き、次から次へと俺の前に差し出される握手や飲み物や食い物。
「ちょっと、キール殿、これは一体……」
「だから先日言ったではありませぬか。ロイド男爵も聞いて下さい! 私はこの世界を変えたいのだと! ここに集いし同志たちは、皆、ピース・ベッテンコートに惚れている者たちですぞ!」
……なんですと?
「ピース様! あの魔王ゾイを倒した英雄譚、我々スラムの者も血が騒ぎました!」
「我々も、微力ながら魔王討伐にこの命、捧げたいのです! どうかお力添えを!」
ボロ布をまとった老人や荒くれ者たちが涙を流しながら、握手を求めてきた。
「この者たちは皆、この格差社会に不満を持つ者たちでございます。ロイド男爵ならお分かりいただけるでしょう? 私は、ピース様の名付け親争奪戦のときから、あなたのような人材を求めていたのです!
絶対王政から民主政への転換を求めるのはおかしいことでしょうか。確かにこれは間違った思想かも知れない。だが魔王さえ居なくなれば、この願いは違憲なものではなく、世界の願いとなる素晴らしい思想だとは思いませぬか!? そしてその時はいつでしょうか。いつやるか? 今でしょ!」
「キール殿……あなたは……」
早口で捲し立てるキール。完全にさっきの酔っぱらいはポーズだったわけだ。ロイドの目は、少し潤いを帯びていた。やべぇな。飲まれてやがる。
そして向かいの奥にいたランディがゆっくりと立ち上がり、俺の前に来て腰を下ろした。
「ランディ・ギルモア……」
「よお。久し振りだなあ。変わらねえな、そのおっかねえ目つきは」
「親譲りです。お気になさらずに」
人のこと言えた義理かよ。こいつの目だけは、あの時となんも変わっちゃいねえ。含み笑いの中に、ギラついた野蛮な眼差し。
……悪ぃな、ロイド、そしてキール。
ライアンの一件……俺は水になんか、絶対に流さねえからな。




