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あの日の真相

 ハンスが産まれた日の事は、はっきりと覚えている。

「ブルーノ、弟が生まれたぞ!」

 父は大喜びだったが、母の複雑な表情をブルーノは見逃さなかった。

「そうですわね、ブルーノにとっては弟ですわね。私様子を見てきますわ」

 そう言って、部屋から出て行ってしまった。

「お父様、お母様はどうされたのですか?」

「弟の様子を見に行ってくれたんだよ。男は近づけないんだよ」

「早く弟に会いたいよ」

「明日には会えるよ。そうだ、ブルーノ、名前を一緒に考えよう」

「僕、優しいお兄さんになる!」

 父と二人、とても楽しい時間を過ごしたのを覚えている。

 今思えば、母は相当複雑だったのだろう。父は、母の複雑な思いに気付いていたのだろうか。

「ハンス、いい名前だ。強くて優しい人になりそうだ」

あの夜は、父と二人新しい家族が出来た事を心から喜び床に着いた。

 母は、何をしていたのだろう。あの夜の母に関する記憶が全く無い。

 翌朝まだ夜が明けきらぬ時間、大人達が慌てて宮殿廊下を通る足音で目が覚めた。

 廊下にでると執事のフェルナンドが居た。

「フェルナンド、何かあったの?」

「おや、王子お目覚めですか。何、大したことではございませんよ」

「でも、みんな騒いでるじゃないか」

「そうですか?」

 フェルナンドはとぼけ続けた。

「もしかしてハンスに何かあったの?」

「いえ、ハンス王子は息災でございますよ。ほら、まだ朝早うございます。もう少しお休みください」

 フェルナンドに連れられて床に戻ったブルーノはそのまま眠ってしまった。



 赤ん坊の泣き声で目が覚めた。ブルーノの眠っていた子供部屋に、新しく床が用意されハンスが眠っていた。

「ハンス!」

 ブルーノは大喜で飛び起きた。


 小さな弟の出現で、父と母がハンスの事で何度か言い合っていたのも覚えているが、ブルーノは兄になれた事が嬉しく有頂天になり地下牢のリンダの事は忘れ去っていた。

 母は何としてもハンスを自分の手で育てると言い張っていた。

 そうだ、あの人に弟が出来た事を報告しよう!

 あの頃のブルーノは、誰彼構わず美しい弟を自慢して歩いていた。

 地下牢へ向かう階段は、これまで以上に静寂に包まれ、空気はヒンヤリとしていた。

「……」

 もう、そこには誰もいなかった。

「ここの住人は、もうおりません。二度とここへ来てはいけません」

 振り返ると、フェルナンドが見たこともないような冷たい顔をして立っていた。

 ブルーノは返事をする間もなく、急いで階段を駆け上がり部屋に戻った。

 子供部屋では、母が愛おしそうにハンスを抱いていた。



「私も子供だったし、当時の事はよく覚えてない。ただ、父も母も、お前の誕生をとても喜んでいたんだ。もちろん、僕も」

 確かに父も母も厳しくも優しかった。特に母は、自分が産んだ訳でもないのに、とても愛してくれているのを子供心に感じていた。

「全ては私の力が強かった事にあるのです」

 魔力をコントロールする術を学ばずに大きくなったハンスは、感情の赴くままに魔力を発揮していた。

 父と母が、ハンスをカリナに託すと決意した日もそうだった。

 兄弟喧嘩が始まると必ず飛んで来て仲裁に入っていたフェルナンドが、あの日はいなかった。そして、ハンスはブルーノの服を魔力でズタズタにしてしまったのだ。

 今ならわかる、フェルナンドは魔人なのだ。 強まる一方のハンスの魔力を抑え込むために、常にハンスの側にいたのだ。

 しかし、何故あの日は居なかったのだろう。

「本当に何があったのか、知ってる者は、フェルナンドだけ、と言うことだな」

 ブルーノが窓の外を見ると、早馬が駆けて行くのが見えた。

 ドミニクが早馬がを出しだのだな、二人の兄はぼんやりと早馬の後ろ姿を見送った。


「お呼びでございますか」

 部屋に入ってきたフェルナンドは、ハンスの姿に全身の全てが止まった様に感じた。

「フェルナンド久しぶりだね」

 ハンスがフェルナンドに歩み寄ると、フェルナンドは思わず後ずさった。

「ハ、ハンス様……」

「フェルナンド、ここへ座ってくれ」

 ブルーノが椅子を進めるが、フェルナンドは座ろうとしない。

 ハンスには、フェルナンドが恐怖で動けないでいる事が分かっていた。

「フェルナンド、僕は何もしないから」

 ハンスがフェルナンドから離れた場所に座ると、やっとフェルナンドは席に着いた。

「どうした?」

 ブルーノには二人の行動が理解できなかった。再開を喜ぶと思っていたのだ。

「フェルナンドには、僕を恐れる理由があるのです」

 ハンスが静かに言うと、フェルナンドが小さく震え始めた。

「怖がらなくて良い、母の仇を討とうなどと思ってはいない」

「どう言う事だ」

「私の母リンダは、このフェルナンドに殺されたのです。ただ理由が分からなかった」


 フェルナンドは、代々宮殿に使える魔人一族だった。

 父の代まで役目を立派に果たし、国の安定に一役立っていた。しかし、フェルナンドには、そこまでの魔力がなかった。しかし、父はそれを隠してフェルナンドを宮殿に送り込んだのだ。

「私も必死で勤めました」

 フェルナンドは拳を固く握った。

 魔力は弱かったが、父と共に宮殿で努めるうちに、魔力ではなく経験から任務をこなせる様になっていた。国の危機を何度か救い、信頼を得て行った。

 しかし、リンダがこの国にやって来たのだ。

 その魔力はフェルナンドの父の比では無かった。

「初めまして、リンダです。あなたも魔人なのね」

 この国へ嫁いだその足で地下牢へ閉じ込められたリンダとの最初の対面だった。

 そして、リンダのこの一言がフェルナンドを恐怖に陥れた。

 もし、リンダが王にフェルナンドの魔力について話せば代々続いた仕事を自分の代で終わらせる事にもなりかねない。

「ただ、私は怖かったのです」

「だからリンダを、僕の母を殺したのか」

 ハンスの言葉に、ブルーノはフェルナンドの顔を見つめた。

 頼む、違うと言ってくれ。


 自ら手を下せば、リンダの魔力で見抜かれてしまうだろう。絶対に失敗は許されない。

「王妃さま、地下牢の婦人ですが出産で随分と弱っておられるとお聞きしました。これは、母から預かりました魔人族に伝わる産後の薬草でございます。しかし、男の私が今行くわけにも行きません。お願い出来ますでしょうか」


「フェルナンド、お前、母に……」

 生まれた時から信頼し続けていた執事の告白に、ブルーノは蒼白になった。

「上手く行ったではないですか。リンダは死に、ハンス様は王妃様がお育てになった。それで良かった。あの魔人を地下牢に閉じ込め続ける訳にも行かなかった」

 ハンスは、何も言う事ができなかった。もし、母リンダ殺されていなければ自分は今も地下牢に居たのだろうか。

「父は、王はご存知だったのか……」

 ブルーノは、必死に保っている冷静さがいつ崩れるてしまうか怖かった。

「いえ、誰も知らないはずです」

「いや、母リンダは知っていた」

 ハンスは、地下牢で母の覚悟を感じていた。 母リンダも気付いていたのだ。


「産後に良い薬草茶だそうよ」

 王妃自らの手でお茶は用意され、リンダに差し出された。

 王妃は何も知らずに、これを差し出している。あのフェルナンドの仕業だ。

「もし、私に何かあったら、この子の事お願いします」

 リンダは王妃の目を見つめて言った。

「そんな事仰らないで。赤ん坊には母親が必要よ。暫くは辛いだろうけど、大丈夫、子育てに追われている間に良くなるわ」

「そうね、ありがとうございます。後で頂きます」

 これを飲んでしまえば、もう我が子に乳を与える事も出来ない。受け取る手が震えない様にするのが精一杯だった。


「もし、騒げば産まれたばかりの僕まで手に掛けようとしていたフェルナンドの計画に気付いていたんだ」

「……!」

 ブルーノは怒りで言葉も出なかった。

「兄さん、もう過ぎた事だ。母の魂もそう言っている」

「しかし、お前」

「母リンダは、僕がこの国の王子として愛されて育った事に、感謝してるよ」

「あの方らしい……」

 ブルーノの脳裏に、地下牢で楽しげに歌を歌っていたリンダの姿が蘇った。


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