第十九話『失ったモノ、望んだ結末』
――ここは、どこだ……
闇の中にいた。
また、あの空間なのか……ってことは、俺は死んだ、か。
身体があるという自覚が、あやふやだ。ただそこにいる、というふわふわとした感覚が、頭の中までぼんやりさせている気がする。
ああ、もう少し、魔力が残っていたら。そうすりゃ毒にやられた左腕ごと、あの野郎に魔法をかましてやったのにな。
あと少し、何であと少しが足りねえんだろうな。いつも、いつも……いつもそうだ。大事な所で大ポカをやらかすんだ。前世とまるで変わってねえ。これが、俺の運命なのか……
『――ご主人様! ご主人様!』
おお? クレアか……悪かったな。また死んじ――
『良かった……無事で良かったです』
……無事? 誰が?
『やっと魔力が回復して、ご主人様に念を飛ばしたら、このようなことになっていて……とにかく、良かったです』
話聞けよ。俺、生きてんのか?
『はい。生死をさ迷っている状態ではありましたが、私と念話ができるということは、もう心配ありません。
今、モルデーヌ中の有志達が、ご主人様の為に、懸命に動いていますよ』
みんな……俺の為に?
『念を送りますね』
おう。
頭の中に、映像が浮かんできた。
あそこは東エリアの娼館だ……おお、あれは、レイルズ叔父さん……アランもいる……音声付きじゃねえのか。何かを話しているが、内容が解らない。
あ、ランディ・ギルモアが衆の兵士に連行されていく。子分達も……そっか、捕まえたか。
裏が取れたんだな。間に合ったな、アラン……うわ、ランディが、ボッコボコに顔を腫らしてる。アランの仕業だろうか。
――お、お次はシャルロットか。相変わらず綺麗だな。白銀の鎧を着込んでやがる。戦争でもする気か。恐ろしい目付きだ。
教会の前で、彼女は何やら兵士達を並べて偉そうに喋ってる。
声が無いと、やきもきするなぁ。何で映像だけなんだ?
『申し訳ありません。魔力を節約しないと、ご主人様と会話する力が。残り少なくて……』
そうなのか。
あの剣の柄に付いてる紋様は、神聖流の連中だな。
シャルロットが剣を高く振り上げると、兵士達が一斉に街へと散っていった。何をするんだろう。
そこへ、馬に乗った兵士が現れた。兵士も馬も脂汗をかいてヘトヘトな様子だ。
シャルロットはそいつに抱きついた。うはぁ、真っ赤な顔してデレデレじゃねえか、役得だな。
その兵士の手には革袋が。彼女はその袋から何やら、紙に包まれものを取り出す。すると胸を撫で下ろし、教会の中へ入っていった。
――ん? 次はロイド達だ。倉庫で何してんだろう。ああ! そうか、俺が閉じ込めたんだったな。すまん、すっかり忘れてた。
倉庫の入り口では、議事堂から戻ってきたマッコイと、誰だろう……近隣住民だろうか。そいつらは数人で鉄の扉をこじ開けようと頑張っていた。魔法とか、いや、合鍵とか無えのかよ。
ロイドは倉庫の中で、入り口の状況は気にも止めない様子。
あらゆる道具を手にして眺めてからぶん投げ、手にしてはまたぶん投げを繰り返していた。何をしてるんだろう。
一見しただけじゃ解らねえが、あの青のジャケットを見ていると、ポケットから色々な道具を出す猫型のロボットを思い出した。パニクってる時のお約束のような動きだ。
おっと、何か見つけたようだ。ロイドは扉の前で四苦八苦しているマッコイに近付くと、その短剣を手渡した。何か喋るとマッコイは頷き、全速力で姿を消した。
『私が得た情報は、こんなものですけど』
そうか。何かよく解らねえのもあったけど、皆が一生懸命だってことだけはわかったぜ。ありがとうな。
『いえ、私は先程見てきただけで何も出来ませんでしたから。お礼を言いたいのは私のほうです。あなたは英雄です』
英雄? 何でだ。
『何でって、あの元魔王・ゾイを倒したんですよ? これなら、今の魔王を倒すことだって、決して夢物語では――』
――おい、ちょっと待て。
……誰が、誰を倒したって?
ぼやけていた頭が、ここでようやく鮮明になってきた。
『え? 違うのですか?』
違うも何も、俺は途中で魔力切れで、意識を失ったんだぜ?
『そうなのですか? ならば、一体誰が……私がモルデーヌに思念を飛ばした時には、既にゾイは八つ裂きになっていて、息絶えておりました』
八つ裂きだと? あのゾイが? あっという間に傷を治しちまうゾイが……
ダレスの仕業か? あ、そうだ、ダレスはどうした。
『ダレス様はご主人様を教会に運んで、それから……あれ?』
どうした?
『そういえばダレス様の……先程から彼の思念を感じません。これでは、どこにいるのか判りません。ちょっと待って……こんなの、初めてのことです』
ダレスの行方……そういや、あいつまだ、俺に黙っていることがあったな。弟子のくせに生意気だ。
『隠し事ですか』
ああ。ランディやゾイと、訳の解らねえ会話をしてやがった。聞き出す必要があるな。
『そうですね。では、ご主人様。そろそろお目覚めの時間です。何か解ったら連絡致します。どうかこれからも、お達者で』
おう。またな。
――身体の感覚が、戻ってきた。
目を開けると、ローザがこっちを見ていた。青ざめた顔をしている。
回復魔法をかけていてくれたのか……すまねえ、婆さん。
「坊っちゃま!? 大丈夫ですか坊っちゃま! シャルロット! ピース坊っちゃまが!」
至近距離で怒鳴るなよ。耳がキンキンする。お陰で完全に目が覚め……うぁ、身体に全く力が……感覚があるのに、動かせねえ。魔法のせいなのか……
高い天井。目だけ動かして辺りを見渡すと、ステンドグラス一面に天使の絵が描かれている。ここは、教会か……
シャルロットは扉を蹴破って駆けつけ、横たわったままの俺にしがみついてくると、まるで子供のように声を上げて泣き出した。
――「お母様……ごめんなさい。勝手なことを――」
「もういいのよ、いいの。あなたはよくやったわ。だから、もう自分を責めないで」
自分を、責めないで? いや、何もそこまでは思ってねえけど。
「お母様……ダレスさんは、どちらへ」
「ダレス? あなたを教会へ運んでくれて、その後またすぐに出ていったけど……アラン達と合流したんじゃないかしら。
神聖流は今、ランディ・ギルモアの仲間と、魔神流の残党狩りを始めたところよ」
「そうなんですね……」
「もう大丈夫よ。どう? 痛みはない?」
「はい。痛みどころか、感覚がまだ……」
シャルロットは、口元をおさえ、嗚咽を堪えた。
涙脆いな。こんなに脆かったか?
「――坊っちゃま。身体の方はもう暫く、力が入らないかと思いますが、傷は塞ぎました故、もう少しお休みなさいまし」
ローザはそう言って、俺の口元にスープを運んでくれた。暖かい。
美味いなこれ。魚の出汁がきいていて、身体に染みてくるような、優しい味がする。
「もう、一人で何か解決しようなどと、思わないで。これからは、私たちがあなたの代わりに、ううっ……」
また嗚咽するシャルロット。どうした。いつもの様に、ここからが本領発揮よ! とか言えよ……
「お母様、そんなに泣かないで下さい。今回は魔力が足りず、思うような戦い方が出来ませんでしたが、大人になったら必ず魔王を――」
「もういいのよ、ピース。無理しないで。いえ、もう、戦えなんて言わない。これからはその頭脳を活かして、衆に貢献して頂戴ね」
「え? お母様……」
彼女もローザも、視線を落とした。唇を固く閉じている。
……どうしたってんだ。何でそんなに弱気な発言をする。調子狂うぜ……
――やがて俺は、彼女達の優しさの意味を、理解する事となった。
完全に身体の感覚を取り戻し、上体を起こした時――
俺は、自分の左腕が無い事に、気が付いた。
正しくは、左肩から根こそぎ持っていかれた状態だ。
誰だ。これは、誰の仕業だ。
これは確かに、俺が望んだ筋書きだ。
そうでもしなきゃ、ゾイに一撃を食らわす事はおろか、毒が全身に廻って、俺は死んでいた。確かにそうさ。
だが、意識を失っていた間に、俺の望んだ結末を、代わりに実行した奴がいる。そうとしか、考えられない。
今すぐにでも動きたい衝動に駆られたが、家族の手前、すぐには許される状況じゃなかった。
くそっ……
――俺は一晩中、教会の奥の中心に飾ってある石像を相手に、自問自答した。光の神、ヴァイナ神の像に向かって……
俺の行動は、正しいとか、間違いとか、そんな事を考えて一々動いてねえ。気が付いたらダレスを庇ってた。
後悔はねえ。全くねえよ。仲間殺られんのは、もう絶対に嫌だ。
だが……この落とし前は、自分で付けなきゃ気が済まねぇ。
ダレス。あいつは直前までビビってた。こんな芸当が出来るか。いや、そんな度胸があるとは思えない。ライアンが毒にやられた事は、本人と俺しか知らない情報な筈だ。
じゃあ、誰なんだ。
前世じゃ神なんていねえって思ってた。今もそう思ってる。ヴァイナさんよ。あんたは人から作られたのさ。
ここには、神がかった能力を持った連中がいるってだけで、神がいるのとは違う。クレアだって人間だ。
だが、もしあんたが居るってんなら、一つだけ知りてえ。
ダガーナイフに毒が仕込んである事を知っていて、ガキごと魔族をぶった斬れる胆力を持った人間が、あの場所にいたのかって事を。なあ、一体、誰なんだ……教えてくれよ……
ステンドグラスから小鳥達の鳴き声が聞こえてきた。見上げると、外が明るくなっていた。
……やっぱりあんたは、インチキだ。もう頼まねえよ。
まずはダレスだ。あいつを探さなきゃ……
そして一つだけ、胸に引っ掛かっていた事があった。俺は、その相手に出会った時、何をどう言葉にしたらいいのか。それだけは、まだ答えが出ていなかった。
とにかく、ここを出なきゃ……