それぞれの探し物
「探せ! 何としても探し出せ!」
生まれた時からこの国の後継者だった。
教えられた事はただ一つ、魔力で人を操り国を治める事。
全てはアルセンの思うがまま、誰もアルセンに逆らう者など居ない。
当たり前だ、我こそが魔人皇族唯一の末裔なのだ。
ギード、幾ら魔力が強くても我にかなう筈もない。見つけ出して消してやろう。 ギードの苦しむ顔が目に浮かぶようだ。
ふと窓の外を見ると、今にも雨が降り出しそうな天気だ。窓の下をメイドが、通りかかった。
「おい、お前、今から相手をしろ」
メイドは、窓を見上げた。
「承知いたしました」
メイドは顔色一つ変える事なく答え、程なくアルセンの執務室にやってきたメイドは全裸だった。
「此方へ来い」
メイドは何の抵抗もなくアルセンの腕の中に入った。
「アルセン様、お慕い申し上げております」
これがレナ姫なら、どれ程嬉しいか。
レナの事を考えた途端、メイドに興味が失せた。
「消えろ」
メイドはこの世から消えた。
「朝早くごめんよ、ドミニク。少し頼みたい事があるんだ」
何時も寝起きは酷く不機嫌なドミニクだったが、兄王ブルーノに起こされては不機嫌な顔をする訳にもいかない。
「おはよう、兄さん。どうかしたの?」
「おはよう。ちょっと、街までお使いに行って欲しいんだが」
大好きな兄王の頼みだ。
「任せて!!」
勉強は苦手だけど、街の事なら誰にも負けないと自負するドミニクは、早速ベッドから飛び出した。
結局一睡も出来ないまま朝になってしまった。
鏡を覗くとひどい顔をしている。
「おはようございます」
マルグリットが足取り軽く入ってきた。
「おはようございます」
懸命に笑顔を作って見せたが、
「レナ様、お忘れですか? 私も魔人です。無理をして笑う必要はないです」
と、マルグリットにあっさり見破られてしまった。
「今朝はジャメルの姿もありませんし、何かありましたね?」
マルグリットには隠し事はできない。レナは悟った。
「ハンスが行方不明になったの」
「ハンスと申しますと?」
「まだジャメルから聞いていないの?」
「はい、元々多くを語るタイプではないですからね。聞かれたこと以外は話さないのですよジャメルは」
「そう……」
ジャメルとマルグリットの間にある何かに、嫉妬に近い感情を抱いた。
そして、そんな些細な感情ですらマルグリットに見透かされた。
「ジャメルはレナ様に信頼されているのですね。姉のエリーも心から信頼しておりました」
「お姉さんがいるの?」
「はい。村が襲撃を受けた時に亡くなりましたけど」
事もなげに言うマルグリットに驚くレナを見て、マルグリットがレナの手を取った。
「姿形はなくなってしまいましたけど、村に魂はおりますので。レナ様ならその意味、お分かりになりますでしょう」
「え……」
マルグリットは、レナがアンの魂を呼び起こした事を知っていた。
「アン、とても嬉しそうでしたね。あの子は、幼い頃から無理ばかりして生きていました」
「私、アンを助けたかったのに出来なかった」
「人を助けると言うのは、例え魔人でもとても難しいことです。それに、アンは助けてほしかったのでしょうか」
「え?」
助けて欲しかったに決まってる。
ふいに、マルグリットがレナの手を取った。
「な、何かに?」
マルグリットはレナを抱きしめた。
「レナ様は慰者だったのですね。お母様と同じです」
マルグリットが慰者の治療を始めてみたのは、5歳の頃。
祖父が玄関先で転倒し、腰の骨を折ったのだ。
「慰者様にお願いしよう」
父が城まで出向いて行き、連れてきたのは何と当時の国王だった。
痛みで唸っている祖父の腰に国王が手を触れた瞬間、祖父の表情が緩み涙を流し始めた。
「国王様、何とお礼を申せば良いか……」
「いや、これが私に課せらえた仕事なのだから」
そう言って、立ち去ろうとした時、手を取り合って祖父を見守っていた幼い姉妹の姿に気付いた。
「親かわいい姉妹だね。大きくなったら、うちの孫と友達になっておくれ」
マルグリットの頭を撫でた。
「お母さんのお祖父様……」
レナにとっては、考えた事もなかった存在だった。
「そうです。とても立派な方でした」
「そう……」
「私もお城に上がるまでは知らなかったのですが、慰者の方は誰かを治すとそれ相当の負担が身体にかかります。きっと、アンを治そうとして相当な負担が、レナ様にかかってしまったんでしょうね」
「他に同じような力を持った人っているの?」
もし、いるなら協力すれば苦しむ人々を多く救うことができる。
レナは突然自分の使命を知った気がした。
「いえ、慰者は王家の血を引くものからしか出ないと言われております」
「では、ハンスも!?」
「ハンスとは昨日ジャメルが言っていたリンダ様の……」
「そうです……」
突然、来る筈のハンスが来なかった喪失感に襲われたレナは、居ても立っても居られなくなった。
「マルグリットさん。ごめんなさい、私これから出かけます」
立ち上がろうとするレナの腕をマルグリットが掴んだ。
「どこへ行こうと言うのです。今のレナ様に何が出来るのです」
とても激しく厳しい口調だった。
「あ、えっと……」
「今のレナ様は、アンを治そうとご自分を犠牲にした後遺症すら治っていない。そんな状態で何ができるのです」
「ごめんなさい」
マルグリットの勢いに負けて思わず謝ってしまった。
「ああ、申し訳ありません。つい、叱るような事を」
「いいの、マルグリットさんの言う通りよ。身体だってやっと良くなったばかりだもの」
本心だった。
昨夜遅く、ムートル国のブルーノ王に早馬で手紙を送った。これ以上、今の自分に何が出来るとは思えなかった。
そう、アンすら救えなかったのに、自分は一体何のためにここに居るのだろう。
「おお! 久しぶりだなぼうず!」
コサムドラから帰ってから街へ出る事は無かったので、随分と久しぶりに街を闊歩した。
小腹が空いたのでパン屋に立ち寄った。
「うん、ちょっと遠くへ行ってたんだ」
「そうかい。いつもので良いか?」
「うん」
ここのパンはレナも美味しいと言ってくれた自慢のパン屋だ。
「おじさん、最近のこの国はどう」
「なんだボウズ難しい事聞くなぁ。そうだなぁ、国王さんがしっかりなさってきて良い国になってきたよ。肉や野菜の値段も安定しなしな」
「ふーん」
やっぱり自慢の兄さんだ。
見晴らしの良い丘で、パンを食べた。
やっぱりここのパンは美味しい。宮殿でも食べられると良いのに。
美しい夕日が丘を照らす。
「さぁ、そろそろ兄さんの探し物を見つけるとするか」
ドミニクは、最後の一口を口いっぱいに頬張った。




