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思いの旅

 コサムドラの城を発って三日目の朝。

「おはよう、マルグリットさん」

 レナは元気に起き出して、軽く体操までし始めた。

 マルグリットは、こんな長旅は久方ぶりで、三日目ともなると身体のあちこちがギシギシと音を立てそうな程痛んでいた。

「今日は移動のない日だから、ゆっくり休んでね」

 レナはそう言うと、そそくさと外へ出て行ってしまった。

 朝の準備をして、ファビオに会いに行ったのだ。同じ年で、アンと言う共通の話題がある事で、急接近したようだ。ただ、残念ながらファビオは恋心でいっぱいだが、レナはただアンの話しが聞きたいだけのようだ。

 朝食はマルグリット親子とレナが同席する事になっていた。身分を隠しての旅の為、いかにも屈強な警備隊に囲まれては、あからさま過ぎる、と言うレナの意見に沿った形だ。

 そもそも屈強な警備隊に守ってもらわなくても、レナは強い魔力の持ち主だ。実際何か起きても、相手が人間であれば何とでもなる。

 バタバタと足音が聞こえ近付いてきた。これはファビオの足音だ。

「母さん、朝飯食べないの?」

 ノックもせずに入ってきた。

「ファビオ、いくら私が居るからって、ここはレナ姫様のお部屋でもあるのよ。せめてノックくらいしなさい」

「はーい、で朝飯?」

「食べるわよ!」

 全く、もう少し紳士的に育てられなかったのかしら、親の顔が見てみたいわ。まぁ、私ですけどね。

 マルグリットは自嘲しながら朝の支度をノロノロと始めた。


「もう、半分は来たのかしら?」

 レナがファビオに話しかけた。

「そ、そうですね、も、もう少しで半分で、すね」

 声の大きさはコントロール出来ていてが、完全に舞い上がって答えている息子の口に、思い切りパンを詰め込んでやりたい衝動に駆られた。

 全く、でれでれしちゃって。お前は仕事で同行してるのを忘れてないかい?

 目で訴えるも、ファビオには一向に伝わらなかった。

「今日は中休みで移動のない日だから、どこか観光に行かない?」

 レナがファビオを誘った。

「申し訳ございません。今日こそ僕の仕事の日で、馬車や馬の手入れを念入りにしないといけないのです」

 おや、仕事は忘れてなかったのね。マルグリットが、ファビオに微笑みかけた。

「何だよ、気持ち悪い顔して……」

 レナが我慢出来ずに吹き出した。

 マルグリットは、ファビオをもう一度お腹の中に戻して育て直したいと本気で思った。



 あの日どうして母は一緒に逃げてくれなかったのだろう。子供だったマルグリットにはずっと疑問だった。

 しかし、ファビオが産まれマルグリット自身が母になった時、やっと理解ができた。

 母はマルグリットを確実に救うために、襲撃者に立ち向かい戦ったのだ。

「振り返らずに、森の奥まで逃げなさいっ!」

 母の強い言葉に動揺し、言葉通り森の奥深くまで逃げた。

 もし逃げ切れなかったら、母の犠牲は無駄になっていた。手を差し伸べてくれた養父母に感謝だ。もし襲撃者の手にかからなくても、あの獣も多い森の中で子供が一人生き延びる可能性は低かった。

 ジャメルとエリザが生き残ったのが奇跡だ。

 この旅の目的は、エリザに会うことだ。エリザはきっと怒っているはずだから。


 ファビオから聞く、アンの話は本当にアンらしい事ばかりだった。頭が良く、機転が利いて、誰からも頼りにされる存在だった。

「そして、アンの母親もまだまだ子供のアンを頼りにしてしまっていたんです。そのアンが頼りにならなくなったと絶望してしまったんでしょう。隣に住んでおきながら、私も気付けませんでした」

 隣家から伝わる絶望に、マルグリットまでが押し潰されそうになり、異変に気付けた時には手遅れだった。

「もし、今アンが生きていたら、治してあげられたのかしら」

 レナがずっと考えていた事だった。もし本当に自分が癒者なのであれば、体力さえ回復すれば、アンを治してあげられたのではないか。

 暫くの沈黙の後、マルグリットが口を開いた。

「アンもアンの母親も死んでしまった今、私達には本当のところは分かりません。でも、葬儀の日、アンの魂はとても安らかでした」

「そうよね、今更考えても仕方がないのよね。でもね、私、今度こんな事が起きたら、どうしても助けたいの。本当に癒者だったら、助けられるわよね」

 マルグリットは、レナの曽祖父がマルグリットの祖父を病気を一瞬で治した事を思い出した。

「確実とはいえませんが、可能性はあるのではないでしょうか」

 レナの顔に希望が満ちた。

「きっと、それが私の存在意義なのね」

 マルグリットは返事に困った。

 自分が16歳の時に、存在意義などと言う言葉、頭をかすめすらしなかった。

 マルグリットは学校卒業後は養父の勧めで、所謂花嫁学校に進んだ。

「仕事などする必要はない」

 養父の一言で、仕事もすること無く結婚したのだ。その事に対して疑問等持ったこともなかった。それが、自分の役目だと思って来た。

 今だって、レナの側にいる事は、仕事では無く役目だから。

 仕事と役目、何が違うのか、それすら考えたことも無い。

 もしかすると自分は本当に世間知らずなのかもしれない。

「あまり、色々お考えになると、また熱が出ますよ」

 やっと返事した言葉がこれだった。

「そうね、もう直ぐベナエシに着くと言うのに、寝込んでしまっては大変」

 1週間を越えるたびは、間もなく目的地にベナエシの城に到着する。

 エリザはどんな大人になっているのだろうか。

 どんな顔をして、エリザの前に現れれば良いのだろうか。

 マルグリットは落ち着かない気持ちを、レナに悟られないように必死に誤魔化した。



 レナは本気で自分の存在意義を考えていた。

 もし、自分がこの世に居なければ母アミラが死ぬ事も無かったし、アンも死ぬ事は無かった。

 そして、ドミニク老人もあんな死に方をする事は無かったのだ。

 なのに、自分は生きている。

 何故?

 自分には人の怪我や病を治す慰者の力があるらしい。

 本当は、自分が母もアンもドミニク老人も救わなければいけなかったのでは無いだろうか。

 母が眠る霊安堂で必死に母の魂に語りかけたが、答えてはくれなかった。自分で見つけ出すしか無いのだ。

 その答えの一端が、ベナエシにある。レナの直感がそう感じている。

 遠い昔、ベナエシは魔人国だった。魔人皇族の歴史書の地図はそう語っている。

だとすれば……。

 レナは誰にも相談せず、歴史書を持ち出していた。



「レナの寄越した手紙によると、後1時間程だね」

 ルイーズ、朝から時計ばかり見ていた。今日は公務を全て取り止めにして、レナを迎えようという計画だ。しかし、今日ほど時が進むのを遅く感じた事は無かった。

「エリザ、今日は時が進むのが遅いね」

 ルイーズは、また時計を見た。まださっきから1分と経っていなかった。



 レナとマルグリットを乗せた馬車が城の正面に着くと、ルイーズが飛び出してきた。

「レナ!」

 元気になったと、先にベナエシへ戻っていたハンナからは聞かされていたが、自らの目で確認するまでは安心できなかった。

「お祖母様!」

 レナも、馬車から転がるように降りてきて、ルイーズの胸に飛び込んだ。

「良かった、元気そうで良かった!」

 ルイーズは、何度もレナの頭を撫でた。

「もぅ、お祖母さま、髪が滅茶苦茶になってしまうわ」

 二人は仲良く、城の中に入って行った。

 エリザは、無言で次の客人が馬車から降りてくるのを待った。

 少し前から、懐かしい気配は感じていた。わざと気配をエリザに感じさせようとしているのが、分かっていた。

 降りてくる!

 そう思った時、頭から足先まで何か感じたことの無い妙な感覚が貫いた。

「エリザ!」

 エリザがマルグリットの顔を確認する前に、飛びつかれてしまった。

「マルグリット様……」

 エリザは、抱きつかれるがまま棒立ちになってしまった。



 ルイーズの計らいで、エリザとマルグリットは二人だけで過ごす時間と部屋が与えられた。

「ちゃんと話をするんだよ。お前は昔から腹に溜め込んで言葉にしないタイプだから」

 ルイーズに釘を刺されていた。

「マルグリット様、ご無事で良かったです」

 最初に出た言葉に自らが驚いた。


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