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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
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第十七話『カチコミ』

 三人組のチビ、マッコイは事務所前の通りから身体強化(ブースト)全開。脱兎の如く、闇夜に姿を消した。あいつには最も適した任務だろう。

 俺達は徒歩で倉庫に向かった。

 

――透明マントで体を包み込んで姿が見えなくなると、ロイド達は俺を囲むようにして歩いた。


「ピース様。いきなりじゃありませんか?」


 もう少し考えて行動しましょう――ロイドは後方から俺を諭す。その気持ちも解るが、俺にも考えがある。


「いいですか、男爵。ライアンの葬儀まで、猶予が無いんです」

「それはそうでございますが、仮に連中が何も関与していなかったら、単にとばっちりを食らっただけでは……」

「ですから、それで構わない、と言っています」

「しかし、それでは大義名分が立ちませぬ」


 俺は足を止めた。背中にロイドの足が当たって、彼は慌てて立ち止まった。


 テメエの言うことは一々、ヤクザらしいが……

 大事なところで怖じ気づくのが、らしくねえんだよ、商売人。


「――大義など関係ありませんよ。私には理由があります」

「ランディ・ギルモア、ですか……」

「あの男は私に喧嘩を売りました。それで十分じゃありませんか」 


 再び歩き出した。ロイドのため息が聞こえたが、無視する。

……大義名分、ねぇ……理由があれば何しても良いんなら、無いことはない。


「出入管理表に名前のない人間が、酒場で堂々と酔っぱらう姿など、父が許すと思いますか? 領も衆も、舐められてるんですよ、奴らにね」

「なるほど、それはごもっともです。その線でランディを問い詰める事は可能――」

「――男爵。何か勘違いされていますね」

「勘違い?」

「話し合いに行くつもりは毛頭ございません」

「ですが、それでは……」

「何人、死んだと思っているのですか」

「そ……それは」

「安心して下さい。もしも奴でないなら、世間が私を笑うだけです。子供の考えそうなことだってね」


 ロイドはひげを触りながら、それ以上の弱音を発する事は無かった。


――倉庫に着いた。一見、単なるレンガ造りの大きな家にも見えるが、窓がなく、小さな通気孔が屋根の下にあるだけ。

 門番が頑丈そうな鉄の扉の前に立哨していて、ロイドの姿を確認すると、そいつは畏まって扉を開けた。

 扉を見ながら口をポカンと開けている門番の男。どちらも閉じる様子は無し。こいつが俺の舎弟だったら、間違いなくその場でクビにしてる。


「門番さん」


 声を掛けられた門番は飛び上がり、辺りを見回した。


「あなたは何故、扉を開けたんです? もし男爵が、偽物だったら、どう責任を取るおつもりですか?」


 剣を抜いて慌てふためく門番から、その剣を取り上げた。門番は口を開けたままだ。呆れるぜ。


「ピース様、申し訳ございません!」


 ロイドが頭を下げたところで、俺はマントを外した。


「確認が足りませんよ、男爵。施設警備兵すら務まらぬ者を雇う、お金が勿体ないです。ハモちゃんをここに置いておいた方が、有効かと思われますが」

「それは……ハモが枯れてしまいます」

「その人に水やりを頼めばいい。……冗談ですよ」


 こいつじゃ枯らすかも知れねえがな。


――扉を抜けると、棚にびっしりと丈夫そうな布が敷かれていた。試しに一枚めくってみると、そこには豪華絢爛な装飾品が置かれていた。


「うわ、これ全部、金とか宝石とか、アクセサリーですか」

「ええ。この四年間でだいぶ数を減らしましたが」


 これを売って凌いでいたのか。なるほど、モルデーヌで一番の金持ちと言われるだけある。

 どっかの冒険家を拉致ってきて、ここで目隠しを取ったら黄金郷(エルドラド)と勘違いしそうだ。


「ところで、武器はどこです?」

「武器はその……奥でございますが……少々事情がございまして」

「事情?」


 ロイドは額に手を当てた。これは言いにくい事を言わなきゃならない時の、こいつのクセだ。


「まあ、観ていただければ」


 倉庫の奥に案内されると、一瞬でその意味を理解した。

 禍々しい程の魔力を感じる。


「これは……」

「解りますか。とても人間の扱える物では……」


 布を翻すと、十数本の剣と杖、弓が置かれていた。


「これは魔武具の類いでございまして。この黒い刀などは、遥か東方の国、ニパーニュの刀鍛冶から手に入れた大業物でございます」


 ロイドの得意気な説明を聞き流しながら、俺は一本の杖に惹かれていた。心を奪われたと言った方が正しかった。そいつを何気に手に取った。


 少し黄色に変色した、白い杖の頭の部分には、拳大の赤い宝石が一つ、嵌め込まれている。


「これは……」

「それはかの有名な魔法剣士、ミシェル・ブラックモアの遺品でございまして、神威流を立ち上げた三英雄の一人、あっ!」

「おろ!?」


 ドノバンも、エンリケも短い声を上げた。

 杖は、金属が一瞬擦れるような音を立てて、本性を現した。

 頭の一部から下の部分がスライドし、中から銀色に輝く細身の刀身を見せたのだ。


「これは、仕込み杖ですね。片刃か……とても綺麗です」

「そんな仕組みになっていたとは、知りませんでした……」

「良いですねぇ……凄く良いです」


 ニヤつきが止まらねえ。こいつは、普段は杖として使える……敵を欺くにはもってこいだ。それに、何だろうな、この感覚。やけに頭ん中がスッキリして……


 無性に、試したくなる……


「むっ! ピース様! 納め下さい!」


 ロイドに取り上げられ、剣は再び杖に戻された。何だ、今の気持ちは。


「危険でございます。先程も申しましたが、これは魔具の類い。魂を取り込まれた者は、魔道に堕ちると言われております。

 このような代物を、市場に出すわけにはいかず、ここに仕舞っておいたのでございます」

「そうなのですね。他には何か?」

「ここにあるのが、全てでございます。こんな時間では武器屋も閉まっておりますし……故に、マリア様のお父様に神剣を作って頂くのをお待ちになったほうが――」

「――そんな悠長に、待っていられる訳がないでしょう!」


 この眼で見なきゃ納得しないと思われたのかも知れねぇが、これでまた、時間を削られた。

 歯を剥き出した俺は、その杖を持って飛び出した。


「ピース様! お待ち下さい!」

「皆さんは事務所へ戻って下さい。これは命令です!」


 そして扉の門番に、すれ違い様に怒鳴った。やっぱり考えが変わった。


「門番さん、私が戻るまで、この扉は絶対に開けないで下さい! 開けたらあなたを殺します!」

「はひぃ」

「えーっ! ピース様ぁっ! おい開けろ貴様! 開けんと貴様を殺す! おい、待て! 雇い主は私だぁぁぁぁ!」

「ひぃぃ! どっちにも殺されるぅぅぅ!」


 門番が走り去る姿を確認した俺は、もう振り向かなかった。



――俺はモルデーヌの石畳の上を、ひたすら東エリアに向かって走った。魔法は使いたくない。相手がどんな奴なのか、考えたら使えなかった。

 

 闇カジノは場所を転々として、衆の取り締まりから逃れているらしい。

 まあ、こういった場所で怪しい場所を探すのは慣れっこさ。昔の経験が活きるってもんよ。


 こんな夜中に街をうろついているのは相場が決まってる。酔っぱらいと娼婦と犯罪者ってな。そうなりゃ、酒の匂いをさせてねえやつを当たれば、確率はぐんと上がる。


 歩き方や目配りで、大体何者かは想像がつく。ほら、そこの角に座り込んでる浮浪者風の男。酔っぱらいのふりをしているが、あれは見張り番だ。動きや目配りがシラフだぜ。カンフー映画でも観て勉強しやがれ。


 俺は試しに、センスオーラという魔法を使った。この空間に、どんな魔法や精霊が存在しているのか、感じ取る事の出来る魔法だ。


……ほれみろ、風の精霊が大忙しだ。これはあの浮浪者が、魔法で誰かに外の状況を報告してるに違ぇねえ。


 座り込んでる男の横を通り抜け、裏通りへ入った。噂には聞いていたが、正しくスラム街って感じの街並みだな。娼館、酒場が灯りを灯してるだけで、人通りは少ない。ゴロツキが時折、大声をあげている。


 更に奥の通りに入る。ここは、何だか……あの路地裏と似てるな。江田島を狙って、待機していたあの場所にそっくりだ。

 表の店の裏手にあたる場所。もっぱらゴミ置き場だ。くそっ。あの時を思い出すだけで虫酸が走る。

 正面からダンプカーでも突っ込ませて、ロケットランチャーをぶちかましてやりてぇ気分になってきたが……無関係な人間ばかりいる場所でそれをやるほど、俺は人間が壊れてねえ。


 ここからは、誘き寄せるまでよ。魔族なら、多分、解るよな。


 杖を横にして身構え、刀身を少しだけ解放してやった。|どす黒い感覚《何か

》が、さっきと同じように俺を支配したいのか、腕を伝ってきて、頭の中を掻き乱そうとする。


――斬りたい……斬りたい……殺したい――殺せ――もっと――


 まあ、そんなに慌てんなや。


「言われなくてもね……あなた(・・・)が斬るのは、魔王です。私が斬ります。最高でしょう? 約束しますよ」


――ニヤつきながら、思わずそう口にした瞬間、刀から迸っていた何か(・・)が消えた。というより、引っ込んだのか? よく解らねぇが、こいつは大人しくなった。もう大丈夫だ。


 魔道に堕ちる、か。屁でもねぇわ。

 俺ぁとっくの昔に、その先まで落ちてるっつぅ話よ。

 

「極道、舐めないでくれませんかね……」


 すると間もなく、裏通りの店の一つが灯りを消した。あそこか。

 娼館だ。裏口から客がぞろぞろと逃げ出してる。それを確認し、刀を元に戻すと、娼館の正面入り口へと向かった。


 恐らく、やつは逃げない。とんでもない魔力を感じるんだ。まだ、この娼館から。


――案の定、正面から現れたのは、ランディ・ギルモアとその配下が数人。

 そしてランディの隣にいる、ノースリーブの黒いフードを被った、長身の……筋肉質の両腕には、何やら怪しげなタトゥーが施してある。あいつが、さっきから物凄い魔力を放っていた野郎か。


「――何だぁ? おいおい、ガセなら止めてくれよなぁ。だぁれも居やしねぇじゃねえか! ゾイ! どうなってんだ!」


 ランディは、脂ぎった汚ぇソバージュ頭を掻きむしりながら、地面を蹴っ飛ばした。相変わらずやる事がプロレスラーだな。

 

「ふぅん……お前さんにゃ、解らねぇか」

「おぉん?」


 フードの男の声。太く響いたその声は、人間の声帯とは、かけ離れた形をしているのかも知れねえ。

 犬が無理やり言葉を発しているような、そんな声だ。これがもし獣人族なら、三人組の情報は正しかったって事になる。


「さっきからよ、俺たちの目の前にいるぜぇ」

「どこだよおい! なぁ、ゾイ。お前にゃ見えんのか」

「いいや。姿は見えねえがな……いるんだよ、そこに。なあ、姿ぁ現せよ、兄弟」


 兄弟? ああ、そうか。魔剣の魔力でそう勘違いされたか。こりゃおもしれぇ。一芝居打てるか?


「よう兄弟。ゾイさんと仰るのですね。申し訳ないが、姿を見せられません」

「ああ? どこの生まれだ、お前さん」


 しゃがれた声を出してみたが……あれ、やっぱり俺、言葉がおかしいか? 


「よその世界で、呪いにかけられましてね」

「ほう、そいつは災難だったな。珍しい呪いだな。誰にも見えねえってのはさぞかし辛かったろう。ガキのような声だが、若返りの呪いとセットかい」

「ええ。まったく最低な気分でございますよ」


 本当に呪いみてえなもんだ。誰にも見えねやしねえ。心と体のバランスが、釣り合ってねえのはキツいぜ。


 すると、ランディが顔をしかめた。


「――おぉん? 何だか……どっかで聞いたことがある声だなぁおい」

「そうなのか。だがそいつ、嘘は言ってねえぞ。嘘見破り(センスライ)を掛けたから解る」


 そりゃ嘘ってのは、心につくもんだからな。正直者の俺の心は、魔法じゃ読めねえよ。

 しかし、ランディの野郎は頭は悪そうだが、耳は良いようだ。

 さあ、そろそろ茶番は終わりにしようか。


「ランディ・ギルモア。あなたは、自分の親分を殺しておいて、何とも思わない外道なんですか」

「あ? ああ、オメエ! その声は!」


 フードの男、ゾイが首を傾げた。

 影で表情は見えないが、ようやく事態を飲み込んだのか、ブーストを開けたのを感じた。


「ゾイとやら。ライアン・ベッテンコートの仇を取りに来ました。五秒、差し上げます。ここで死ぬか……私の父に捕まる事を選びなさい!」


 ゾイは、大きく鋭そうな牙を、ゆっくりと覗かせた。

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