蠢く
「今、お前の頭の中にある記憶は、全て真実なのか?!」
アルセンの血走った目は見開かれ、その目でフェルナンドは頭の中を掻き回されている感覚になった。
「そ、その通りです……」
身体の震えを止める事が出来ないフェルナンドが何とか発した言葉は震えていた。
「そうか! あのギードは、ムートルの王子だったのか!」
アルセンの目が、フェルナンドから逸れた。
「で、お前はこれからどうしたい」
アルセンは楽しくて仕方が無いどう言わんばかりに、フェルナンドの周りをぐるぐると歩き始めた。
「退屈していた私に、とても有益な情報を与えてくれた。今度は私がお前に与える番だ。望むも物を言え」
フェルナンドは、大きく息を吸った。
「この国で執事として雇って頂きたい」
アルセンは足を止めない。
「執事か……。そんなモノ雇ったことは無いが、良いだろう。今からお前は私の執事だ」
アルセンの足が止まった。
「ありがとうございます」
「じゃ、執事。戦の準備をしろ」
フェルナンドはアルセンが何を言っているのか理解出来なかった。
「聞こえなかったのか、戦の準備だ」
「し、承知いたしました」
戦の準備など、何をすれば良いのかわからない。
祖父も父も、魔力で国を治めていた。逆らう者は、ことごとく抹消していた。
父は、祖父が亡くなると国王となったが、それと同時に母への裏切りが始まった。アルセンは父が許せなかった。
ある日、魔力が父よりも強くなった事に気付いた。父に悟られる事なく、父の心を見たのだ。
父の心には、母もアルセンも居なかった。ただ欲望を満たす事しかない父。怒りが頂点に達した時、父はアルセンによって消された。
これで母を苦しめるモノはなくなった筈だった。
しかし、母は夫を亡くした事、その犯人が愛する息子だった混乱で、正気を失ってしまった。
こんな母の姿、見たくはなかった。アルセンは、母も消した。
こうしてアルセンは誰も信用できない、孤独な王になってしまっていた。
誰もアルセンに逆らう者は居なかった。
ギードの心も見えていたと思っていたが、どうやら偽りの心を見せられていたようだ。
裏切り者は許さない。
例えそれが自分の父母であっても。
レナは誕生日までには、コサムドラに戻る約束をアンドレとしていた。
「来週にはここを立たないと、お誕生日に間に合いませんよ」
のんびりとした日々をベナエシで過ごしていたが、マルグリットの言葉通り、そろそろそれも終わりにしなければならなくなっていた。
「もうこのままベナエシに居れば良いじゃないか」
珍しくルイーズがこんな事を言い出した。
気弱な事を言う祖母に、レナは妙な胸騒ぎを覚えた。
ベナエシの城の地下では、エミリオが何とかここから逃れられないかと考えていた。
日中は、足に重い鎖をつけられたまま地上に出て与えられた仕事をこなし、暗くなると地下に戻される。
思い鎖と、年老いた母。何度脱走を計画しようにも、この二つの正に足枷が思考を鈍らせた。
「このままここで死んでいくのかしらね」
毎晩のように同じ事を言う母にはウンザリだ。かと言って、置いていくわけには行かない。
コサムドラからレナ姫がこの城に来ている。
地下牢に出入りする兵は、何故この親子がここに居るのかを知らずに、うっかり洩らしてしまった。
レナ姫がここにいる。
エミリオの鈍っていた浅はかな悪知恵が動き出した。
「母さん、頼みがあるんだ。上手く行けばここから出られるかもしれない」




