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王子の帰還

「僕が良いって言うまで、取っちゃダメだからね」

 ハンスはドミニクに目隠しをさせられていた。

 目隠しをしていても、手に取るように様子が分かる。ここは、宮殿の裏口だ。この裏口には、王の執務室に繋がる隠し廊下がある。

「ここに座って待ってて。目隠しは絶対に取ってはだめだよ」

 ドミニクは廊下に椅子を持ち出し、そこにハンスを座らせた。

「ちょっと、僕依頼人を呼んでくる」

 ハンスは遠ざかるドミニクの足音を聞きながら、宮殿の様子を探った。

 あの頃と大きくは変わっていないようだ。部屋もそのままにされている。あの日、急に旅支度をして飛び出したあの時のままだ。いや、少し埃っぽくはなっているか。

 兄ブルーノの気配がドミニクと一緒に近づいて来た。

 ドミニクの手で、目隠しが外された。

「おかえりハンス」

 ブルーノは手を差し出した。

 ハンスは、その手を取るべきかどうか悩んだ。

 しかしブルーノが強引にハンスの手を取った。

「えっ? この人、ハンス兄さんなの?」

 ドミニクがマジマジとハンスの顔を覗き込んだ。

「とにかく、中に入ろう。廊下では話もできない」

 ブルーノに即され、二人の弟は執務室へと入った。



 兄弟が7年ぶりに揃った。

 ブルーノは何から話せば良いのか分からないでいた。

 聞きたい事が山のようにある。しかし、それはハンスも同じだろう。

ならば、

「ハンス、お前の産まれた場所へ行こう」

 事の始まりから話さなければ。

「ドミニク、お前も来なさい」

 兄弟は地下牢へ向かった。


 死んだと聞かされていたハンスは、あの悪名高いギードだった。

 そして今兄王に地下牢へ連れて来られた。

 混乱したドミニクは、しきりと瞬きをする意外、言葉すら発しなかった。

「地下牢……」

 古びた赤ん坊用のゆりかごに手を掛けたハンスは、産まれたばかりの自分がそこに居るのを見た。

 そして、愛おしそうに自分を見つめる母を。

 初めて、はっきりと母の顔を見た。


「ハンス、大丈夫か?」

 ブルーノの声に我に返ったハンスは、自分が泣いている事に気が付いた。

「兄さんは、母をご存知なのですか?」

 泣いてしまったバツの悪さで、話題を変えた。そうでもしなければ、ここに立っている事すらままならない心境だった。

 まだ、そこに母と幼い自分の残像がある。

「とても優しくて美しい人だったよ」

「何の事?」

 ドミニクが、やっと口を開いた。

 陰気で薄暗い地下牢が少し怖かったのだが、少し慣れやっと口が利けたのだ。

「少し、いや、随分ややこしい話なんだ。今夜、公務が終わったら話してあげるよ。そろそろ公務に戻るけど、ハンス、もう二度とどこにも行くな」

 ブルーノの心に嘘は無かった。

「ありがとう、兄さん……。暫くここに居ても良いかい?」

「もちろん」

 ブルーノが優しく微笑んだ。

 育ての母にそっくりな笑顔だった。

 大好きな母だった。

「僕がどこにも行かないように、見張っておく!」

 ドミニクが勇気を出して名乗り出た。


「ぼ、僕、ちょっとお手洗いに行きたいんだけど……」

 地下牢で1時間程過ごした頃、ドミニクがもじもじと申し出た。

 確かにここは底冷えがする。

 母は、こんなところで何をしていたのだろう。

「じゃぁ、上へ上がろうか」

「僕の部屋でも良い?」

 やっぱり、ここが怖いドミニクは一番落ち着ける自分の部屋を提案した。


 ドミニクの部屋で、ブルーノの公務が終わるのを待っている間、ドミニクから質問攻めにあった。

「事故で死んだのではないのか」

「なぜ名前を変えていたのか」

「今までどこにいたのか」

「そして何故身を隠していたのか」

「あの地下牢は何なのか」

「食べ物は何が好きか」

「勉強は得意か」

 ドミニクの質問は次から次へと飛び出してくる。

「ブルーノ兄さんが戻ったら話すよ」

「そればっかりじゃないか!」

 最後にはとうとう拗ねてしまった。

「そうだ、兄さんが帰って来た事、レナに知らせなきゃ!」

 と、突然手紙を書き始めた。

「レナとは、コサムドラのレナ姫の事かい?」

「ブルーノ兄さんが戻ったら教えてあげるよ」

 ドミニクに、やり返されてしまった。


「待たせたね」

 ブルーノが公務から戻ったのは、夕食の時間を少し過ぎた頃だった。

「さぁ、食事にしよう」

 そう言った兄ブルーノの姿は、亡き父王にそっくりだった。

「最初に、ドミニクに大事な話がある」

「えっ? 僕?!」

 ハンスには、ブルーノが何を話そうとしているのか分かった。この話をしないと始まらない。

 いや、全ての始まりはこの事から始まっているのだ。

「ドミニクは魔人を知っているかい?」

 何だそんな事か、どんな驚くよう話かと思った。ドミニクの顔には、そう書いてあった。

「もちろん知ってるよ。街に沢山いるロクでもない奴らだよ」

「いや、彼らの事ではないんだ」

「え……?」



「やはりドミニクには早すぎたのでは……」

 ハンスが部屋に閉じ篭ってしまったドミニクの様子を、扉の外から伺った。

「ドミニク出て来なさい。これじゃぁ、話も出来ないじゃないか」 ブルーノは懸命に話しかけるが、ドミニクは返事もしない。

「ハンス……」

「大丈夫、少しショックを受けているだけで、心は安定しているよ」

 さすが弟、強い子だ。パニックを起こすかと思ったが、事実は事実として受け入れられているようだ。

「様子は絶えず気に掛けておくので、独りにしてやりましょう」

 ハンスの提案で、兄二人はドミニクの部屋の前から去った。



 恐ろしい能力を持った者が居る。

 ムートル国の街でも耳に居たことはあったが、実際に居るとは思いもしなかった。お化けや、その部類だと思っていた。それが、あの地下牢に魔人の女が居たなんて、やっぱり怖い場所じゃないか。

 凄く昔の大人が決めた慣習で、そんな怖い女を父さんが妻にしていたなん。

 いや、兄さんは凄く優しい女の人だったって言ってた。でも、じゃぁ、どうしてそんな優しい人を父さんは地下牢なんかに閉じ込めてたんだ。それに、父さんの妻は母さんだろ?

 兄さん達は、何を言ってるんだ。

「父さんが、そんな酷い事するわけ無いだろ!」

 思わず部屋に閉じ篭ってしまった。

「もう、何だか訳がわからないよ……」

 机に置きっぱなしだった、書きかけのレナ宛の手紙を思い出した。

 そうだ、レナに早馬を出そう。レナだったら、きっと何か納得できるように説明してくれるよ。

 ドミニクは飛び起きて、手紙を書き始めた。



「ドミニクはレナに手紙を出すようです」

「そんな事まで分かるのか!」

 ブルーノは驚きを隠せないでした。

 ムートル国の宮殿にも、魔力を持った者が昔から勤務していたがこれ程の能力を持った者は居なかった。

「あの事故の日から、魔人として魔力を存分に操れるように訓練しましたから」

 ハンスは苦笑いをした。自分でも、こんな自虐的な言葉が出るとは思っていなかった。

「その事だが……」

 ブルーノが意を決した。

「ハンス、お前に謝らなければならない」

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