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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
15/35

第十四話『ベッテンコート家存亡の危機』

――あれから三日後。

 体調の戻ったアランは、議事堂へ仕事に向かった。家を数日間、留守にするとの事だ。


 そして先日、王族近衛兵団団長(レイルズ叔父さん)からの伝令が来て、内容を伝えてくれた。

――死者四十八名の内、三十六名が、衆の近衛兵達。残りは王族近衛兵と、貴族と商人だった。怪我人は、アランのみ。


……皆殺しだ。目撃者まで、全て。


 一個中隊の一割にあたる兵士を、衆の最高責任者が、一夜で死なせてしまった――

 これが領の判断だった。アランのせいだって? どうにも納得がいかねえ。


 元老院の連中は、ベッテンコート家を衆から追放する動きを見せているという。

 ナルナーク領を危険に晒した責任を取れと、半数の議員が喚いているんだそうだ。


――まだ犯人が特定出来ていない以上、衆の再編成は危険です――

 レイルズ団長は王族のコネクションを使い、議員どもにそう訴えたそうだ。

 その通りだ。再編でスパイなんかに組織に紛れ込まれたら、それこそ、衆が終わっちまう。俺からすりゃ、連中のバカっぷりが露呈した訳だが。


 才能ではなく、そこに生まれたってだけでのうのうと詭弁をふるう、貴族の間抜けども。想像したら、ため息が出た。


――元・最高責任者であるライアンの葬儀が終わるまでは、決議を待ってほしい――

 その嘆願だけは、どうやらすんなりと元老院決議を通ったとの事。

 誰も異論はねえ。

 だろうな。それはライアンの人徳か?

 いいや、そうじゃねえ。


 今動いた奴が、犯人ですと自ら宣言するも同然になるからだ。


 ライアンの遺体は、教会の霊安室に安置され、司祭達が管理している。

 そのライアンの葬儀まで、残り三日間しかねえ。

 四日目には、恐らく衆の再編が決議される。


 ベッテンコート家の処遇は、本当に首の皮一枚で繋がっているわけだ。これを狙ってやった奴がいるのなら……俺たちはそいつにしてやられた(・・・・・・)って言葉が適当だろう。

 

 でも、まだチャンスはある。

 問題は、犯人の手がかりを知っているのが、俺だけって事。

 ライアンの葬儀までに……

 残り、三日間で、犯人のしっぽを掴まないと……

 まずはライアンの言っていた 暗殺者(アサシン)ギルドを探る、か……


――で、そんなキャスティングボードを握っている俺が今、早朝から何で、こんな思考を巡らせているのかというと……客室でママのお説教。軟禁状態なのさ。

 シャルロットは、あの日の俺がしたことを、どうしても認められないと言う。


――勝手なことをしてくれたと。神聖流を名乗る気は無いのかと。何が理真流だと。お前は誰の息子なんだと。

 そう繰り返して、もうお昼時間ですよ。ええ。朝から何も飲み食いしてねえんですよ。


 もう決めたことだ。時間の無駄だ、と何度も言っているのに、どうしても駄目という訳ですな。ああ、しんどい……


――「そりゃあ母さんがこんな、流派のごった煮みたいな家に嫁いだのがいけないのかも知れないわよ。でもね、ピース聞いて頂戴。母さんはね、あなたの為を――」

「――おい、聞き捨てならんぞ小娘。今の例えはあかん」


 ローザも十時位から、間に入ってはくれているんだけれども……


「お母様。私は、お父様がいない時に、この話をするのは如何なものかと言っているんです」

「アランはいいの! あなたと話をしているの」

「あかんて。ライアンも……アランも居らぬのに」

「お義母様は黙っていて頂戴!」


 はぁ……女が二人いて、黙っていられるかって。


「――なんじゃ、おう……やる気かえ」

「ほぉ……望むところよ。表、出ましょうか」

「ちょっと! 何ですぐ、そっちに話を持っていくんですか!」


 ライアンが死んでからも、二人の仲は相変わらず。そんなに日も経っていねえってのに。

 女の心は切り替えが早いっていうのは、どうやらマジなようだ。


――「失礼しまぁす。奥様、ローザ様、お茶のご用意が出来ましたぁ。この辺で、ティータイムと、でも、い……失礼、致しましたぁ……」


 マリアは、二人の眼力だけで消えていった。って、紅茶と茶菓子は置いてけよマリア。ああ、俺も消えてぇ……


 そこに、衛兵の鎧の音が近づいて来るのが聞こえた。おお、今度こそ助け船だ。


「失礼します。奥様、ピース様にお客様です」

「ロイド男爵ですね! それではお母様、後程」

「こら、ピース待ちなさい!」

「小娘! わしとの勝負が終わっとらんで」


 ナイスだ、婆さん。



       ◇◇◇



――「頭が痛いですな」 


 ここは、ライアンの書斎だった部屋。この暖炉つきの部屋は、俺が頂いた。だが……

 持って運べるテーブルを挟んで、折り畳み式の木製椅子が二つ。今、俺とロイドが座っている。

 壁には綺麗な剣が一振り飾ってある。

 床には、ライアンが若い頃に一人で仕留めたという、白熊の絨毯。あと、シングルベッドだ。以上だぜ。

 一番欲しかった書棚は、アランが全部持っていきやがった。舌打ちが止まらねえ。


 最低限の家具。五分で夜逃げ完了だ。そんなシンプルな部屋で、ロイドは頭を抱える。


 今日はロイドの部下の黒服、チビデブノッポもいる。三人組はその白熊の絨毯に順にあぐらをかいて、ロイドのポーズを物真似している。遊びじゃねえんだぞ、この野郎。


――「皆さんも、紅茶をどうぞ」


 かがんで器を置くマリアに、顔を赤らめる三人組は、ペコペコしながら紅茶をすする。お前ら、何しに来た。谷間を覗くんじゃねえ! バカ野郎。


「本当に強情過ぎです、お母様は」

「ま、お気持ちはごもっともでございますよ」

「何故です?」


「神聖流は最大最強の流派です。名乗るだけで相手が逃げ出す事もある――」

「それは知っていますが……どうせ追い込んで潰しに掛かるんでしょう? レイルズ叔父さんから聞きましたよ」


「ええ。仕返しが恐いというのもあります。連中の組織力は計り知れません」


 まるでヤクザじゃねえか。ったく。


――ロイドは紅茶をすすると、思い出したかのように右手の人差し指を上げた。


「まあそれは追々、私に名案がございますゆえ、解決致しましょう。ベッテンコート家の処遇のほうが危急です」


 名案か。ロイドが何だか、とても頼もしく思える。

 これから話す内容にも、きっといい案を出してくれるに違ぇねえ。


 扉の前で立っているマリアが邪魔だな。なので小声で囁いた。


「――ところで皆さん、アサシンギルドって、ご存じですか?」


「ぶぁっさしあっちぃ! ゲフン! ゲフン!」


 紅茶を盛大に吹き出す、ロイドと三人組。


「え、何か不味いこと言いましたか?」


 ロイドはハンカチで顔を拭きながら、同様に吹きこぼした三馬鹿トリオの頭を、次々と叩いた。馬鹿者! 白熊を、熊にする気か――だと。面白ぇな、ロイド。


「ゲフッ、し、失礼致しました。アサシンギルドですか!? む? それはどこからの情報で?」


 声がでけえよ。やべぇ、マリアが興味津々の目を輝かせてやがる。


「マリア、ちょっと外して貰えませんか」

「……嫌です」

「「ええっ!?」」

 

 五人の声がかぶった。

 唇を尖らせたマリアは、眉間にシワを寄せて言う。


「ピース様をお守りするのが、私の務めですから。私にもお聞かせ下さいませ」


 いつの間にそんな務めを。


「駄目です、これは男の――」

「関係ありません。私、ここから動きませんから」


 何をそんなに不機嫌なのかわからんが……また厄介な事になりそうだ。


「ピース様、宜しいではありませんか。仲間は多い方が」

「でも……」


 ロイドは立ち上がって、扉の前で仁王立ちしているマリアの前に。


「マリア殿。今度の相手は、私どものような、ちんけな小悪党とは訳が違います。それでも構わぬと申すか」


 マリアは胸元で祈るように両手を組みながら、ロイドを見据えた。


「私……ずっと、ライアン様の下で働いてきました。私の家族はとても貧しく、みんな一緒には、食べていけなかった。そんな、私達家族に、救いの手を、差しのべてくれたのが……ライアン様だったんです」


 ポロポロと溢れる涙をそのままに、マリアは、狼狽するロイドの目を真っ直ぐ見ながら続ける。


「――仕送りが出来るくらいの賃金を頂き、お陰様で家族はモルデーヌにお引っ越しも出来ました。それに、父の稼業も軌道に乗らせて頂きました。月に一度、街で家族とお食事が出来る程になれたのです。ですから、今度は私が恩返しをしたいのです」


「なるほど。恩返しですか」


「はい……その壁に掛かっている剣は、私の父が作った、ライアン様への贈り物です」


「「えー!」」


 また声がかぶった。仲良しか。

 マリアは暖炉の脇に飾られている、一振りの剣に近寄り、それを手にした。


「その剣……まさか、マリア殿の家名は……」

「はい。シェンカーです。マリア・シェンカー」


 ロイドは両手をどこにやっていいのか、解らないような素振りで慌てている。一人千手観音。


「お、王族献上品の、光速の神剣(スピードオブライト)で有名な、あの、名工・ダニエル殿とな!?」

「父の名です」


 全然話が見えねえが、どうやらマリアの家は、有名な刀鍛冶の一家ってことか。


「そうだったのですね。お、お見それしました」

「いえ、そんな。ですので、必要ならば私から父にお願いして、剣を作らせます。お願いです。力になりたいんです」


「剣を……ピース様。名案が浮かびましたぞ」


 また名案か。自分で言っちまうところがロイドらしい。俺たちを人質に取ったあの時も、名案だ! とかほざいていたのだろうか。


「――何です?」

「この勝負……いや、勝たねばなりませぬ。ベッテンコート家存亡の危機なのですから。ピース様の剣技に、神剣があれば、これは……アサシンギルドに対抗出来るやも知れませぬぞ!」

「そうなのですか?」


 一人で顔を赤くして息巻くロイド。神剣って何だよ。色々とわからん事が増えて、俺は少し、頭がふらついてきた。


「マリア殿。ピース様から伺いました。学校に通いたい、作りたいという願いを。お力になりたいのは私の方でございます。

 私からも数学をお教え致しますぞ」


「数学? 数のお勉強ですね? あぁ、ロイド様ぁ……ありがとうございますぅ……」


 えぇ……あの、なんだ、この空気。

 キラキラが見えるのは、俺だけか。おうおう、三馬鹿。お前らまで鼻すすってんじゃねえよ。


――そしてロイド達とは、また夜に合流する事になった。ロイドは三人組に、時間まで情報収集を命令した。かなり心配だ。大丈夫だろうか。


 情報収集ならお任せください――ロイドの言葉を信じるしかない。

 夜の会議は、ロイドの氷と炎商会アイスアンドファイヤーの事務所だ。


 あのお宝マントを使う日が、とうとうやって来た訳だ。


――そして、午後になると、あいつが現れた。

 あの日、一族関係者の中で、唯一″現場に居なかった人物″。


 幼馴染の姿を見たシャルロットの顔は、急に明るくなった。幼馴染……ねぇ。


「今までどこへ」

「すまん、遅くなった。仕事でな。マリドの漁港から戻ったんだ。レイルズから話を聞いてきた」

「そうなの……どうぞ中へ」

「いや、今日はピースの稽古だ。中庭でいいか」


 何をそんな、焦燥感たっぷりの顔して……


「木剣を二本、用意してくれ」

「え、徒手空拳じゃ……」

話は聞いた(・・・・・)、と言ったろ?」


 へぇ。なるほど……母ちゃんの差し金か。


「……ダレスさん。魔王との話、途中でしたね。聞かせてもらえませんか」

「……そうだな。なら、それを賭けて立ち合うか」


 シャルロットが慌てている。


「ちょっと、立ち合うって――」

「俺は認めんぞ、ピース。いくら聡明なお前とはいえ、五歳にも満たないお前が、宗家を名乗るなど――」

「つべこべ言わずに、試されたら宜しいかと。私も、あなたを剣士とは認めていませんから」

「……そうか。話が早くて助かるよ」



――それ以上の会話もなく、俺たちは、無言で中庭へと移動した。

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