やっと会えた
馬車が宮殿の正面玄関に到着した。
「ここで大人しくしているんだよ」
そう兄ブルーノに言われたのだが、レナの乗った馬車を見た瞬間、全て頭の中から消えた。
「レナ!」
ドミニクはレナに駆け寄り、降りてくるレナの手を取ろうとしたが、横から差し出された手に先を越された。
「ハンス、ありがとう。ドミニク、久しぶりね。手紙ありがとう」
レナの温かい手に触れた瞬間、ハンスの中にあった不安な気持ちが消えた。その代わり、ハンスに向けられたレナの幸せに満ちた笑顔が心を支配した。
「なんだよ、僕が先だぞ!」
ドミニクは、すっかりヘソを曲げてしまった。
マルグリットは、レナの手を取る美しい青年に目を奪われた。
「リンダ様……」
思わず声に出てしまった。本当にそっくりだ。もしジャメルがリンダ様をご存知だったら、彼が誰なのか直ぐに分かっただろうに。ハンスから伝わる魔人の気配もリンダのそれそのもだった。
しかし、どうしてこの二人は出会ってしまったのだろうか。出会ってさえいなければ……。
「おばさん誰?」
レナの手を取り損ねて、仕方なく紳士的にマルグリットの手を取って馬車から下ろした小さな少年に聞かれた。
「レナ様の教育係りマルグリットと申します」
「ふーん。僕はドミニク」
ドミニク王子は自分から聞いた割に、興味のない返事をする。子供とはそう言うものだ。ファビオの小さい頃と一緒だ。10歳くらいだろうか。
「昼食を用意しております。ブルーノ王もそこへ来られますので、皆様食堂へどうぞ」
メイドの案内で宮殿の中へ向かった。
手を繋いで歩くハンスとレナの若い二人の側にドミニクはかけて行った。
ドミニク王子は魔人ではない。
ハンス王子は、リンダ様の子なのだから現王のブルーノ様もあの少年ドミニク王子もリンダ様の子なのだろうか。ファビオのように魔力を持たず生まれたのかもしれない。他国の事など気にしたことがなかった。気にかけておけばよかった。こんな何も知らない私がここへ来て、本当に良かったのだろうか。
「マルグリット、どうかしたの?」
心の迷いレナに感じ取られてしまった。
「美しい宮殿で驚いておりました」
レナの魔力の強さにマルグリットは舌を巻いた。
ブルーノ王も同席し、昼食会は和やかに行われた。
使用人であるマルグリットとハンナは隣室で豪華な昼食を振舞われた。
「流石ムートル国ですね。乳製品や肉の美味しい事!」
ハンナが感激の声を上げた。
「わが国は酪農に力を入れておりますので」
給仕をしてくれたメイドが自慢げに言った。
「あなた名は? 今日のお礼にベナエシからお菓子を送るわ。ベナエシは前女王カリナ様が菓子作りを推奨されて美味しいお菓子が多いのよ」
ハンナも負けてはいない。
「本当ですか! ベナエシのお菓子を有名ですものね!」
メイドは大喜びだ。
マルグリットはハンナの言ったカリナと言う名に覚えがあった。
「ハンナさん、カリナ様と言うのは……」
ハンナが意外な顔をした。
「そうだよ、マルグリット、あんたと同じ出身の方だよ」
マルグリットの中で、何かが繋がった。
「マルグリットさん、レナ姫様がお呼びです」
メイドがマルグリットを呼びにやってきた。
ハンナからカリナの話が聞きたかったが時間切れだった。
「ハンス、この人がマルグリットさん。エリザの代わりに私の教育係りをしてくれているの」
「初めまして、ハンスです」
「マルグリットでございます」
間近に見るハンスは、ますますリンダにそっくりだった。
「それにね」
レナが嬉しそうにハンスを顔を見上げる。
ハンスはレナより頭一つ分ほど背が高かった。
「なに?」
若い二人の会話に、マルグリットの方が照れてしまいそうだ。
「マルグリットさんはね、私のお母さんの幼馴染だったの。リンダさんともね」
ハンスの心が動く様子がマルグリットにも分かった。
「僕のお母さん……」
「はい、と申しましても私も7歳までしか村にはいませんでしたが……」
そう、あの日までしか居られなかった。
「ここは……」
天井近くの小さな窓から差し込む光だけの薄暗い地下牢。
しかし、そこには誰かが生活していた痕跡があった。
「私の母リンダが生活していた場所です」
ハンスの言葉にマルグリットは絶句した。
あのリンダ様がこんな場所で。
「ここは僕が小さい頃過ごしていた子供部屋なんだ。今はここを部屋にしてもらっている。ここで話しを聞かせてください」
ハンスの方から、マルグリットと話がしたいと言い出した。
ブルーノも一緒に話が聞きたいと、公務を切り上げてやってきていた。
「この国の不幸が、ここで終わるとは思えません」
「と言うと……」
マルグリットの言葉にブルーノが興味を示した。
「言い伝えをご存知ありませんか?」
マルグリットの言葉に、レナが思い出した。
「魔人花嫁に酷い扱いをすると、その国には不幸が起きる、よね」
「リンダ様を地下牢になど……」
マルグリットが拳を硬く握った。
「何の言い訳にもなりませんが、私も子供だった当時の事は詳しくは分からないのです」
申し訳なさそうに言うブルーノの姿に、マルグリットは我に返った。
何故一国の王を、これ程追い詰めているのか。私は何をしているのだろう。
「僕も地下牢には驚いた」
ハンスが口を開いた。
「そうよね……。さすがに、ないわよね」
レナも言った。
「ただ、とても素敵な方だった。歌が上手で、僕はいつも聞きにここへ来ていた」
ブルーノの言葉でマルグリットも思い出した。
「そう、リンダ様は子供の頃から歌が好きで、しかもお上手でした。リンダ様の歌には、人を癒す力がございました」
マルグリットの頬に涙が伝った。
「リンダ様とアミラ様は、当時の王のお孫さんでした。私と姉のエリーは、お二人の学友として城で生活をしておりました……」
マルグリットは、思い出せる限りの話をレナとハンスそしてブルーノにした。
ただ一つ、『あの事件』意外は。魔人ではないブルーノに聞かせる事を躊躇したのだ。
「ハンナさん、気をつけてね。私も近いうちにお祖母様に会いに行くわ」
「はい、ルイーズ様に伝えておきます」
翌日、ハンナを乗せた馬車が、ベナエシに向かって出発した。
「レナ様、ベナエシへ行かれるのですか?」
「そうなの、お祖母様に元気になった姿を見せに行くのよ。長くお会いしていないから」
そう言ってレナは、弾むように宮殿の中へ入っていった。
「マルグリットさん、今日はハンスと二人にしていただけないかしら。二人っきりで話がしたいの」
「いけませんよ。若い娘が、若い男と二人っきりなんて」
「マルグリットさんって、ベルみたいな事を言うのね」
「私が同席しましょう」
「えーーーー」
レナの不満そうな態度に屈する事無く、マルグリットはレナの傍を離れなかった。
おかしいレナ姫の気配がしない。いや、もしかしたら気配を消しているのかもしれない。
とうとうアルセンがコサムドラに乗り込んできた。
「ようこそ」
アンドレが招かざる客を迎えに出た。
その中にもレナの姿が無かった。強い敵意を感じた。どうやら、この中に魔人がいるようだ。しかしレナ姫の気配ではない。
「当方でもギードの行方を調べましたが、このコサムドラには来ていない様でございます」
ジャメルとか言う国王の側近からの報告を受けたが、そんな事はどうでも良かった。
「そうですか、狡猾なヤツです。一体どこへ行ったのだろう。ところで、レナ姫様をお見かけしませんが」
「姫君でしたら、お祖母様のお国へ行かれておりますが」
アルセンが怒りの感情で支配されるのをジャメルは目の当たりにした。これだ、この感情だ。絶対に忘れない、あの日、子供だったジャメルを恐怖に陥れた。今はもう子供じゃない。
「姫君がどうかされましたか?」
ここでひるんではいけない、ジャメルはアルセンの目を見据えた。
「お前、魔人か」
アルセンの表情が変わった。




