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招かざる客

 誰も一言も発しない夕食だった。

 食器の音だけが響く空気に、我慢の限界になったのはベルだった。

「アンドレ様、レナ様、来週ハンナがベナエシに戻ります」

 今話すような事では無いのは重々承知していたが、他に話題が浮かばなかった。

「おや、もう帰ってしまうのか」

 アンドレも同じ気持ちだったのか、これ幸いにと話題に乗ってきた。

「ええ、薬草の手入れが気になり始めたようです」

「そうか、それは残念だなぁ。母やベルの若い頃の話しをもっと聞きたかったのに」

「今夜にでも、お茶会を設けましょうか」

 アンドレとベルの、何だかふわふわとした会話をレナはぼんやりとして、聞いていないようだった。

「レナ様、お茶会、お出になられますか?」

 ベルはレナに話しをふった。

「え? 何? お茶会がどうしたの?」

「心ここにあらず、ですね」

 ベルがため息をついた。

「ごめんなさい。もう、何だか昨日から色々あって……」

「あのマルグリットとか言う女の事ですか?」

 ベルはマルグリットの事を快く思っていなかった。

「マルグリットさんは、ママの友達よ。そんな言い方しないで」

 レナのこんな態度も、ますますベルの心を狭くした。

「さぁ、それだって本当だか」

「ジャメルだった知ってる人だったし、私やジャメルの知らない事も沢山知っている人なのよ」

「ベルもレナも、もうよしなさい」

 アンドレが仲裁に入った。

「今はハンナさんの為に茶会をしよう、って話だったんじゃないのかい?」

 アンドレにたしなめられると、ベルは何も言えなくなってしまった。

「そうですわね……」

 ベルが一歩引いた。

「お食事中失礼」

 そう言ってジャメルが入ってきた。

「リエーキのアルセン王から早馬です」

 ジャメルが差し出した手紙を、アンドレが受取った。


「お父様、アルセンは何と?」

 アンドレは、渋い顔で手紙から顔を上げた。

「アルセン王自ら、レナの見舞いに来たい、と」

「お断りして下さい」

 あんな魔力で国民を操っているような卑劣な男、二度と会いたくない。

「そうだね、丁重にお断りしておくよ。それに、レナも元気になったんだし」

「私が書いたほうが良いかしら」

「いや、私宛の手紙だ。私が返事をするよ」

 アンドレは、アルセンへの警戒を強めた。

 レナがコサムドラ王室の後継者だと知った上で、レナに求婚をしてくるような男だ。

 上手く対応しないと、ややこしい事になる。



 レナは、ハンナを送るお茶会の準備をカーラに手伝って貰いながら、あの日の事を思いだしていた。

 レナが公式にリエーキを訪問した日、アルセンはレナの存在に恐怖したはずだ。にも係らず、求婚してきたり見舞いがしたいと言い出したり、行動が不可解すぎる。だからこそ、ハンスはアルセンを見張る為にリエーキに残ったと言うのに、一体どこへ行ってしまったのだろう。

「レナ様? どうかされました?」

 カーラが心配そうにレナを見ていた。

「え?」

「いえ、今、ふぅって大きく息を吐かれたので……」

 どうやら、無意識にため息をついてしまったようだ。

「あぁ、大丈夫、ため息よ」

「後は私がしますから、少しお休みになってください」

 ここ最近、カーラは随分と頼りになるようになっていた。

 エリックと上手くいっているようだ。

 どうして私は全ての事が一筋縄で行かないのだろう。



 ハンナを送るお茶会は、素晴らしい時間になった。

「じゃぁ、母のあの気性の荒さは、ここへ無理矢理連れて来られたからではなく、元々なのかい?」

 アンドレは涙を流しながら笑っていた。

「ええ、それはもう」

 ハンナもベルも、昔を懐かしんでいた。

 レナだけが、何か違う時間に立ち止まり下を向いているような気分になっていた。



 翌朝、レナは最悪の気分で目が覚めた。

 ああ、今月も来るのね。こんな朝は、月の物が近い証拠だ。

 昨夜の妙な気分も、その加減かもしれない。

 ハンナがベナエシへ帰るまで後数日。気分良く送り出してあげなければ。

 そうだ、ハンナと一緒にベナエシへ行くと言うのだどうだろ。お祖母様にも会いたい。突然思いついた名案は、レナの気分を明るくした。

 しかし、そんな気分も再びアルセンの手紙によってかき消された。

「レナ、やはりアルセン王はコサムドラへ来ると言うのだよ」

「お見舞いは不要ですってお伝えしたのに?」

 アンドレがアルセンからの手紙をレナに差し出したが、レナは受取らなかった。

 アンドレが不思議そうにレナを見たが、あんな男が触れたものに、指一本触れたくなかった。

「ギードの行方を追う捜査をしたいと言うんだ」

 なんだ、だったら自分には関係ないのだから、ここに居る必要はない。

 もう、これ以上気分が滅入ることは嫌なのだ。



「ほら僕、起きな。ウチは働かない者には食事はないよ」

 ドミニクはナナにたたき起こされた。

「なんだよ、ここで働くなんて言ってないだろう」

 開けきらない目をこすり、ナナのほうを見ると、隣に兄の探し物が立っていた。

 そして、探し物は言った。

「ドミニク……」



 あの日ハンスは、ムートル国に向かった。

 向かったものの、宮殿までは足が向かなかった。

 レナの言う通り、兄は自分を迎えてくれるのだろうか。

 あの馬車の事故で両親は死に、自分は生き残った。いや、あの事故ですら、自分の起こしたと今なら分かる。両親を殺すつもりなんて無かった。ただ、怖かっただけなんだ。

 本当の事を知ったら、兄も自分を受け入れることはしないだろう。

 ほとぼりが冷めるまで、ここで時を過ごし、またどこか生きる場所を見つければ良い。

 ただ今はレナ、レナに会いたい。レナなら、どうするだろう。


「お客が来てるよ」

 ナナに案内された部屋で、少年がぐっすりと眠っていた。

 血を分けた兄弟だ。一目で分かった。

「ドミニク……」

 大きくなった。


「何だか知らないし、依頼人も明かせないんだけど、あんたを探してる人がいるんだよ。でも、あんた、何で僕の名前しってるんだよ」

「昔、会った事があるんだ」

「へぇ、僕は覚えてないなぁ」

 依頼人は兄かレナか、どちらかだろう。

 今、本当に会って良いのだろうか。

 何故だかドミニクの心を覗くのは怖かった。

 もしかすると、アルセンの手が既にどちらかに伸びているのかもしれない。 

 だとすれば、もし罠であっても行くべきだ。

「一緒に行けば、君は何か褒美がもらえるのかい?」

「もう、貰ったんだ」 

 得意げにドミニクが胸を張った。

「へぇ、何を?」

「僕を信用してくれたんだ!」

 生意気で可愛い弟。

「だとすれば、一緒に行かなければならないね」

 もしアルセンの罠だとすれば、自分が命を掛けてでも守るべき人が居る。

 それに、アルセンごときの魔力に負ける気はしない。

 ハンスは覚悟を決めた。

「ナナ、世話になった。また来るよ」


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