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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
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第十六話『最高だ!』

「ダレスを救えるのは、あなたよ」


 シャルロットは、テーブルの上のティーカップを手に取ると、ダレスに手渡す。それを受け取りながら、ダレスは彼女を怪訝な目で睨んだ。


「俺を、救うだと?」

「ダレス。魔神流を名乗った者が、どんな目に遭ってきたのか。よもや忘れたとは言わせないわ」


 彼女の厳しい口調に、視線を落として押し黙るダレス。


「お母様。神聖流が他流と事を構えた時にやってきたことを、レイルズ叔父さんの講義で聞きましたが……」

「ええ。本当のことよ、ピース。神聖流が世界のバランスを統治するのは、責任なの」


 責任……独善的な支配と何が違うんだよ。

 当然と言いたげに胸を張るシャルロットは、一点を見つめた。


「――特に魔神流は許さない……神聖流が泥水をかぶって、そういった不遜な輩を排除してきたんだから。

 神威流なんか、半端な流派を増やすだけで何の責任も取らないじゃない。だから私は、神威流が大嫌いなの」


 後半部分を早口で捲し立てたシャルロットは、言いたいことを言い終えると、不敵な微笑みを見せて紅茶を口にした。満足そうだ。


「――神聖流が、絶対だと言いたいのか」


 そう言ったダレスは片眉を上げながらカップをすする。

 アランもそうだが、彼も相当、神聖流を毛嫌いしているようだ。


「――そうは言ってないわ。レイルズやアランの言う通り……その昔、神威流が出来た経緯には、神聖流にも非があったのは事実だと思う。でも、それとこれとは話が別よ。

 何でも名乗れば許されるなんて、お話にならないわ」

「相伝の儀すら認めんとは、ははっ。神聖流様々だな」


 極道の世界も一緒だぜ、ダレス。ヤクザ名乗るのはテメェの勝手だが、まわりが認めるかどうかは、話が別だ。

 お上も手を焼くアウトロー達を野放しにして治安を悪くさせないための、盃でもあるのさ。だから必要悪って言われてんだ。


「――剣には剣の美徳がある。ということですね」

「そう! きゃぁぁ、ピースその通りよ! 流石は私の息子ね、お利口さんよっ!」


 マリアには負けるが、弾力のある谷間と淫靡な香りに顔を包まれた俺は、ダレスの前でちょっと恥ずかしくなった。


「お、お母様、では、ダレスさんはどうすれば……」


 シャルロットは胸から俺の両肩にてをやり遠ざけると、眉毛をへの字にした。


「そんなの簡単よ。ダレスがピースに弟子入りすれば良いのよ」


――屋敷中に、大男と子供の驚嘆が響き渡った。


「また突飛な事を……」

「突飛じゃないわよダレス。あなたは昔、神聖流を追われた身。ただでさえ風当たりがキツいのに、そこに魔神流を名乗ったとなれば、もう行き場が無い。場合によっては、今度は私が相手よ。それなら――」


「ピースに弟子入りして、流派を鞍替えすることで魔神流、いや、魔族から追われる身となれと……それは、いくらなんでもピースが可哀想だろ」


 掌を上に向け首を振りながら訴えるダレスに、シャルロットは紅茶を飲み干し、首を傾げた。


「神聖流に狙われないだけマシだと思わない? 宗家を名乗るのならば当然、そこまでの責任を負うのが、宗家たる所以ではないかしら。魔族を討伐するのはベッテンコート家の役目でもある。正義は力なり。そうよねぇ、ピース」


「あ、あうあ……」


 してやられた。シャルロット、お前は策士だ。――嫌なら名乗るな。そういうことか。

 悪戯な微笑みを浮かべる彼女に、首を縦にしか振れない状況に追いやられた。

 俺は頷くことしか出来ず――


 この日、神威理真流に初めての弟子が誕生した。


          ◇◇◇



――「良かったではありませぬか!」


 喜んでいるのはロイドのみ。


 夕食の後、透明マントを使って家を抜け出した俺は、そのまま氷と炎商会アイスアンドファイヤーの事務所に侵入した。

 突然マントを脱いで、四人は激しく仰天。これがやりたかった。人の驚く顔を見るのは最高だ。


 青を基調とした事務所の奥には、大人が五、六人は座れる程の大きな事務机。まあ乗っかるもんじゃねえけどな。


 その脇に、観葉植物。緑色のつるの先に蛇の頭のようなでっかい何かが……俺なんか一口だな……真っ赤な口をぱっくりと空けている。

 ロイドが言うんだから間違いねえが、説明受けなきゃ誰も近づけねえよ、こいつ。そんな大きさと怪しさを兼ね備えた、こいつの名前はハーモニックマイナー。

 通称ハモちゃんだ。

 呼んでやるとヒクヒクと反応する。前世にもそんなオモチャがあったな。あっちはハモちゃん程のグロさは無かったが。

 部屋の主に見えるこいつは、今日も元気そうだ。


 事務机の前には硝子製の客用テーブルがあり、黒い一人用ソファーが四つ、それが左右に二つずつ置かれている。

 いつもなら俺とロイドがそこに座り、残り二つの席を争う三馬鹿トリオの、大人げない椅子取りゲームを苦笑しながら観戦するところだ。

 だが、今夜はそれを許せる程の心の余裕は、皆無だ。


 黙って中央の事務机に腰を下ろした俺は、三人に向けてソファーを指差し、座るよう命じた。連中はポカンと拍子抜けした面をした。


――宗家相伝の問題が、意外なところで片付いてしまったロイドは大喜びだ。


「――何が良かったのか……」

「宜しいですかピース様。この世界では、宗家を名乗るなら『弟子』が必要なのです」

「そうなのですか?」


「ええ。ライアン殿には弟子はおりませんでしたので、ご存じないのも無理はありません。ライアン殿は神聖流と神威残影流の、二流派とも剣聖級の腕前でしたから、誰も咎める者がいなかったのです」


 あのジジイは無敵だったからな。誰も文句を言えなかったのか。なるほど。


「本当ならば弟子が必要、か……」

「そうです。あの神聖流は他流を認めてはおりませぬ。ましてや分派など、もっての他。未だに神威流を敵視しております。

 それ故、ライアン殿は他流に鞍替えせざるを得なかったのでございます」


「残影流から派生した形を取った訳ですね」

「話が早い。その通りでございます。我流はこの世界では認められないのでございます。すぐに神聖流から追っ手が飛んできます」


――ライアンの目的は、魔王討伐だった。本人から聞いた訳じゃねえが、これは確信だ。

 あのデタラメな空間の中で、無言で襲ってくるジジイの太刀筋を休みなく十数年受け続けてきた。だから、それが嫌というほど伝わってきたんだ。


 あれは、何というか……人じゃねえ(・・・・・)んだ。想定してる相手が。


「――ともかく、これでいつ他流派が潰しに来ても、ダレス殿に任せておけば宜しいかと」


「潰しに? 道場破りですか」


「他流が現れたら、弟子がそれを相手にするのが通例。負ければその看板を下ろさねばなりませぬ。神聖流が提唱した、世界の暗黙の了解なのです」


 汚ぇやり方だな。それなら世界に君臨する神聖流は安泰じゃねえか。


「――へぇ。それを聞いて安心しました。ダレスさんなら何人来ても負けませんね」


 そっか、シャルロット……やっぱりあんたは、母親なんだな。こんな俺でも、愛しいんだろうか。一応、感謝しなきゃな。



――そして本題は、三人組の報告から始まった。


「ピース様の推測通りかは判りませんが、東エリアで不穏な輩の情報を仕入れました」


 三人組のリーダー格、チビのマッコイが、口火を切ってきた。早口でしゃがれ声のマッコイは、何だかすばしっこそうな印象を受けた。


「――二ヶ月前になります。ボルケーノ酒場に、ランディ・ギルモアと一緒に飲みに来た男が。この男、誰に聞いても正体不明です」


「ランディ・ギルモア……」


 汚ねえソバージュのにやけた大男。鷹の爪商会(クローオブホーク)のナンバーツー。元、冒険者……とうとう尻尾出しやがったな。


「様相は恐らく獣人族との噂です。種別までは判りませんでした。

 週末は暫くランディと一緒に行動を共にしていたらしいのですが、男は先月からパタリと、その姿を見せなくなったとのこと」


 中背のデブ、ドノバンが補足した。こいつは体型が変わったやつ。刑務所暮らしはすこぶる飯が旨かったらしい。


「獣人族……アサシンギルドの者か、ランディの昔の仲間、ということもあり得ますね。まだ街にいるのですか?」


 俺の質問に、ノッポのエンリケが胸を張って、更にでかく見えた。野太い声。


「それに関してはご安心下さい。モルデーヌの出入管理表を入手したところ、その者らしき名前は一才載っておりません。恐らく潜伏し、機会を窺っていたのではないかと――」


「ちょっと待って。何? 出入管理表?」


 目が眩んだ。お前、それ、衆の書類じゃねえか。何で一般人が手に入れられるんだよ。


「――はい。衆の門番に袖の下を」

「ああ、もういいです。そうでした。あなた達が、ロイド男爵の為なら犯罪も厭わない人達だってことを、忘れていました」


 額にを手を当てた。


「ピース様、申し訳ありません! お気分を害されましたか。誠に申し訳ありません!」


 ロイドが必死に頭を下げる。三人組も顔面蒼白で、俺の前に揃って立つ。足が震えてやがる。何を勘違いしてるんだか……


 俺は、事務机から飛び降りた。

 もう我慢の限界だ。


「あなた達、本当に……最高だ!」

「へ?」


 三人組に飛びついて抱き締めた。


「この短時間で、よくぞよくやってくれました! 何か褒美を取らせたいのですが、あいにく何も持ってきていないので、とりあえずハグします」

「ぴ……ピース様……」


――三人の黒服男は、声を殺して涙を堪えていた。

 あら、ロイドまでハンカチ男爵に。



           ◇◇◇



「ピース様、これからどうしましょうか。もっと裏を取り――」

「――それだけ解れば十分です。私は衆ではない。申し開きなんか要らないし、させません」


「ピース様……これからどうしま――」


 マッコイはロイドと同じセリフ。わざとかい。

 カチコミに決まってんだろうが。


「ロイド男爵、今からありったけの武器を用意して下さい。

 マッコイは衆に応援要請を。議事堂へ向かい、アラン()にこの件を伝えて下さい」

「アラン殿に、ですか?」

「私が手柄立ててどうするんですか。父に仇を取らせます。お願いします」


 そこでエンリケが首をかしげ、メガホンから出るような声を出す。

「ピース様、一体何を?」

「えー、今その質問しますか!? 

 今から、カジノに、殴り込みに、行きます! と言っています」


 「「な……殴り込み!?」」

 

――四人は、目を剥いて唾を飲み込んだ。


 ったく、俺を誰だと思ってんだよ。


 柏手を打ちながら怒鳴ってやった。


「はいはい、さっさと動く!」

「はいぃぃぃっ!」

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