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極の細道  作者: LIAR
第三章 モルデーヌ激闘編
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第三十話『転生者』

 ルドルフが部下たちにその場に座るよう指示すると、ちびのマッコイが最初に口を開いた。相変わらずの早口だ。


「ピース様。命令通りキール・ブラックモアを探りましたが、さっぱりな奴でして……自分も正直、驚いています」

「どういうことです?」

「普通はどんな人間でも、ましてや貴族ともなれば、人様に言えないようなことの一つや二つ、叩けば何かしら出てくるものなんですが……奴の経歴から交遊関係、何から何まで、怪しいことがありませんのです」


 マッコイはそう言って書類を提出してきた。怪しいと言いたいわけだな。


「そこに書いてあることが、全てでございます」

「ありがとうございます。えっと……へぇ、二十三歳、ですか。確かに、経歴に変わったことはないですね……アリーシャ魔法学園卒業、くらいですか。魔法使いなのですね……ん?」

「何かございましたか」


 ロイドが覗き込んできた。


「男爵。この、魔力暴走期に誕生というのは……」

「ふむ。これは、以前お話しした通り、魔力暴走によってその年生まれた赤ん坊が胎内や出産時に、母を魔法で死なせてしまうといういたましい事故でございまして――」

「――いや、それは知っています。キール殿はその年に生まれたんですか」

「そうなりますね。別に珍しいことではありませぬ。ピース様がシャルロット様のお腹の中に居たときにだって、少なからず魔法暴走は各地で起きていたし」

「え? ちょっと待って、私の時にもあったのですか?」

「はい。三年から五年、長くて七年の周期で起きる災害です。地域により被害は大小様々ですが」


 魔力暴走を、生き延びた。暴走をしなかったということか。俺も……


 ふと目をやると、ルドルフは顔を紅潮させていた。そうだ、こいつは、その魔力暴走で妻も子供も……


「いつの頃かそれは魔王の仕業だという噂が流れはじめ、今ではそれが学者たちの定説となっているのが現状でございまして」

「あくまで噂なのですね?」

「その根拠としては数十年前、巫女たちが魔力暴走の件で魔王に質問状を送りつけたのですが、魔王は返答するどころか使者を殺し、その年に暴走が二度も起きたということで、それが魔王の返答(・・)なのでは、ということになったのでございます」

「そうですか……」


 では、魔王が仕出かしてるっていう確証(・・)はねえ。そういうことか。いずれにせよ、この話は今すぐ答えが出ねえ。魔王のところに直接聞きに行けばいい。聞く前に、ぶっ殺しちまうかもだが。

 今解っていることは、キールが魔法使いってことと、魔力暴走時に生き延びていたってことだけだ。俺と似たような境遇か。

 俺と……同じ……まさか、な。


 あの、なにやら知り尽くしたかのような不気味な微笑みを思い出して悪寒が走ったが、こいつも後でクレアと連絡がつくようになれば、なにか解るかも知れないな。解らねえことをいつまで考えたって仕方ねえ。


 今考えなきゃならねえのは、目下、部下たちの食い扶持稼ぎだ。王家御前試合にと置いていったキールの招待状が、果たして本当に効力があるのかどうかだ。本物なのか。

 優勝者には名誉と大金。狙わねえ手はねえが……まあ、行って赤っ恥をかくのもアリだが、それが最初から狙いだったならば、俺はまんまとキールの手の上で踊らされるってわけだ。衆の手前、親父の面目だってあるし、絶対に面白くねえ結末が待っていることだけは解る。


「――マッコイは引き続き、キールの動向を追って下さい。この者は、綺麗過ぎます」

「その言葉、待ってました」


 ニヤリとしながら頭を下げたマッコイ。

 エンリケ、ドノバンの班からは、特に目立った話は聞けなかった。

 強いて言えば、スラム街で闇カジノや性風俗のゲリラ営業が再び勢い付いてきたという情報だけ。鷹の爪商会(ホークオブクロウ)が壊滅して、一時的に他の商会が台頭してきたので、パワーバランスが狂った故の現象、とロイドたちは分析しているが……ちょいとキナ臭ぇな。


「――再度、スラムに潜入して情報を漁りたいと思いますが……」

「頼みますよ、ドノバン。あなた程のいかつい男は、モルデーヌ中探したっていないのですから、もうね、自由に潜伏してジャンジャンバリバリ頑張って下さい」

「ありがとうございますピース様!……あれ、今、褒められたのか、俺は」

「クッ」


 仲間たちの肩が震えていた。やべえな、面白ぇ。こいつらは洒落の解る人種だ。俺も我慢することになっちまった。


「――褒めてますよ」

「嘘だっ! くそっ、てめえら、なにをそんなに堪えてやがる」


 部下たちは一斉にドノバンから視線をそらし、頬骨を押さえて震えていた。

 森での肉バスケといい、この天然ぶりといい、俺はこの素朴な超悪人面の男が部下の中では一番面白ぇ奴だと思っている。

 負けるな、ドノバン(顔面凶器)



      

          ◇◇◇



 誰もいなくなった部屋で木製机にランプを置き、マッコイから受け取った書類をぼんやり眺めていると、マリアが気配を消して俺の背後を取っていた。


「まだ眠れないのですか? ピース様ぁ――」

「うわっ!」


 あっぶねえ。この娘は優しさとおっぱい以外なんの取り柄もない美人さんだが、気配を消すことだけは誰よりも秀でていやがって、しかもその自覚がまるでねえときたもんだ。俺が殺られるとしたら間違いなく彼女かも知れん。


「――その紙が、キール・ブラックモア様の経歴書ですか」

「はい。ここまで何の苦労もなく生きてこられたのかは解りませんが、全く掴めない人物だということは解ります」

「苦労のない人間なんて……そんな人、この世にいるのでしょうか」


 マリアは口元に手をやりながら、俺の肩越しから経歴書を覗き込んできた。

 甘い香り。透き通るような白さと、健康的な肌に整った横顔が、ランプの柔らかな光に照らされて、とても美しいと感じた。俺に絵心があったなら、そのままずっと描いていたい、そんな気持ちにさせられる。いや、このガキの身体でなかったなら、理性なんかとうの昔にぶっ飛んでいるのかも知れねえな。

 しばらく見とれていると、やっと彼女は俺の視線に気が付いた。


「ん? え、やだ、ピース様、わたしの顔、何か付いてますかぁ?」

「いえいえ、マリアは素敵だなあと思って」

「きゃー! 褒めてもなにも出ませんよぉ!」

「げふっ!」


 思いっきり背中を叩かれ、脳が揺れて目玉が飛び出そうになった。こいつには武の才能があるのかも知れん。


「おうふ……」

「ピース様、この文字はなんて読むのですか?」

「え? ああ、それは――」


 そうだった。彼女は文字も計算もまともに知らない。理知的な顔でまじまじと文章に目を通していたもんで、つい忘れていた。そうだ、早くマリアの為に、いや、民衆の為に学校を作らねば。


「――アリーシャ魔術学園、卒業と書いてあります」

「あ、そこは知ってます。有名ですよぉ。お隣の大陸で、一番大きな魔法の学校ですから」


 モンブロア大陸で一番でけえ魔法学校、か。

 なんだか、変なとんがり帽子が喋り出してガキどものクラス分けをする映画を思い出した。


「――サンクイユ大陸では神聖流が多いので剣の道場しかないけれど、モンブロア大陸には魔法使いも沢山いるから、学校もあるんですよねぇ」

「なるほどね」

「ピース様が大きくなられたらアリーシャ魔術学園(あそこ)に入学させられるのではと昔、メイドの中ではもっぱらの噂でしたけどね」

「そうなのですか」

「でもピース様が習うことは無いですよねぇ。だって、サンクイユ大陸一の精霊魔法使いであられるローザ様に習っていらっしゃるんですもの」


 確かにそう考えると、俺って奴はつくづく恵まれているよな。クレアに感謝すべきか。


「――王家御前試合には、モンブロアから魔法使いも来るのでしょうか」

「そうですね、前回は……えっとぉ、いち、にぃ、さん……六、七年前だったかなぁ。優勝者はモンブロア大陸の魔法剣士でしたからね」

「ええっ? 神聖流ではなかったのですか?」

「いえ、その方は神聖流ということでしたよ」

「なんですかそれ」


 神聖流の魔法剣士なんか、いるわけがねえ(・・・・・・・)よ。神剣や魔剣を持ってりゃ、魔法なんかプロ野球選手並みに打ち返すくらいのことは造作もなくやっちまう連中だぞ。それに戦闘魔法を真っ向から否定している流派だ。


「怪しいですよねぇ」

「神聖流が勝てないと判断して、その魔法剣士を懐柔した……か。やりかねませんね」

「世間ではそういう噂ですよ。申込書の経歴を見れるのは王族だけですし、後で書き直したって誰にも解りませんし、だいたい、モルデーヌには文字を読める人が殆どいないし、公園の掲示板になにを書かれていても、みんな解りませんし」

「は、ははっ……」


 まったく、笑えねえ冗談だ。不親切にも程がある。


「――さあ、もう今夜はお休みになって下さいまし。なんだか、わたし……明日のことを考えると、胸が苦しいんですよぉ」

「どうして?」

「解りません。なにやら体にまとわりつくようような嫌な予感がして……なので、今夜はぐっすり休まれて、また明日、頑張りましょう」

「……そうですね。休みましょう」


 その、なんだか悲しそうなへの字眉毛のまま悶えるような動きをしたマリアの、いやらしい、いや、嫌な胸騒ぎが、万馬券の如く大穴を的中させていたなんてことは、このときの俺には、全く予想もしていなかったんだ。



        ◇◇◇



「ピース様ぁぁぁぁ! 大変であぶなぁぁぁぁい!」

「ぬあああああっ!」


 数人の部下たちが、ノックも無しに部屋へ飛び込んできたので思わず仕込み杖を構え、気が付くとお互いに叫んでいた。

 おうおう、今何時だ。なんだこいつら、ドノバンの部下たちか。


「何事ですか」

「大変です! あの、あいつが、あいつが出てきやがったんです!」

「あいつ……誰です? 出てきたとは」


 全くわからん。こちとら寝起きだぞこの野郎。


「あいつですよ! なんつったっけ、あの……ほら、あの」


「あの……ドノバン。ドノバンに代わりなさい」


 ドノバンは後から息を切らせての登場だった。相変わらず部下に相手にされてねえのか。可哀想だろ、上司なのに。


「てめえら、ゼェ、ゼェ、ゼェ、先に来やがってこの、ゼェ、ゼェ……」

「お帰りなさいドノバン。何があったのですか」

「へ、なんだ、てめえら、先に、来といて、なにも、言って、ねえのかよ」


 マリアがコップに水を二人分用意して持ってきた。彼女も起こされたのか。

 一気にそいつを胃袋に流し込んだドノバンは白熊の絨毯の上へと、だらしなく仰向けになった。どっちが猛獣かわからねえ。とりあえず回復魔法を掛けてやると、ドノバンはやっと落ち着きを取り戻した。


「すみません、ピース様……」

「いえ、それより何が」

「奴です。ランディ・ギルモアが、出所したのです」


……誰?


「えっと……ランディ?」

「嘘だろ! 忘れたんですか! あの鷹の爪商会(ホークオブクロウ)のナンバーツーだった、巨漢のあいつですよ!」


 ああ、ランディな。あの汚ぇソバージュ頭のプロレスラー野郎か。やっと思い出した。

 マリアが震えていた。奴の、いやらしい眼差しでも思い出したのか。


「へぇ、出所したんですか、そりゃ随分と早い……って早すぎでしょうよ!」

「ですよ! 現在、エンリケたちが議事堂に話を聞きに行っております。これは、おかしいです! 懲役十五年が、なんで……まだ一年も経っていないのに!」


 暫くしてマッコイが現れた。


「遅くなりました、ピース様。ランディの件ですが、どうやらキール・ブラックモアに動きがあったようでございます」

「キール殿に?」


 そしてマッコイは、俺の耳元で手をかざし、小声で呟いた。


「――ピース様……『保釈金』とは、一体どういったお金なのですか? 私はそのような制度(・・・・・・・)など、この世界(・・・・)聞いたことがない(・・・・・・・・)のでございます。もしや……」


 その言葉の意味を、ようやく寝惚けた頭が理解し、コップの水を飲み干した。


「――ロイド男爵を今すぐ呼んで下さい。マッコイズ以外の部下は、全員で街の警らに回らせ、ランディ・ギルモアに遭遇したら即時連絡と追尾を頼みます」

「はっ!」



 キール・ブラックモア。間違いねえ。

 こいつは……俺と同じ、転生者だ。

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