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はじまり

 何だか胸騒ぎがする。

 何度も寝返りをうち、時には意味もなく起き上がり、とにかく眠れない夜だった。

「姫君」

 こんな時間に珍しくジャメルが部屋を訪ねてきた。

「どうしたの、こんな時間に」

「早馬が……」

 ジャメルが差し出したのは、ドミニクからの手紙だった。

 ドミニクからは二日と置かず手紙を受け取っていた。内容は、いかに勉強を頑張っているかと言うか自慢と、いかに勉強が難しいかと言うか愚痴だった。仕方が無い、ドミニクは両親が亡くなって以降、まともな教育も受けないままでいたのだから。

 しかし、早馬しかもこんな時間に手紙を寄越した様な事は一度もなかった。

 胸騒ぎはこれだったのか。

 レナは慌てて手紙を開封した。いつもよりも増してドミニクの字は乱れ飛んでいた。


『 レナへ

 病気どうですか?

 元気ですか?

 僕は今、凄く怒っています。

 ハンス兄さんが生きてて帰ってきました。

 あ、ハンス兄さんが生きてた事に怒ってるんじゃないんだ。

 レナは、魔人って知ってる?

 凄く優しい魔人の人だったのに、父さんが地下牢に閉じ込めたって言うんだ。

 父さんが、そんな事すると思う?

 僕は、凄く怒ってるんだ。

 ハンス兄さんも、何を聞いても答えてくれないし。

 レナ、どう思う?


   小さい方のドミニクより』


 魔人と言う言葉に、一瞬心臓が跳ねた。

 しかし、何よりもハンスが自分の国へ戻れたと言う事がレナの心臓を躍らせた。

 ただ……

「この手紙では詳しい事は何も分からないわ」

 ドミニクも混乱しているのだろうが、勉強の成果が微塵も見られない手紙に、レナは肩を落とした。

「これは……。この手紙を運んだ早馬が気の毒ですな」

 ジャメルも思わず吹き出した。



「この手紙が夜中に?」

 朝、ドミニクからの手紙を見たアンドレも目を丸くした。

「レナ、ドミニク王子は、何歳だったかな……」

「確か12歳だったかしら……」

 レナは笑いを堪えて答えた。

「それでね、お父様、お願いがあるの」



 フェルナンドも眠れなかった。

 とうとうリンダ殺しがバレてしまった。まさかハンス王子が生きているとは。自分に魔力があれば、もっと早くにこの事態を察知できたのだろうか。

 自分のした事に後悔はしていない。あの時は、あれが最善の方法だった。

 この部屋で、本当に長く暮らした。実家で暮らすよりも長い時間だ。そして、幼いブルーノ王子とも多くの時間を過ごした。いつの頃からだったか、愛らしいブルーノ王子を、愛し始めていた。

 何度か結婚を勧められたが、そんな事よりブルーノ王子の成長を見守る方が重要だった。その為か王子が地下牢の女と仲良くなっていく姿に嫉妬を覚えた。しかし、嫉妬心から殺したのではない。この国の将来、いやブルーノ王子の将来の為だった。自分以外の魔人などが傍に居てはならないのだ。

 王と王妃が亡くなってブルーノ王子は幼くして王になり、私に全て任せてくれた。日を追うごとに美しくなるブルーノ王を、何度抱きしめようと思った事か。

 上手くやってこれていたのに、今になってこんな事になるとは。自分に向けられたブルーノの嫌悪の目。耐えられなった。もう、ここには居られない。



 ムートル国宮殿にコサムドラから早馬がやって来た。

「やったぁぁぁ!」

 レナからの手紙を持ったアンドレがブルーノの部屋に飛び込んだ。

「何だ、こんな朝早くに」

 まだ着替えすら済ませていないブルーノが眉をしかめた。

 昨夜の出来事は衝撃であまり眠れなかった。 まだまだフェルナンドに聞かなければならない事がある。

「レナが来るって!」

 ドミニクは、兄の様子に気付きもしない。。

 レナ姫に迷惑をかけてしまったのではないだろうか。しかし、ハンスを心配し街を探すように手紙を寄越したのはレナ姫だ。迎える用意をしなければ。

「ドミニク、フェルナンドを見なかったか?」

 朝はフェルナンドが着替えを持ってくる筈なのに、今朝はまだ姿を見せていなかった。

「さぁ、知らない」

 小さな弟は、レナがやって来る事にしか興味が無いようだった。



「おはようございます」

 マルグリットは、今朝も夫と息子ファビオを送り出した後、城からの迎えの馬車でやってきた。

「マルグリットさん、おはようございます!」

 レナは満面の笑み。

「おはよう。マルグリット」

 レナとは対照的に苦味を潰したような様子のベルに、少々面食らった。

「今朝はえらくご機嫌のようですね」

「とっても良い知らせが昨夜届いたのよ!」

 レナは今にも踊りだしそうな様子だ。

「まぁ、なんですの?」

「ハンスがムートル国に戻ったの!」

「ハンス様とは、確かに行方不明だったリンダ様の……」

「そう!」

 マルグリットは是非ハンスに会わなければならないと感じた。

 魔人皇族の末裔二人が、居るべき場所へ戻ったのこの時こそ、自分が知る魔人皇族の歴史を伝えなければ。事が起きてからでは遅い。

 マルグリット覚悟の様なものをレナは感じ取った。

「マルグリットさん?」

「ハンス王子がお戻りになった事は、公式に発表されるのでしょうか」

「さぁ、詳しくはわからないのよ。だから、私ムートル国へ行く事にしたの!」

 レナ姫は、まだ何もご存知ない。

 当たり前だ。自分だって、村へ戻って始めて知ったのだから。おそらくリンダ様もアミラ様もご存知なかった筈。時計の針は動き出した。

「マルグリットさんも一緒に行きましょうよ!」

 レナは生前のリンダを知るマルグリットとハンスを会わせたかった。

「え?」

「ハンスにお母さんの話、してあげてよ!」

「そんな急にマルグリットにもご都合がありますよ」

 黙っていたベルが口を挟んだ。

 マルグリットはベルが自分に良い感情を持っていない事に勿論気付いていた。

 生まれた時からレナのそばにい続け、何よりアミラが信頼していた人物だ。

 ベルには話しておくべきなのかもしれない。

「ベル様、少し二人でお話がしたいのですが」

 ベルの動揺がマルグリットには手に取るように伝わった。

「い、今ここでじゃだめなのかい?」

「私の個人的なござ相談でございまして……」

「そうかい、じゃぁ仕方がないね」

「じゃぁ、私が席を外しましょう」

 ご機嫌のレナが申し出た。



 フェルナンドは、まだムートル国からは出ず、無人の実家に戻っていた。

 この家には、良い思い出は何一つない。魔人だった父は、魔力を殆ど持たないフェルナンドを疎ましがった。手を上げられることも数回ではなかった。魔力を持たない出来損ないを産んだ母は、父に逆らう事ができず、いつも怯えて暮らしていた。

 フェルナンドは、どうしても父に愛されたかった。しかし、いくら学校で良い成績を収めても、魔力を持たない息子は、父にとって恥だったのだ。それでも、執事の専門校を首席で卒業し父の跡を継いだ時は、喜び当時流行りだった名入れのペンを贈ってくれた。

 母が死に、父が死んでこの家が無人なって随分になる。

 大切にしていた名入れペンを埃をかぶったテーブルにコトリと置いて、フェルナンドは実家を後にした。



「さて、相談とはなんだい」

 ベルは警戒していた。人の良さそうな、何処にでも居そうな主婦マルグリット。しかし、この人は魔人なのだ。

 マルグリットは居住まいを正した。

「私はジャメルと同じ魔人です」

「ああ、知ってるよ」

「ですが、この席では一切の魔力を使わないことを約束します」

「何だい急に」

 マルグリットは息を一つ吐いた。

「ありがとうございました」

「だから、何だい急に」

 ありがとう、この一言を口に出した瞬間、マルグリットの中で燻っていたものが溢れ出ていた。自分でも分からなかった。しかし、自分が背負った運命を始めて誰かに話す時が来た。これまでの幸せな人生が脳裏を過ぎった。

「何だい、謝ったと思いきや、急に泣き出すなんて、良い年女がどうしたんだい」

 ベルは訳が分からず、おろおろとするだけだった。


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