ブルーノの告白
とても静かな昼食になった。
「レナ姫は早馬が来連絡を持ってき次第の御出立ですか?」
何とかブルーノが沈黙を破った。
「はい。その予定でござます」
しおらしく答えたレナを見て、ドミニクが必死に笑いを堪えているとブルーノに睨まれてしまった。
「あの悪名高きギードが僕の兄さんだったなんて、こんな凄い事があるのかって楽しみにしていたのに、つまんないや」
ドミニクは、デザートを一気に頬張ってさっさと席を外してしまった。
「こら、ドミニク。お客様の前なんだぞ」
「はいはい」
ドミニクは、ブルーノの言葉に振り向きもせず、出て行ってしまった。
「丁度良い」
ブルーノが居ずまいを正した。
「わが国の一大事だが、レナ姫にも聞いていただきたい」
「はい」
そこに居た全員が居ずまいを正した。
「来週、大きな会議がある。そこで、ハンスが生きて戻って来た事を公表しようと思っている。それに準じて、近隣諸国にもその旨を通知しようと思う」
「それは……」
ハンスは声が震えていることに自分でも驚いた。
「それは、この国や兄さんに迷惑を掛けることになりませんか」
この国から追い出されてから7年、褒められた様な生活ではなかった。魔力を駆使し、多くの人に迷惑をかけてきた。そんな自分が、この国の王族などと名乗って良いのだろうか。
「かもしれない。しかし……」
ブルーノは、一瞬言葉を詰まらせた。
今だ、今が言う時だ。今を逃せば、一生言うタイミングを失ってしまう。
「ハンスがこの国から出る事になったのは、私に原因がある」
レナとハンスは、ブルーノが何を言い出すのか息をのんだ。
「ほら、ハンス、ドミニク。あのお花綺麗な色ね」
小さなドミニクを抱きハンスの手を引いて庭を散歩している母の姿を、ブルーノは窓からぼんやり見ていた。
「ブルーノ様、外に何かございますか?」
フェルナンドに注意をされた。
「いや、なんでもない」
もう15歳だ。15歳にもなって、母が恋しいなどといえるわけもない。しかも、自分は次期国王なのだ。今も国王になるべく勉強中だ。
でも、ほんの数年前まではハンスが母に抱かれ、手を引かれていたのは自分だった。母の温かくて柔らかい優しい手を思い出し、思わず拳を握った。
13歳の誕生日に、自分の部屋が与えられた。言い換えれば、子供部屋から追い出され、子供の特権全てを取り上げられた。母に甘える事もだ。
そもそも、ハンスが生まれた時から母はハンスのものだった。でも、ハンスを産んだのは母ではない事は知っていた。
ふとハンスがブルーノに気が付き、手を降った。ハンスは察しの良い子供だった。それにも嫉妬していた。ハンスを無視して、窓を閉めた。
「ブルーノ様、どうかされましたか?」
突然窓をしめたので、フェルナンドが驚いた。
「ちょっと風が強かったから」
風など吹いていなかった。
ただ、少し頭痛がしていた。
その日の夕食は珍しく家族全員が揃った。
ブルーノ以外の全員が、機嫌良く食事をしていた。昼間からの頭痛が、少し酷くなり始め、食事が進まないブルーノに王が気付いた。
「どうしたブルーノ」
「いえ……」
「作ってくれたものを、残すのは良くないぞ」
「はい」
どうして気付いてくれないのだろう。以前の母なら、少しでも様子がおかしければ気付いてくれたのに。
母を見ると、食べながら遊ぶ二人の弟の世話で手一杯のようだった。自分は、あんな食べながら遊ぶような事はしなかった。
「ご気分でも悪いのですか?」
給仕にきたフェルナンドが、周りに気付かれないように声をかけてきた。
「いや、大丈夫」
がむしゃらに口に放り込み、胃に流し込んだ。味なんてしなかった。
部屋に戻ると胃の中の物が全て出てきた。
「おっしゃれば良かったものを」
フェルナンドが背中をさすってくれた。
「明日の勉強はお休みにしましょう」
「うん、他の人には言わないで」
「承知しました」
こんなに人が居る宮殿の中で、ブルーノが心を許せるのはフェルナンドだけだった。
翌朝も気分が悪かったが、どうしてもそれを家族に知られたくなかった。
ただ、どうしても食事が喉を通らなかった。
「お兄ちゃん、ご飯残してるよ!」
ハンスが勝ち誇ったように、声をあげた。
「どうしたの? ハンス、具合でも悪いの?」
母の優しさも、もうハンスの心には届かなかった。
「別に、欲しくないだけ」
ハンスは、食事中に席を立った。こんな事をしたのは生まれて初めてだった。
今日は勉強は無い、庭の散歩でもしよう。庭の風に当たれば、少しは気分も良くなるだろう。
庭の木陰で横になった。ひんやりとした地面が気持ちよかった。熱でもあるのかなぁ。
小さいドミニクの鳴き声で、目が覚めた。眠ってしまっていたらしい。
「ハンスが僕に投げた!」
どうやら頭に小さな石が当たったらしく、少し血が滲んでいた。ドミニクの声に、母が飛んできた。
「ハンス! 弟に何てことをするの!」
母は、ドミニクを連れて宮殿の中に入っていった。
気持ちの言い眠りを妨げられたからか、先日からの不調からか、ブルーノは弟に意地悪をしたくなった。
「ハンス、どうしたんだ」
起き上がって声をかけた。
「お兄ちゃん……」
ハンス自身、何が起きたのか分かっていないようだった。
「ドミニクを苛めたのか?」
「そんな事してない……」
少し前からハンスの身におかしな事が起きているのをブルーノも知っていた。あの人の子だからなのだろうか。
「まぁ、仕方ないよ。ハンスはお母さんの子じゃないしね」
つい言ってしまった。たった10歳のハンスの心をどれ程傷付けるのか、考えもしなかった。
「え?」
「聞こえなかったかい? ハンス、お前は、お母さんの子じゃないんだよ」
みるみるうちにハンスの目には、涙が溜まっていた。
「そんな事ないもん!」
ハンスが大きな声を出した。
「ハンスの、ダメ!」
母が声を上げたが手遅れだった。
ブルーノとハンスの距離はそれほど近くなかった。しかし、ブルーノの洋服はズタズタに切り裂かれていた。
「え……」
ブルーノはこれ以上声が出なかった。
「肺炎だったんだ」
ブルーノが呟いた。
「あの後、両親とハンスが馬車で出かけた事すら知らなかった。熱が高くて、両親の死とハンスの行方不明を告げられても、夢の中の出来事のようだった」
ハンスも記憶を辿っていた。
「何か言ってくれハンス」
ブルーノが搾り出すように言った。
「僕は……」
何を言えば良いのだろう。具合の悪い兄に気付かなかった母。魔力があるフリをしていたフェルナンド。そして、魔力のコントロールのできなかった自分。
「ただ不運が連鎖しだたけだよ」
そう、そうだ。もし、フェルナンドに魔力があれば、母が兄の体調に気付いていれば、そして自分が魔人でなければ。
今ここに居る中で、責められる者はだれも居ない。
「ハンス……」
ブルーノは思わずハンスを抱きしめた。
「もし、お前が今までして来た事で責めを負わせられるなら、私も一緒にその責めを負う」
「兄さん……」
突然、号泣する声が響いた。
「レナ!?」
「良く分からないの!」
レナは、息を吸うのも難しいほど嗚咽していた。
「何でレナが、そんなに泣くの」
これは自分じゃない。間違いなくリンダだ。リンダの意識がレナにシンクロしたのだ。
「レナ姫……」
ブルーノもレナにつられたのか、目に光るものがあふれ出した。
ずっと心の奥底にしまっていて罪悪感を開放した事で、ほっとしたのかもしれない。
「ハンス、本当にごめん」
やっと謝れた。




