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極の細道  作者: LIAR
第三章 モルデーヌ激闘編
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第二十二話『前途多難』

 石畳の通りを抜け、未舗装の道に入った。ゴツゴツとした振動が一層強さを増した。出来の良い座椅子のおかげで、さほど気にはならなかったが。


 窓の外を眺めると、うねった草原が遠くまで続いている。快晴だ。

 太陽が高く昇り、馬を休ませる為に休憩を一度挟んで、再び走り出した。

 シャルロットの弟子二人が馬車をそれぞれ運転し、先頭の幌馬車にはもう一人の弟子と、三人組とマリアが乗っていた。

 俺とロイド、シャルロットとローザは二台目の幌馬車の中で向かい合った。とりあえず今後の会議ということで、そんな布陣になっていた。


 最初の内は、エンリケ達のバカ騒ぎとマリアの笑い声が、後方の俺たちにまで聞こえてきて煩わしかったが、暫くすると大人しくなった。


 俺は、何かの動物の皮で作られたサンクイユ大陸が描かれている茶色い巻物を紐解くと、くるくると広げた。

 巻物はロイドが持ち主だ。昔、冒険映画で見たような埃っぽさと、据えた匂いに加えてゴワゴワした質感が堪らなくロマンを掻き立てる。財宝はどこだ、なんてな。


「モルデーヌはここですか」

「そうよ。西の赤い印がそう。真ん中に縦に通っている太い線、これがキーヌ川」

「大きいですね……」


 サンクイユ大陸は、まるでナイル川のように巨大なキーヌ川によって分断され、二つの大陸のようにも見える。全体を見ると、東を向いた人間の横顔のようなフォルムをしている。ちょうどその横顔の目の辺りに、切れ長の瞳のような形のチュゼ湖があり、その源流から、涙が頬を伝って流れているようにも見えるキーヌ川。

 要塞都市モルデーヌは大陸の中心部からやや西。横顔でいうと耳の辺りにあり、そこから東へ目をやると、川を渡った先の、鼻の部分にあたる場所にはクレールの港町が。そこからお隣のモンブロア大陸への航路が、まるで長い鼻毛のように描かれていた。


 大陸と呼ばれてはいるが、前の世界の感覚で言うと、ちょっと大きな島と呼んだ方が適当な気がする。


 モルデーヌから北東、おでこへ向かって指をなぞっていくと、チュゼ湖の北部に山の絵が描いてあった。ゲジゲジ眉毛か。なんだこれ、本当に横顔みてえな作りだな。しかしこの地図、誰が書いたんだろう……子供のいたずらみてえだ。本当に辿り着けるのか、心配になってきた。


「チュゼ湖の先……山脈の中腹に、ラーシャ神殿……遠いですね」

「そうね。これが平原の道だけ(・・)なら二日もあれば着くんだけど……」


 シャルロットは俺の右手を掴むと、なぞってきた道を逆戻りさせた。


「ここ。この『振り出しの森』が厄介なの」

「ふりだし?」


 揉み上げにあたる部分をトントンと指差したシャルロットは頷くと、ため息をついた。


「千年戦争の話は知っているわよね?」

「はい。レイルズ叔父さんに歴史を教わりました」

「そう。あの戦争で、モンブロア大陸から侵攻してきた魔王軍の猛攻により、連合軍はラーシャ山脈地帯まで撤退せざるを得なかったと、文献には書いてある」


 再び地図をなぞっていくと、ラーシャ神殿のマークが。


「そして連合軍はここを拠点に、都市を築いた。ここが後に神殿となったのよ」

「随分と逃げたのですね」

「そうね。森に住んでいた翼人族や、人猫族、山脈に住む人猿族や人狼族の助けが無かったら、この大陸は魔族に占領されていたわね」

「サンクイユの獣人達は皆、連合軍に着いたのでございます。もしも当時の巫女様の説得が成功しなかったら……考えるだけでもゾッとしますな」


 ロイドが髭を撫でながら割って入ってきた。


「劣勢だったのですね……で、その森が厄介、というのは、どういうことなんです?」

「この一帯はまだ、巫女達のかけた魔法の効果がまだ切れていないの。」

「倉庫の古文書にはこう記されております。『加護なき者、かの森に入れば振り出しに戻る』と」

「幻惑の魔法や、様々な罠が未だに残っていて、現在も行方不明者が出る危険な場所なの」


 シャルロットは口元に手をやりながら、地図をじっと見つめた。そしてまた、ため息。


「危険ですね……なら、キーヌ川を上って行くルートではダメなんですか? チュゼ湖を目指して北上していけば――」

「――それは無理よ。獣人族との協定で、そのエリアは人族が入ることを禁じられているの。もしバレたら、何をされるか判らない。自殺しに行くようなものよ。今度は獣人族と戦争が始まったっておかしくはないんだから」


 戦争って……

 一緒に魔族相手に、戦った仲間じゃなかったのかよ。そう思って首を傾げると、ロイドが解答をくれた。


「サンクイユ大陸では、先の大戦で獣人族が多大な犠牲を出したのでございます。

 最期は剣聖トドナミクスの出現により、連合軍が奇跡的に戦争には勝利したものの、サンクイユの獣人どもは、戦争を起こした我々、人族を恨んでいるのでございます」

「そうなのですね……」

「人族と魔族との戦争に、彼等は巻き込まれてしまっただけだと主張しているの。住んでいた地域や情勢で、人族側、魔族側にそれぞれ獣人族は分断を余儀なくされてしまった。そういった深い遺恨が残っているから……」



――突然、馬車が停止した。


「――どうした?」

「魔物です」


 シャルロットの弟子、ナッシュ・コリンズがロイドの言葉にそう答えた。とうとう魔物が出るエリアに入ったわけか。

 立ち上がろうとした所を、シャルロットに制された。


「あなたはここに居なさい。何のために弟子を連れてきたのかわからないわ」

「でも――」

「――これも訓練の内よ」


 ローザは目を閉じ、杖を立てると、結界を張った。


 車窓から、弟子三人の姿が見えた。

 迎え撃つは赤黒い巨体を持った魔物……角が生えてる。ボディビルダーみてえな牛が二足歩行してるような化け物だ。全部で八体。


 ナッシュが群れに飛び込んだ。残りの二人、名前、何だったっけな。

 二人は左右に群れの外側へ。次々と斬りかかり、倒していく。足を斬って動きを止めて、首や胸といった急所を斬る。良い動きだ。だが、あの中じゃナッシュがダントツで強いってことだ。群れの注意を一手に引き受け、派手に動き回りながら防御一辺倒。弱いふりが上手いなぁ。魔物が油断して躍起になってナッシュを攻撃しているところへ、二人が後ろから攻撃しているに過ぎない。


「ナッシュさん、強いですね」

「わかる? あの子は、剣聖までいける素質がある」


 牛男の、地の底から響いてくるような恐ろしげな断末魔がいくつか聞こえ、静寂を取り戻すまで、そうは掛からなかった。

 ナッシュが幌馬車に戻ってきた。


「シャルロット様、申し訳ありません」

「どうしたのナッシュ。久し振りの実戦はどう? 怪我でもした?」


 いたずらっぽく微笑むシャルロットに、顔を強ばらせたナッシュ。


「いえ、路上で数匹を倒してしまった為、二人で退かしております。かなり大きく……もう少々お待ち下さい」

「あら、ダメじゃないの。多数を相手にする時も、立ち回りは美しく、よ。退路を塞いだら自滅することだってあるのだから。次から気をつけなさい」


 一礼して去っていくナッシュを見ながら、シャルロットため息をついた。


「あの二人のせいなのに、ナッシュさんには厳しいのですね」

「ええ。リーダーには責任感も大事なのよ、ピース。あの子たち、スジは良いのだけれど、周りがまだ見えていないのよね……」

「若いですね。いくつですか?」


 シャルロットは吹き出した。


「あなたよりずっと上よ。十八才だったかしら。もう、ピースってば面白いわね。五歳のくせに、時折おっさん臭いことをいうから、母さん笑っちゃう」


 心はおっさんだ。お前より歳上だっつーの。

 ロイドが笑いを堪えていたので、肘でたしなめてやった。ロイドは咳払いをして取り直す。


「と、ともかく、お弟子さんの訓練になることは良いこと。それに何かあっても、ローザ様の魔法と、奥様の剣技があれば、神殿なぞすぐそこでございます」

「まあ、男爵は口がお上手ですこと」


 頬を赤く染めるロイドに、ローザがニヤニヤとする。


「案外、古いしきたりが邪魔せんかったら、男爵と結婚していたかも知れんのう、小娘。ウヒャヒャ……」

「……そうですわね、争奪戦なんてなかったら、それも面白かったかも」

「そ、そんな、からかわないで下され、お二人とも」


 争奪戦、か……思えばこの世界、力のある者の意見がまかり通る世界なんだよな……


「争奪戦といえば、そろそろ各地で始まる時期じゃの」

「ああ、そうでした。五歳になったから私も出場権がありましたね、そういえば」

「そうね。毎年、王族の主宰する御前試合はこの時期なのよね。五歳だけじゃないのよ、ピース」

「えー、そうなのですか?」

「十歳、十五歳も組分けをして戦うのよ。十七才の成人の儀式、王家御前試合『剣聖杯』に向けての、前哨戦みたいなものよ」

「剣聖杯……それじゃ、私も――」

「――あなたはいいのよ、ピース。まずはその腕をなんとかしないと。片手じゃ圧倒的に不利だもの」

「――しかし、じゃ。小娘。五歳の御前試合に出場しないということは……」


 シャルロットは、ローザを鋭く睨み付けた。


「いいのです。仕方ありませんから」


 ローザは慌てた様子で口をつぐんだ。一体、何が仕方ないんだろうか。


「出場しないと、何かある――」

「――いいの。あなたが今考えることは神殿に辿り着くこと。あなたはしっかり、療養なさい」

「はい……」


 彼女の微笑みの中に、影を感じた。何か言いたいことがあるのに、それを口に出来ないでいるような。よし、これは後でロイドに聞き出そう。

 ナッシュ達が仕事を終え、幌馬車は再び走り出した。

          

――日が傾きかけている。今夜は野宿になりそうだ。



        ◇◇◇



 どこで野宿をしようか、そんな話をしながら走っていると、先の方に明かりがチラホラと見えると、ナッシュから報告が。


「あれは……恐らくキャラバン隊ではなかろうか」


 ロイドが髭を触りながら言った。


「それなら、こちらの身分を明かして、一緒に一晩世話になるのも良いかも。大勢の方が安心だし、うちの三人が見張り番を代わる条件なら、向こうも悪い条件じゃないはずよ」

「名案にございますな。神聖流の見張り番が三人。これは金貨五枚ですら安いというものです。この人数の宿代で換算すれば、高級旅館でも三枚が相場でございましょう。もはや交渉の余地もありますまい」


――そして、チビ、ノッポ、デブを後ろにつけ勇んで進んで行ったロイド達が、ダッシュで戻って来るまで、そう時間は掛からなかった。

 さっきまで、頭良いなぁって、ちょっと尊敬の眼差しで見てたのに……


「さ、山賊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おるぁぁぁ! 待てごるぁぁぁぁ!」


 バカ野郎……交渉の余地もねえのは、こっちじゃねえか……

 俺は舌打ちしながら、白い仕込み杖に手をかけた。


「ナッシュ! 援護を!」

「はい!」


 シャルロットの号令で、弟子三人が剣を抜いた。


「こらっ、ピースはここで、マリアたちをお願い!」

「えーっ」

「行くわよ!」


 ロイドと三人組を入れ替わるようにして、シャルロットを先頭に、弟子三人組は雄叫びを上げながら山賊どもに斬りかかっていった。


 ああ、何だか……くすぶるなぁ。


 マリアの胸に後頭部を挟まれ、俺は、ため息をついて杖を握りしめた。

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