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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
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第九話『金貸し大男とシャバに舞い戻った男』

 しばらくベンチに腰掛けて、ダレスのスマートな下ネタに付き合いながら(マリアがな)、午前中の疲労がたまっていた俺は、まるで年相応のおっさんのように左腕を背もたれにかけ、足を組んでソーダ水をちびちび流し込み、街行く人々を眺めた。



「あら、ピース様、お行儀が悪いですよぉ」

「えー」

「良いじゃないか今日ぐらい。誰も見ちゃいないさ」

「ダレスさんの言うとおりです」

「まあ! ダレス様はそーやってピース様を不良の道へと引きずり込むのですわっ」

「不良とな。いやはや、ベッテンコート家はメイドも手厳しい」


 まったくだ。まだダレスは浅瀬のほうだがな。その本流にどっぷり漬かってきたのは俺のほうなんだぜ、マリア。姿勢くらいなんだってんだ。シャルロット(母ちゃん)じゃあるまいし。



――こうやってまじまじと赤レンガを基調とした街の情景を眺めていると、改めて別世界に来たんだと痛感させられる。


 笛を吹いて篭からヘビを出しそうな浅黒い顔をした連中が、茶色やうぐいす色の安っぽい日除けのテントを並べ、その中では果物、宝石、ヘンテコな刃物、ひょうたんみてぇなあれは、弦楽器かな。他にも打楽器みたいなものがある。あとは見たことの無い動物の燻製とか、一つのテント内でも、かなりカオスな商売をしてやがる。


 ああ、でも雰囲気は懐かしいなぁ。極蓮会系の、あれは確か、松平の親分だったかな。テキヤの手伝いでよく花火大会なんか手伝いに行ったなぁ。

 可愛い娘には、ただでチョコバナナあげたりしてな。ついでに俺のバナナも食わねぇか、なんつってな。そのあと松平の親分に露店の裏でボコボコにされたっけな……



 太陽と埃の中で、時折吹きこんでくる風が冷たくて、もう少しで秋が来ることを予感させる。もう少しで五歳か。あっという間だったな。


 前世じゃ、確か孤児院の管理人(ジジイ)が暴力をふるい始めた頃だ……あの頃は、あの地獄が永遠に続くんじゃねえかって思ってたなぁ。最初は何で殴られたのか、もう、覚えてねえや。


 俺は転生した今でもジジイにボコボコにされる運命にあるようだが、目的があるのとそうでないのとでは、雲泥の差だ。

 


「どうした、ピース。なんだか遠い目をしてるが」

「あ、いや……なんだかみんな、楽しそうだなと思って」

「旅の行商人のテント(バザール)か。掘り出し物があるかも知れないな。ちょっと見に行こうか」

「はい」


――ベンチから立ち上がると同時だった。


 ダレスに負けず劣らずの目立つ巨体が通行人の頭ひとつ飛び抜け、臭そうなダミ声を上げながら近付いてきた。



「おーん? おーっ、おめえ、ダレス・ヘンドリックスじゃねえか! 何やってんだぁ? こんなところで」



 ダレスと決定的に違うのは、だらしなく伸ばした黒いソバージュ頭と長いひげ。横の幅がダレスの倍はある脂肪に包まれた体格だ。

 でかいくせに、歩き方が更にでかい。偉そうな態度に、みんなが迷惑そうにそいつを避けてる。


 なんだおい、プロレスラーかよ。


 ダレスは、顔を反らして小さく舌打ちをした後で、ヘラヘラとした笑いを浮かべた。



「――やあ、ギルモアさん」

「おうおう、ダレスよぉ。よく俺に黙ってこの街歩けんなぁ、おい」


 どうしたダレス。その卑屈な笑顔は。こいつ、何をそんなにイキってんだ?

 ギルモアっていうのか。こいつもまたヤバそうなヤツだな。


 弱味でも握られてんのか? 

 必要以上に見える彼の低姿勢に、俺は違和感を覚えた……というより、この感覚に覚えがあった。


 恐らく、こいつは金貸しだ。


「――いえ、そんな、すいません。今日はちょっと……夜に伺いますから」

「おうおう、なんだおい、連れがいるのか。そりゃ悪かったな、グヘヘ……」


 ギルモアは、マリアをまるで舐め回すような、いやらしい目付きでゆっくりと眺めた後で、その行為にキレかけてる俺を一瞥すると目を丸くした。


「おーん? なんだぁ、このクソガキ。おっかねえ顔しやがって。ダレス、おめえのガキか」


 クソガキ……だと?

 初対面の人間にいきなり、クソガキだと?



 俺の中の何かが、音を立てた。

 


「いえ、こちらはベッテ……」

「ダレスさん、名乗る事などありません。クソガキで結構です。行きましょう」

「おーん? クソ生意気なガキだな、おい」


 ギルモアは、どーんと音がしそうな、まるで四股でも踏むように俺の前に回り込んでしゃがんだ。だが、それでも俺はヤツを見上げるほどの差があった。


「――お互い様です。洗ってきてはいかがですか」

「あ? 何だと?」

「汚い顔で出歩くなと言っている」


 この世界では、俺は乱暴な言葉は使わねえ。口に出す必要はねえ。ずっと屋敷の中で丁寧語ばかりを覚えてきたから、貴族言葉のほうが慣れてるせいもある。

 だが、言葉なんて意味が伝わればそれでいい。俺がどれだけテメェを消し去りてぇのか。それが伝わりゃ十分だ。



「――このガキぃ……なんて眼ぇしてやがんだ」


 ギルモアの……その、人を見下した目付き。孤児院の管理人と同じ目。


 何も出来ねえガキだと思って……たかをくくって調子に乗りやがる連中が、俺は心底許せねえ。

 勝ち負けの問題じゃねえんだ。舐めた野郎には年も身分も関係ねぇ。



「――こら、ピース、止めないか」

「ピース様……」


 ダレスが慌てた様子で割って入ってきたが、俺はそいつを手で制した。マリアはあの争奪戦の時と同じように、震えていた。


「――イヤです。そのだらしないヒゲ、宜しければ僕が口ごと切り離して差し上げます」

「ほお! おめえ……そうか、ピース・ベッテンコートか! どっかで見たような目付きだと思ったら、なるほど、グフフ、目付きも性格も、母ちゃんそっくりだな」

「だったら何だと言うのですか」 

「なぁんだよぉ、金の成る木を見つけたんなら早く言えよ、ダレス。払うもん払ってくれるんなら、俺ぁ何もこんな喧嘩腰になる必要もねえ」


 再びいやらしい目をするギルモア。

 ダレスは下を向きながら、歯をくいしばってみせた。


 そうか、ダレス。こいつに借金があるのか。なるほどな。


「ハッ! 親の威厳にかこつけて、ずいぶんと威勢がいいじゃねえか、坊っちゃんよ。だが、嫌いじゃねえぜ。気に入った。

 俺は生意気な奴ぁさんざん見てきたからなぁ」

「そうですか……金で縛らないとダレスさんには大口叩けないですもんね。そして今度はクソガキが武家だと知ったら取り入るつもりですか。情けない。

 僕が家に帰って今日の事を親に泣きつくとでも思いますか。片腹痛いですね。寝言は家に帰ってからにして頂きたい」


 ギルモアの額の図太い血管が浮き出るのを確認した。丁寧語で罵るってのはあれだな、余計に頭に来るんだろうな。いっそこのまま頓死させてやろうか。



「黙って聞いてりゃこのガキゃあ! 捻り潰してやろうか!」

――「待たれよ!」


 ギルモアの背後にいたので気が付かなかった。


 甲高い、そして懐かしい声。



「おーん? 何か文句でもあ……」

「えーっ!」


 俺もマリアもダレスも、目を丸くした。



 青いコートに白タイツ。真ん中分けの茶色で、うっすら口ひげを蓄えた長身の紳士が立っていた。相変わらずのスリム。

 その後ろにはチビ、デブ、ノッポの三人組が、これまたこいつに準じて偉そうに腕組みしている。


 あれ? 三人組のヤセがデブになってる。なんだこいつ、逆に贅沢してきやがったか。


「久しぶりですな。鷹の爪商会(クローオブホーク)のランディ・ギルモア殿。

 先ほどから貴殿は私の管轄エリアで、衆のご子息を相手に何をされているのかな?」

「て、てめえは! 何でてめえが、ここに……」

「口を慎みたまえよ、ギルモア殿。我は男爵なるぞ。以前の私とは違うのだよ」


 四年と少し前、争奪戦で俺を人質に取って懲役五年の刑を受けた男が、生え始めたヒゲをちょこちょことしていた。いらねえって、そのヒゲは。


「ロイド男爵……あの、懲役のほうは……」

「ははっ、これはダレス・ヘンドリックス殿、お久しぶりでございます。実は先日、仮釈放が認められましてね。模範囚というやつです。

 時に、私の命の恩人に対して、この者は一体、何をなさっておるのかな?」


 ロイドは再びギルモアに顔を向け、睨みを効かせた。


「ちっ……なんでもねえよ。ちっと、からかってやっただけよ」

「貴様。よもやベッテンコート家次期当主におわしまする方と存じての狼藉ではあるまいな。からかっただけなどと……二度とは言わせぬぞ。命惜しくば、さっさとね!」


 ギルモアは舌打ちすると、通行人に当たり散らしながら去っていった。


 どこからともなく沸き上がる歓声。

 商店街のヒーローは、俺に対峙すると、貴族式の挨拶をした。


「ピース・ベッテンコート様。お久しぶりにございます。大きくなられましたね」

「お帰りなさい、ロイド・マルムスティーン男爵」


 いい貫禄つけてきやがって、こいつ。


 胸元に手をやり、挨拶を返しながらニヤリとした俺に、俺の正体を知っているこの男達は、気まずそうな笑顔を見せた。


「ピース様は、ロイド男爵をご存じなのですか?」


 マリアが首を傾げた。あ、いけねぇ。


「ええ、お祖父様からお話を常々」

「そうか、あの赤ん坊のお前が覚えていたのかと思って、ビックリしたよ」


 そう言ったダレスは豪快に笑った。 

 覚えてんだけどな。


「このロイド・マルムスティーン、これからは身命にかえてでもピース様をお守り致す所存にございます」


 ロイドは片膝をついて仰々しく頭を下げ、後ろのマヌケ面三人組は慌ててそれにつき従った。

 その光景に通行人達が何事かと足を止めた。何の罰ゲームか知らんが、恥ずかしいからやめてくれ。



「そ、そんな、ロイド男爵。頭をお上げください。ところで先ほどの男は何者なんですか」

「はっ。彼は商店街の東エリアにある鷹の爪商会(クローオブホーク)のランディ・ギルモアという男で、元は冒険者だった者でございます。粗暴な男で、カジノ経営や高利貸しをメインに、今では商会のナンバーツーだとか」


 聞いといてすまんが、既にあのデブには興味が失せた。すまん、ロイド。

 冒険者、ナンバーツーはともかく、カジノという単語で頭がいっぱいだ。


「か、カジノがあるのですか?」

「え? ええ。東エリアは酒場とギャンブル街ですが……」


 ロイドがヒゲを触りながら言った。

 そしていち早く俺の状態を把握するマリアの能力は、こんなところでも役に立つようだ。


「ピース様にはまだ全然早い場所ですよぉ、って、なんですか今の嬉しそうな顔。何か企んでませんかぁ?」

「まっさかぁ、か、カジノってなんですか」

「なっ、今知ってる風な聞き方してましたよね」

「ふん。カジノなど、民衆が汗水たらして稼いだはした金を、一夜で身を切り崩す最低の場所! あんなものはこの私が、早急に撲滅してみせます!」


 マリアと一部始終見ていた通行人達の歓声と拍手が耳に痛い。

 拳を振り上げ民衆に応えるロイド男爵……シャバに出て早々、やる気満々ですな。



――その時、ダレスが一瞬顔をしかめたことに、俺以外は誰も気付いちゃいなかったようだった。

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