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極の細道  作者: LIAR
第一章 幼年編
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第一話『闇の中にて』

――思えば、チンケな人生だった。享年二十八歳、か。


 暮らしていた場所が、そして親だと思っていたジジイが、寂れた孤児院の管理者だと知った時にすべてを理解した。


 お前は捨てられたんだ。ざまあ見ろ、この穀潰しめ。

 ジジイは酔っ払うと必ずそう言って、俺を殴ったっけな。


 たまに来る里親希望者との″お試し家族″は唯一殴られずに美味い飯にありつける日だったが、どうにも俺は人から好かれる顔をしていねえからなのか、すぐに帰された。

 お前のその、人を射ぬくような目付きが気に入らねえんだよって、ジジイは言った。

 どうしたらいいのか解らなかった。


 そしてまた孤独と暴力の繰り返し。それが俺の日常。


 所詮、力のあるやつが人生を謳歌し、強いやつの言い分だけがまかり通る世界だ。

 人間は平等。そんな考えは嘘っぱちさ。

 そりゃ親がいなくたって立派になった奴がいるのは、勿論知ってるさ。だが、光ある場所に逃げこむ場所もなかった奴は、どうするよ。そんな染みったれた美徳を世界に要求する方が間違ってるだろ。


 そうさ、俺が単に、弱かっただけなのさ。


 俺を産んだ女は、穀潰しで泣いてばかりで苦しませるだけの″弱い″俺よりも、金が稼げて毎晩気持ち良くしてくれる″強い″男を選んだってだけの話さ。


 そうさ。きっとそう。


 そんな俺が、孤児院で教わったのはただ一つ。

 親が″黒″と言えば、白いものも″黒″になるっていう鉄の掟だ。


 お前が上手く生きていく道だとさ。ため息が出るぜ。

 この道の先なんてたかが知れてら。

 

 最終的に里親になってくれた二本木 嘉重は、極蓮会の末端組長だった。相当な変わり者で、切れ者。俺の他にも何人か引き取られたガキがいた。

 オヤジは言った。五年辛抱しろ。ポケットからいつでも百万出せる生活がしてえならな、だとよ。

 この意味解るか? 俺は解ったぜ。

 ただ単に黙ってオヤジに従ってったら、その五年後は永久に来ねえってこと。

 

 いつ死んでも構わねえ、そんな価値のねえ人間は、この世界じゃ人材だ。

 弾除けの為に俺は買われたんだ。それでも俺は、オヤジに感謝した。もう、管理人(ジジイ)から無意味な暴力を受けなくて済んだから。


 俺は足掻きに足掻いた。飛ぶ鳥をすべて狩り尽くす勢いでな。生き残るため、ただがむしゃらに突っ走った。

 だが、オヤジにただ追従してった向こう見ずな連中は、みんなどこかでくたばった。俺はお前らとは違う。


 結果、何を手に入れた?

 金と悪名ばかりさ……毎晩旨い飯食って、高い酒浴びて、いい女抱いて……それでも、本当に欲しかったモノはとうとう手に入れる事は無かった気がする。


 そうだ、俺は、世間で言うところの、当たり前が欲しかったんだ。


 何の為に生き、何の為に、死んだのか。親友二人と舎弟一人、出来ただけ、ましな人生だったか。

 それも誰一人、守れやしなかった。


 今となっては、もう。



……しかし、いつまでこんな回想を強いられるんだ? 此処が地獄か? 

 死んでから、相当な時間が経っている気がする。

 延々と、この何もない闇の中で、上も下も感触すら感じないこの場所で、犬の餌にもならねぇ愚痴を溢し続けるのか。ここが、地獄なのか。


 懺悔する事なんかねえぞ。糞ったれが。


 ははっ、笑えてくらぁ。

 まあ、こんな世界も、悪くねぇ。

 俺には似合いの場所なのかもな。



――『随分と、荒んだ人生を歩んできたのですね』


 

 考えることを止めようとしていた時、何処からか、女の声が聞こえた。

 澄みきった水のような、潤いを含んだ美しい声。


「何処から。お前は誰だ。此処はどこだ 、地獄か」

『ふふふ、地獄だなんて、そんなものはありませんよ』


 何だ……そうか。そんなもんは、ねえのか。じゃあお前は神様かよ。

 

「良い声しやがって。それでブスだったら叩き殺すぞ」

『まあ、死んでもまだ口が悪いのですね』


 女の声は、どことなく嬉しそうに感じた。

 Mっ気があるのかも知れん。


「悪ぃな。何も好んで口が悪い訳じゃねぇよ。クセなんだ」

『そうですか。二本木 修二さん。

 突然ですがあなた、もう一回、人生をやり直してみませんか?』


 何だと。突然過ぎだろ。人生をやり直す、だと?

……糞喰らえ、だ。


「あ、なんかそんな話、漫画で見たことあんぞ。

 チンピラが過去に戻って親分に成り上がるやつな。クソつまんねぇ話だったなぁ」

『あなたは……もう、″この世界″でやり直す気は無いのですね』

「はははっ、勿論だ。誰があんな糞みてえな人生、繰り返しやりたがる」

『そうですよね……誰からも愛されない人生なんて、誰だって生きたくはありませんよね』


 女の声色に、同情を感じた。上から眺めりゃそう見えるんだろう。久しぶりの話し相手に、俺は心を許しそうになっていた自分に怒りを覚えた。


「おうコラ、いい加減ぶち殺すぞ。知ったような口聞きやがって。舐めてんのか。いくら相手が死人だからって、まずはテメェから名乗るのがスジと違うんかい。そっちが話あんだろう? 俺にはねえぞ」

『スジ? ごめんなさい、私、ちょっと慌てていて……無礼をお詫び致します。

 私の名前はクレア。私は、とある世界の代理人です』


 代理人。とある世界。意味が解らない。

 しかし、クレア、ねぇ。いたっけなぁ、そんな源氏名のキャバ嬢が。


「……で、そのキャバ嬢さんが、何の代理人だってのよ」

『キャバ? ……あの、実は私達の世界で大変な事が起きてしまって。

 あなたは江田島源二郎えだじま げんじろうという男を知っていますよね』


 江田島 源二郎だと?


「おいおい、俺の世界でそいつを知らなきゃモグリだぜ。

 組長(オヤジ)(かたき)だ」

『その通りです。極蓮会嘉重組、舎弟頭のあなたが狙っていた、同じく極蓮会の、江田島組組長です』

「……おう、お前知ってるんなら一々訊いてくるんじゃねえよ」

『あの男、五年前に亡くなりました』


 源二郎が、死んでいた。


「そうか。死んだのか」

『驚かないのですね』


……何を今更。それよりも死んで五年も経ってたことの方が驚きだ。五年も俺は延々と愚痴を溢していたのか。気付かなかった。やっぱりここは地獄だろ。


「死ぬのが怖くてヤクザなんかやってられるかよ。誰だって死ぬ。くそっ、俺の手で殺してやりたかったぜ。野郎は何故死んだ」

『はい。あなたが殺されたあの後、あなたの弟分の翔さんが、路地裏から飛び出して、江田島を刺したのです』

「嘘だろおい……そんで、翔は?」

『江田島に撃たれて、亡くなりました』

「……そっか」


 あのバカ、バカ野郎が! 言いつけすら守れねぇで……くそっ、涙も出やしねぇ。翔の野郎……

 

『――江田島は病院に運ばれ、その時は一命はとりとめたのですが……その、あの、療養中に、病院で、えっと、女性と、あの……』


 クレアは、急にしどろもどろの声。


「あ? 女と何だよ。まさか、やり過ぎて死んじまったんじゃねえだろうな」

『あの……そのまさかです』


 なんだよそりゃ。


「けっ! そんな神様みてえな死に方アリかよ!

 翔が浮かばれねぇじゃねえか! ああ、益々ぶっ殺してぇ」


 畜生め。

 はぁ、ついてねえな……


『あの男を殺すだなんて……あなたは恐れ知らずですね。やはり本物の極道という職業なのですね』


 ははっ。職業なものかね。


「いいや、俺はただのチンピラ。ただ、″親″を殺られて黙っていられる奴なんざ、この世界には居ねえのさ」

『そうなんですか』

「そういう世界だ。なあ、クレアさんよ。俺はもう死んだの。OK? こっちから聞いといて何だが、もういいから、消えてくれ」


 正直、こんな結末なら聞きたくなかった。

 翔まで、死んだなんて。ああ、ちくしょう……あのバカだけは、こんな事には巻き込みたくなかった。生まれてくるガキに、申し訳が立たねえ。一人で育てなきゃならねえ、翔の女にも。


『突然ですが、あなたにお願いがあります。江田島源二郎を、殺してください!』

「人の話聞けよ! 大体、言ってる意味が解らねえよ。源二郎は死んだってテメェで言っといて、次は殺せって!? 何だそりゃ」


 死んだんだろ、あいつも。


『実はあの男が、私のいる世界の別の代理人によって、私の世界に転生してきたのです』

「別の世界?転生……って、何だ?」

『生まれ変わる事です。しかし、江田島は私の世界では″想定外″の力の持ち主だったようで、代理人の力が及ばず、その……』


 想定外……野郎は生まれ変わっても想定外、か。


「どうなるのさ」

『このままでは、世界が……江田島に乗っ取られてしまいます。

 あの男には、魔王になる素質があり……。


「まてまてまて、魔王っちゃなんなんだ。なんだそのゲームみてえな展開は。訳がわからねえよ」


まるでファンタジーなロールプレイングゲームの話だ。信じられる訳がない。


 『江田島に殺された他の三名の方に、あなたが来るなら転生してやると言われました。他の人達は全員、尻込みしてしまい……なので、頼みの綱はもうあなたしか居ないのです』


 その三人って。ああ、聞かなくていいや。

 まぁそうなるだろうな。笑えてくる。あいつら、まぁだやる気でいやがるか……そっか……


「俺達は江田島に超個人的な恨みがあるから、特別なんだろうよ。

 他の連中は盃を承ける気合いも、器量もねえ、ただの半グレ野郎さ。大体ビビって腰も上がらねぇだろう。なにせ江田島は、良心なんかとうの昔に……義理人情すらどこかの乞食に喰わせちまったような男だ」

『そうなんです。あのままだと、あの者は魔王となって世界を』


「知らねぇよ」

『え?』

「だから、知らねえよ。お前の世界なんか」 

『そんな……』

「冗談だよ」

『な、悪い冗談はやめて下さい!』


 何だか苛めてやりたくなる声だから仕方ねえ。だが、ちゃんとした理由がある。半分は本気だ。


「さっきから、お前のその頼み方が、気に入らねぇ」

『気に入ら……では、どうすれば……』

「姿を見せな。さっきから頼み事ばっかりなのに声ばっかり。焦らすなよ」

『それは、その……こちらに来て頂ければ、出来ますが……』


 そうなのか。そっち側、ねぇ。


「よし、解った」

『助けて頂けるのですね?』

「条件がある」

『また条件ですか?』

「またって何。あ、あいつらの事か。代わりに謝る。

 なぁクレアよぉ……お前、俺の女になれるか?」


『……は?』


 声聞いてるとな、ムカつくんだよ。

 品行方正のどぐされお嬢様よ。俺はテメェの不幸を棚に上げて、多くの人間を巻き込んだ、どぐされヤクザなんだよ……

 生まれ変わったってきっと、おんなじ事の繰り返しさ。もう、嫌になっちまったよ。


 だから俺は、無理難題をお前に突きつけて、消えてもらう。


「クレアお前、かなりの上玉だろ」

『えっと……仰る意味がよく解りませんが、何をすれば……』

「そうだなぁ……俺の身の回りの世話する役、ってところか」

『それはつまり……妻になれと?』

「そこまで求めてねえよ」

『では、奴隷という事でしょうか』


 奴隷って……いるんかい、お前の世界は。性奴隷とか?


『はい。貴族には付き物ですよ』


 うへぇ。凄ぇ世界だな。え、俺話してねえのに何で?


『私があなたの奴隷になれば、世界を救って頂けますか?』


……凄ぇ条件だな。

 声だけでムスコが反応しちまいそうだ……


『お子さんが居られるのですか?』

「い、いねえよ。お前、なんで俺の考えてる事解るんだよ」


『だって、今のあなたは思念体ですから。ですが、いずれはこの闇と同化して自我も消えてしまうでしょう。その前に、お願いします』


 そうなのか。喋らなくても意志が通じてたのか。

 じゃあ、二つ目の条件だ。聞こえるか?


『ええ。まだあるのですか?』


 二つ目の条件は、そうだな。

 なぁに、その内すぐ解るさ。


 のうのうと仇が生きてるなんて許せねえよ。しかもなんだ、魔王っちゃあよ。ふざけるにも程がある。別世界でもあいつは特別か。冗談じゃねえ。

 それより、俺が転生したらあの三人も転生するとクレアは言った。本当なら、また会える。もう一度、やり直せる。

 今度こそ、掴んでみせる。本当に、欲しかったものを。


『お願いします。世界を救って下さい』


「江田島をぶっ殺すだけだ。世界なんざ俺には関係ねえよ」



――こうして俺はクレアが奴隷になる事を条件に、彼女の世界に転生する運びとなってしまった。

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