第二十三話『スネイク・ピットの残党』
迫り来る山賊の数は、相当数いた。既に日が落ちているので視認が難しい。五十人くらいだろうか。連中は、こちらのランタンの光を目安に向かって来ていると判断し、俺は明かりを消した。
山賊とシャルロットたちの剣がぶつかり合う音、何かが切れる音、そして山賊の悲鳴があちこちで聞こえる。
身体強化を視力に使えば、闇の中でも少しの光さえあればよく見える。遠くまで見ることさえ可能だ。迷いなくこちらへ向かってくる……身に付けている装備を見ると、結構立派な物を付けている。恐らく『剣士くずれ』の連中だろう。神威流の分派か。
しかしこの世界は、やたらと愚連隊みてえな野郎が多いな。
剣士から山賊へ身を持ち崩した理由は知らんが、話を聞いてやる余裕がねえのはお互い様だ。
「――ピース、お婆様を頼んだわよ!」
「はーい」
遠くから母の激が飛ぶ。
彼女は、いくつになっても子離れ出来ねえんだろうな。
「坊っちゃま! 奴ら動きが速く、捉えられませぬじゃ」
「なら、両サイドへの足止めだけで結構です」
やっと出番だ。この半年間のリハビリが、どれだけの成果があったのか知りたい。
俺は、杖を振りかざし、光の精霊を五体、五人の山賊に向かって撃ち放った。
「ぬぉっ! こんのガキゃ!」
山賊の一人が、剣で俺の大切なウィルちゃんを弾き飛ばした。
「クソガキめ、そんなもんで俺たちを……あれ?」
中々やるが、こいつらのスピードは俺にとっちゃ、悪いが昼寝をしちまいそうだ。
「――こちらですよ」
背後から声を掛けてやった。
「な! いつの間に!」
移動したことすら見えていなかったようだ。俺は低く身構え、首を傾け、左肩を使って杖の『鞘』の部分を挟み込んだ。
「何だこのガキ……片腕じゃねえか」
右手の『柄』をゆっくりと引き抜くと、ギラリと輝く銀色の刀身が、異様な魔力を解き放った。
近くにいた馬車馬まで反応して逃げ出そうとする始末。ああ、やっぱりこいつは力をもて余すなぁ……
「坊っちゃまあかんて! それは魔剣じゃ」
「そ、それ何だ、げぇっ!」
くるりと刀を回し、首筋を薙ぐようにゆっくりと納刀。同時に、正面にいた男は胴体を真っ二つに。切れ味良いな、お前さん。
それを見た山賊は、腰を引いて狼狽えている。
「大丈夫ですよ、お婆様」
「それならええのじゃが……やはり坊っちゃまは天才じゃ」
「きゃー! ピース様、斬ったのが全く見えませんでした! 凄いですぅぅぅ!」
その倒れた死体の、すぐ後ろにいた奴が叫ぶ。
「ピースだと?
……気を付けろ! そのガキ、タダモンじゃ……無ぁぁぁぁい! 腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁ!」
「お喋りしている暇があったら、剣をお振りになってはどうでしょうか」
両腕が地面に落ちた男は悲鳴を上げながら、二の腕で必死に、落ちたそれを拾おうともがいている。ようやく小脇に腕を抱えた山賊。
「た、退避、退避ぃぃぃ!」
「待って下さい。あなた達、お仲間に魔法使いはおりますか?」
「ひぃぃぃ……へ?」
「その腕、私ならまだ間に合います。繋げて差し上げますから、仲良くして頂けませんか」
もう良いだろう。圧倒的な戦力を見せつけてやったんだ。これで降参しなきゃ皆殺しだが。
「こちらには神聖流が三人います。この意味解りますよね」
「ええ! わ、わかった! お前ら、やめろ! 止めるんだ、剣を下ろせ! 動くな! 俺達の敗けだ! 降参だ!」
「お母様! やめやめ! 殺さないで!」
「は?」
剣の鳴りが、消えていった。
「お控えなすって。手前、生国はナルナーク領モルデーヌです。姓名の儀声高に発しまするは失礼。姓はベッテンコート、名はピースと申す、しがない駆け出し者にござんす」
「その挨拶、なんなのよピース。前から聞こうと思ってたけど――」
「――ピース・ベッテンコート……あ、あなたが、衆の……」
男は再び、小脇からてめえの腕を落っことした。
◇◇◇
山賊たちの食事はとても旨かった。三馬鹿トリオは酒まで手をつけ、ロイドに頭を叩かれていた。
山賊のリーダーは、ルドルフと名乗った。
少し痩せて見え、卑下た感じの鋭い目付きはしているものの、悪党らしからぬ精悍な面持ちは、顎の切られ傷がそうさせているのかもしれない。
連中のテントの前で、俺達は絨毯を敷いて彼らと鍋をつつき合った。和解に飯は付き物だ。
シャルロットの弟子三人を見張りに立たせ、食事をしながら話を聞くことにした。
「――モルデーヌの小さな勇者に斬られたとあっては、こちらも観念せざるを得ますまい」
ルドルフは、何やらロイドの口調に似ている気がする。こいつももしかすると、スラリとした姿に似合わず暑苦しい奴なのかも知れん。
「こちら側も突然現れ、驚かせてしまったことを謝罪致す」
ロイドは頭を下げ、ルドルフもそれに答礼した。
――幸いにも、一人の死者と、重症だが怪我人二十数名で済んだことは、奇跡としか言いようがなかった。
聞けばこの山賊団、隣のモンブロア大陸からの流れ者だという。
ゼルー帝国傭兵団『大蛇の洞穴』の成れの果てだという。
ロイドは髭を触りながら訊ねた。
「ほう、大蛇の洞穴とな。ゼルー帝国は、未だに魔族との紛争の絶えない遥か東、魔大陸の隣の、バースパニ大陸に栄えた帝国。
十年前、ゼルー帝国は魔族に滅ぼされたと聞いたが」
「ああその通り。だがバースパニーも魔族の領土となってしまった。今はあそこも魔大陸の一部さ。俺はそこで分団長までやっていた。良いところ一つも見せられず、腕を無くしたがね」
ルドルフは、自嘲気味に小さく笑った。
「なるほどね。道理でお仲間の太刀筋が素晴らしいと思ったわ。勿体ないなぁ……うちに雇いたいくらいなのに。何故、こんな場所で物取りなんか……」
シャルロットはそう言うと腕組みをしながら、顎に手をやった。
「七年前、魔力暴走があったのはご存知?」
「魔力暴走?」
「ピースが知らないのも無理はないわ。あなたが生まれる前の出来事だから」
魔力暴走――それは、まさに天災とも思える災害。魔王が強烈な魔力を世界中に解き放つことが、時折あるのだという。
何のために、そんなことをするのかは全くの不明だ。だが、解っていることは、それで人族に多大な被害が出る、ということ。
「農作物ならまだしも、だ。あの年に生まれる筈だった子供達。ほとんどの子供が、魔力暴走によって、母親の腹を爆発させた……解るか、この悔しさを。悲しみを。無力さを。
魔王は、俺の妻と、息子を……くそっ!」
「やはりね……噂には聞いていたわ。ゼルー帝国の傭兵団の行方がわからなくなった話。あなただったのね、ルドルフさん……心中お察し致しますわ」
シャルロットはそう言うと、唇を噛んだ。
ルドルフの瞳から流れ落ちたそれは、絨毯に染みを作り、消えた。
「――だから俺は誓ったんだ。必ず魔王を殺すと」
「ならば何ゆえ。何ゆえに山賊など」
「援助を断られたんだよ。ナルナーク領の貴族どもにな」
「なにぃ!」
みんな、初耳だった。
「あの時は確か、ブラックモア家が衆の統括責任者だった。だから俺たちは、ベッテンコート家に恨みはないんだ。寧ろ、モルデーヌの衆の御曹子様が魔王ゾイを倒したという噂が流れてきて、俺たちはそれをツマミに酒盛りした程さ。その後、ゾイが魔王の座を退いていたという情報が入ってうんざりしたもんさ。奴等は代替わりをする。
そして、もう信じられないのさ。この国の連中がな」
「そんな事が……」
「いずれ資金力を蓄え、モンブロア大陸で出直す予定だった。だが問題が起きてしまった」
「問題とは?」
「この先の森さ。あの振り出しの森で遭難した俺たちは、森に住む獣人族に、国との交渉に必要な金爾を盗まれた。あれがないと、モンブロアに行っても何も出来ない」
何だか、とても面倒なことになったしまった気がした。だが、ルドルフの目を見ちまった。駄目だ。解ってるんだ。解ってるんだが、どうしても……男として、譲れねえ。
「ルドルフさん。私に出来ることはありませんか」
「ピース様……」
「奇遇です。私も魔王を殺さないといけない理由があるのです。魔王討伐の力になって頂けるなら、私があなた達を雇います。ダメですか」
「ピース様! 何を」
「――男爵。私にはまだ力が足りません。だから、形式上はあなたが皆さんの雇い主になって下さい」
ロイドは目を丸くした。
「しかし、この人数をどうやって……」
「お仕事なら、私が作ります。この半年で色々と世界を学びました。ナルナークに足りないものは沢山あります」
「ううむ……」
ルドルフは首を振った。
「そんな、ピース様。お気持ちはありがたいのですが。ですが、我々は既にナルナークでは犯罪者集団。この数年間、多大な迷惑をかけてきました。ですのでこれ以上の」
「――許すなんて、一言も言っていませんよ。ならばモルデーヌに行き、罪を償ってください」
「そ、それは……」
「これ以上の足止めが嫌なのは、私も同じです。悪い話ではないと思います。まずは振り出しの森を案内してください。獣人族との交渉は、私がやります」
「ピース様……」
――翌日、スネイク・ピットの残党を味方につけた俺たちは、振り出しの森へと向かう運びとなった。