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極の細道  作者: LIAR
第三章 モルデーヌ激闘編
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第二十四話『振り出しの森へ』

 振り出しの森――

 千年戦争の負の遺産とも言われている森。


 思えば前の世界にも負の遺産は沢山あった。どこにどれだけ埋めたのかも判らなくなった地雷。地震でぶっ壊れた原子力発電所。それだけじゃねえ。戦後のどさくさに紛れて力をつけた連中も一緒だ。古き良き任侠なんてもんは、ほんの一握り。

 今の俺は……俺みてえな人殺しも何とも思わねえようなどぐされ野郎は、ヤクザなんていう呼び方すらどうかと思ってる。

 本当は、俺は侠客になりたかったんだよなぁ。

 本物の、極道ってやつになりたくて、どこをどう間違っちまったのか……いや、元々が外れた先。外道の道だったってことだ。

 くよくよしても仕方がねえ。もうこの人生を生きるしか、俺には……それしかねえんだ。


 戦争はくだらねえ。同じ民族が分断され、未だに不毛な争いを当たり前のように続けていたりする。

 貧乏人や病人の心理を巧みに操作して莫大な金を巻き上げた新興宗教なんかも、負の遺産といえばそうとも呼べる。

 神様が右と言ったら何も考えずに右を向く連中。今の神聖流の連中がまさにそれだ。正義や神の名のもとに人殺しも辞さねえってのは、ヤバい思想だと思うんだ。

 まあ、俺も近い人間かも知れねえ。だが、いるかどうかもわからねえ奴の、言った言わないを決めてる連中が他にいるって事だろ。俺の親分オヤジは少なくとも生身の人間だ。たったそれだけの違いなのかも知れねえが、決定的な差だ。

 まったく、罪深ぇのは人間様よな。どこへ行っても戦争は悪党のビジネスチャンスなんだ。世知辛ぇ。


「どうしたのピース。元気ないわね」


 幌馬車の中で、シャルロットが俺の顔を覗きこんできた。


「いえ、ちょっと……戦争って、悲惨しか生まないんだなって思って……」

「そうね。狭い世界でどこが誰のものだと争い合う。下らないことよね。私はもっと別のことで悩んでいるのかと思ったわ」

「別の?」


 首を傾げると、母は微笑んだ。


「初めてだったんでしょ?」

「何がですか」

「昨日、あなたは人を殺した。てっきりそれで落ち込んでいるのかと」


 ああ、そのことか。忘れてたぜ。言われてみれば、らしく(・・・)ねえな。五歳のガキが、行き掛かりとはいえ、人を殺したんだもんな。前の世界だったら、まともな母親なら失神するような事案だ。こんな時、どう返したら良いんだろうか……


「いきなり襲われたので。仕方ありません……どうかしましたか?」


 シャルロットは目を円くした。ちょっと引きつった頬を、無理やり笑みに変えているような顔。なんかマズいこと言ったか。


「い、いえ、別にあなたが気にしていないのなら、私は構わないの。私が初めて人を殺したのは十歳の時でね。相手は盗賊団の下っぱだったけれど……私は何日も眠れなかったから」

「そうなのですね」

「神聖流の討伐隊に、志願兵として入ったのに……人を殺す覚悟が出来ていなかったわ。だから、あなたの意思は素晴らしいのよ、ピース」


 髪を撫でられた。人を殺して褒めてきた人間は、二人目だ。


「素晴らしい、ですか」

「ええ。みんなを守るためだった。正義を貫いたの。違う?」

「……はい」

「なら、胸を張りなさい。ピース、あなたは神威理真流宗家として、正しいことをしたのだから」


 正しいも何も……俺はすっかり廃れちまってんだよ。単純に、こいつの切れ味を試したかっただけでな……殺す必要は、無かったと言われたら、何も言えねえ。

 そう考えると何だか今頃になって、自分がまともなフリ(・・・・・・)をしているだけなんだって、気付かされた。


「――正しいかどうかは、今後の私の生き方次第で決まるのだと……そう思います」

「ピース……そうね。偉いわ。はやく腕を治して、魔王討伐を必ず達成させなきゃね」

「はい」


 魔王か……江田島、てめえは今……何処で何をしてやがる……



        ◇◇◇



 森の前にたどり着いた頃には日も高く昇り、俺たちは草原の中で昼食を取りながら、もう一度、進路の確認をした。


 振り出しの森はまるでダンジョンだと、ため息をつくのは大蛇の洞穴(スネイク・ピット)の残党のリーダー、ルドルフ・リッケンバッカー。この男、何度も森にアタックしているだけあって、流石にここの全体図をしっかり把握している。

 彼はダレスが持ってきていた皮の白紙に、自身が今まで得てきた情報を詳細に書き加えていった。

 絵心があるのか、とても上手なイラストまで書き込んでいくルドルフ。少し面食らった。別の世界なら、そっちの分野で食っていけたろうに。


「実は、この入り口がメインなんだ。知らない奴はこっちの、ほら、ここからも見えるだろ。あそこから入るから迷いこむのさ」

「なるほど」


 出来上がった地図を指差しながら、ルドルフはある仮説を持ち出した。


「そして一晩考えた。ロイド男爵の持ってきた文献にある言葉。『加護なき者、かの森に入れば振り出しに戻る』これは俺も知らない情報だった。もしもこの言葉が事実なら、ここから先、三ヶ所あった袋小路のうちのどれかが、出口へとつながっているのでないかと俺は睨んでいる」


 どうだと言わんばかりに、一人一人の目を見るルドルフ。意見が他に無いかを確認しているのか。大したリーダーシップだ。


「――なるほど。その袋小路に、何か仕掛けがあるのかも知れませぬな」

「この中で一番森に詳しいのはルドルフさんです。その推測に従います」

「有難い。では、出発しましょう」


 ここからは徒歩での移動。ルドルフの配下も二十人程、同行することになった。

 


        ◇◇◇



 杉の木に似た形の大木が、所狭しと高くそびえ立つ振り出しの森。太い幹にはナイフで付けられたとおぼしき印が。


「俺たちが付けた。そのマークの形に気を付けるんだ。矢印の方向が、中腹へと向かう印だ。バツの印がついていたら、やたらに触ったり、近付くな。方向感覚を失ったり、幻覚を見てしまう」

「幻惑樹ですか」


 ロイドの問いに、ルドルフは足を止めた。


「ああ。以前、俺の部下がそこで休憩中に斬り合いをした。互いに化け物呼ばわりしながらな」


 最悪の木だな。その話を聞いた後では鳥のさえずりさえ何やら怪しく思えた。

 

「お婆様は楽しそうですね」

「若い頃、お祖父様とよくこの辺りでデートしていたみたいよ。こんな場所でよくまあロマンチックを語れること」


 シャルロットはぼやきながらローザを見ると、彼女は目を輝かせて独り言を呟いていた。それに対して真剣な表情で頷いているマリア。


「この辺は昔、こんなに魔力も多くは無かったのじゃがのぉ。人々を取り込んで、魔力が強まってしまったのかのう」

「怖いですねぇ」

「この先には小さな泉があってのう。動物達の水飲み場になっていて。そこでよくジジイと水遊びを、お、どうしたのじゃ」


 再び足が止まったルドルフは、ローザを見た。


「泉があったとは、どういうことですか」

「どうしたもこうしたも、泉がその先にあるのじゃが」


 ルドルフは先程書いた地図を広げて、首を傾げた。


「私は行った事がありません。どの辺りでしょうか」

「わしゃ地図がよく読めんのじゃが……この入り口からこう来て……恐らくこの辺じゃないかの」


 ローザの指差した場所には、大きな大木のマークが。悪そうな目と口まで付いてる。


「おかしいな。そこには魔力によって化け物と化した大木が、アンデッドを連れて我々を襲ってきた場所だが」

「んー、随分と昔の話じゃて、今は様変わりしたのかのう」


 大木の化け物か……目測では、後百メートルも行かないうちにその大木マークまでたどり着いてしまうようだが。


「この森では何が起きるかわからない。それが正解なのかも知れないな」

「とにかく進みましょう」


 暫くすると、ローザの言っていた通り、綺麗な泉が目の前に現れた。


「嘘だ……何度もここには来た筈だ! こんな泉は無かった!」


 ルドルフは、仲間達と地図のにらみ合いを始めた。


「すみません、ここで一度小休止しましょうか」


 シャルロットの提案で、此処を臨時の拠点とすることになった。


 俺は、ふと大木の幹から空へと視線を向けた。バカ高ぇ木だ。

 そして何やら、不穏な空気を感じていた。森に入ってから、ずっと誰かに、見られているような気がする。


「お母様、ちょっと……」

「どうしたの? おトイレなら、マリアとその辺で……」


 シャルロットも気がついたようだ。目付きが変わった。


「ナッシュ。ハサウェイとサンチェスを連れて周辺警戒を。大木には触らない事」

「はっ!」


 弟子三人組が森の中に消えた。

 気が付くと、ロイドの手下三人組も姿が……ああ、あいつらは泉のほとりにいた。何やってんだ。


「どうしたのですか、マッコイズ」

「マッコイ()って。いきなり三人まとめて呼ばないで下さいよ」


 マッコイは頬を膨らませた。ゲラゲラとでかい口を開けているのはデブのドノバンだけだった。ノッポのエンリケは背中を見せたまま動かない。


「面倒ですからいいじゃないですか。それより、エンリケは何を」

「ピース様もやりませんか。釣りです。本当はキーヌ川でやろうと思い、持ってきたんですがね」


 振り返ったエンリケは歯を見せ、俺は釣竿を手渡された。


「――ほう、釣りですか! 久しぶ、じゃなかった、初めて見ます! やり方を教えて下さい」


 あぶねぇ。マリアやローザが近くにいる事忘れてたぜ。


「ところで、マッコイズは気が付きませんか」

「だからそれ止めましょうって。……ああ、この気配ですね。森には沢山の動物がいます。恐らくその類いの――」


「――敵襲ぅぅぅぅぅっ! 備えよぉぉぉぉ!」

「えー!」


 ナッシュの怒声が響くと同時に、上空から矢が降り注いだ。


「上だ! 上に何かいる!」


 マッコイの叫び声と同時に、ローザの咄嗟の風壁(マジックウォール)により、俺たちは直撃を免れたが、そこより遠くにいた、反応の遅れた仲間達は何人か矢によって倒れていくのが見えた。


「きゃーっ!」

「マリア落ち着いて下さい!」


 しがみついてきたマリアの柔らかさから逃れた俺は、足元に氷の膜を形成。


「坊っちゃま!」

「そこにいて下さい!」


 落ち葉を吹き散らしながら、風魔法で上空へ飛び出した。

 風壁を作りながらの気流操作が難しい。以前なら左手で分けて使えたが、今は右手のみ。身の危険を感じ、咄嗟に大木を背にして上昇してしまった。一方向からの攻撃なら避け易いし、楽に飛べるからだ。


 だが、俺はその判断が間違いだったことを、すぐに思い知ることになった。


「こ……これは!」


 高所にある大木の枝が見えてくると、そこにはなんと、大勢の女がいた。

 しかも、全員、マリアだ。背の高いマリア、スレンダーなマリアに、デブマリア……嘘だろおい……


「ああ、これが幻覚か……」

「えへへ、お兄ちゃん、あそぼー?」

「へ? うわあ!」


 可愛い声を出しながら、次々と放たれる矢が、現実であることを知られてくれた。

 マリアが弓矢を扱えるわけがねえ。その前によく見りゃこんなブサイクじゃねえや。謝罪して欲しいくらいだ。だが、こっちとしてもやりずらい。にこやかに微笑む偽マリア達は、それぞれが素早い動作で矢を付くと撃ち込んでくる。


「やり方が汚いです!」

「なにが? そうかぁ、お兄ちゃん、何か違うもの(・・)が見えてるのねー?」


 これが幻惑樹の魔法効果なのか……意外にきつい攻撃だ。身内が現れたら誰だって怯む。


「そのまま死んじゃいなさい!」

「そーだ死んじゃえー!」


 ひでえ。俺の知ってるマリアはそんなセリフ絶対に言わねえっての。しかしこいつら、何者なんだ……風壁もいつまで持つかわからねえ。


 だがその時、幻惑樹は最大の失敗をやらかした。


「ほう……そいつを、見せちゃいますか……」


 枝の上に降り立った先に居たのは、俺がこの世界に来た理由をくれた男。

 オールバックで高そうなスーツ姿のそいつは、刺すような視線をこちらに向けていた。


「ん? 今度は何が見えてんだろうね。手が震えてるけど」

「関係ないよそんなの、さっさと殺しちゃおうよー!」


 そうかい。最高に最悪の気分ってのは、このことかも知れねえな。もう、手加減できねえぞ、てめえらが何者であっても、だ。


 この俺を……

 二本木修二を殺した男は、不敵な笑みを浮かべた。


「江田島ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 仕込み杖を、肩と顎で挟み込んで勢いよく鞘を抜いた。ブースト全開だった。気が狂いそうだ。


「ひぃ!」

「何こいつ、強っ、ちょっとまっ、ぐぇっ!」


――大木の下にいる連中の頭に肉片が落ちて行くまで、さほど時間は掛からなかった。


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