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来なかった訪問者

「では、また明日お伺いしますわね」

 マルグリットがレナとの面会を終えた。

「明日からは、城から迎えを出します」

 マルグリットをレナの教育係としてはどうか。

 アンドレはジャメルからの突然の提案を快諾した。エリザが城に居ない今、レナの魔力を知る魔人がそばに居たほうが良い。アミラからエリーとマルグリットの姉妹の話は聞いた事があった。アミラが信頼した人物なら、レナを任せて大丈夫だ。


 差し出された書類にマルグリットは目を丸くした。

「私は、そんなつもりで来たわけではないのよ、ジャメル」

「いえ、これは何かの導きです。それに……」

「なに?」

 言って良いものかどうか。彼は他国の国王側近としてやってくるのだ。しかし、言えばきっとマルグリット様は喜んでくれる。

「それに、今夜リンダ様のご子息がここにやってきます。数日滞在予定ですので、是非お会いになっては」

 マルグリットは、言葉も出なかった。

 アミラがこの国へ嫁いで来たのは分かっていたが、リンダの消息は一切分からなかったのだ。

「リンダ様もご無事なの?!」

「いえ……。私も詳しくは……」

「そう……」

 マルグリットは書類を受取った。

「この書類、主人や息子に見せたら腰を抜かすんじゃないかしら……」



「マルグリット様が、受けてくださいました」

 ジャメルからの報告にレナは喜んだ。

「じゃ、明日からは私のお部屋に通してね」

「そういたしましょう」

「マルグリットさんとジャメルは、幼馴染だっのよね」

「左様。と言っても、私は使用人の子でしたが」

 懐かしい。もし、村が襲われる事なく今もあったなら、どうなっていただろうか。そう言えば、そんな事考えてもみなかった。

「私も行ってみたいわ。村に」

 ジャメルは、即答できなかった。あの村へ戻って、自分は正気で居られる自信がなかった。

「そうですな。いつか時が来れば」

 あの日、村で何が起きたのかレナは知っている。

「そうね、時が来れば、連れて行ってね」

「承知いたしました」



 王家の紋章の入った馬車で帰宅したマルグリットは、息子から質問攻めにあっていた。

「どう言う事だよ。何で母さんが城の馬車で帰ってくるんだよ」

「お父様が帰られたら話すって、言ってるでしょう」

「御者、俺の先輩だったんだぞ。びっくりするじゃないか」

「あら、そういう事はその場で言いなさいよ。ご挨拶しそびれたじゃないの。もぅ、これだからお前は……」

「いや、そう言う問題じゃないって」

 ファビオはいつもと違う母の様子に、何か不安を感じていた。母がどこか遠くへ行ってしまうのではないか。王家の紋章入りの馬車に乗れるのは、余程王家に近い人物だけだ。


 アンと同じ警備隊幹部を目指していたファビオは、警備隊の専門校には進めず、整備部の専門校に進んだ。

 整備部は馬車の整備と馬の世話全般を行う部だ。

 元々動物好きで、特に馬が好きだった。馬は何も話さなくても、こちらの気持ちを察してくれる。

 警備隊の専門校に落ちた時の母の落胆ぶりは酷かったが、ファビオに整備の道を勧めたのも母だった。

 警備隊になる為に、熱心に教育されてきたファビオは、なかなか整備の勉強は身が入らなかった。しかし、気がつくと夢中になっていた。

 整備部の幹部候補になった時は、父も母も喜んでくれた。整備部の幹部は、王家の使う馬車の担当となる。

 祖父も、名ばかり古く最近では特に出席した人物のいない我が家の出世頭だと、喜んでくれた。

「マルグリットを娘にしてよかった」

 喜びで珍しく酒を飲んだ祖父がポツリと言った一言がファビオの耳に留まった。酔っ払いの戯言と思ってはいたが、時間が経つに連れ、何か心に引っかかる物があった。

「母さんを娘にした、ってどう言う事?」

 あれは祖父が亡くなる数ヶ月前だったか、思い切って聞いてみた。

「ファビオ、何を訳のわからない事を言ってるんだ?」

 そう返されただけだった。

 母が王家の紋章の入った馬車で帰ってきた今日、祖父の言った何気ない一言が気になって、何か不安に押しつぶされそうになっていた。



 夢を見ていた。

 母に抱きしめられる夢。記憶にない母の顔は、やはり夢の中でもぼやりしていた。母の腕の中は心地よく安心できた。

 向こうでレナが手招きをしている。そうだ、今日はレナに会いに行く日だ。母の腕からレナの元へと向かおうとするが、なんだか手足が思うように動かない。改めて自分の手足を見ると、まるで赤ん坊の手足だった。いや、手足だけではない、ハンスは赤ん坊だった。

 赤ん坊を、レナが覗き込んだ。優しい笑顔のレナの手にハンスは預けられたそしてレナは、赤ん坊のハンスを床にたたきつけた。


「おい! 起きろ!」

 目が覚めたそこは床だった。頭が重く、視界がぼんやりしていたが、誰かに床に叩きつけられたであろう事は分った。

「ギード! 何時まで床に転がっているつもりだ」

 そうだ、自分はハンスではない。今はギードだ。そして、この声の主は

「ア、アルセン様……」

 どう言う事だ。アルセンにコサムドラへ向かう事を告げに行ったところで記憶が途絶えている。

「ギード、お前は誰なのだ」

 アルセンに顔を覗き込まれて思い出した。

 勧められた茶を飲んだ、アレだ。油断してしまった。

「アルセン様、これは何事ですか」

 手足が縛られていた。それも鉄の鎖で。

「お前が分からんのだ。カリナ様も何も言わなかった。しかし、行動が怪しすぎる。信じる訳にはいかない」

 ため息が出た。

「私はただのカリナ様の側近ですよ」

 アルセンが鼻で笑った。

「じゃぁ、なぜ私とレナ様の邪魔をするのだ」

 この男は何を言ってるのだ。

「邪魔などしておりませんよ」

「だったら今すぐレナ様をここへ連れてこい」

「そう言う訳には行かないでしょう」

「ほら、邪魔をしようとする。もう良い。自分で何とかする」

「何をなさるつもりですか」 

「戦でも仕掛けるさ。いくらレナ姫の魔力が強いとは言え、我々に勝てる筈がない」

 その自信はどこから来るのか。この狭い国の中しか知らないアルセンが、哀れにさえ思えた。しかし、ここまでだ。ここでギードでいる必要はない。

「なるほど、では私はもう必要ありませんね」

 鉄の鎖など、何の役に立つのか。アルセンの眼の前で、鉄の鎖をバラバラにして見せた。

「ギ、ギード、お前は……」

 次の瞬間、ハンスの姿はリエーキ国から消えた。



「ハンス、遅いわね……」

 到着予定から2時間が過ぎていた。

「何かあったのかしら。ねぇ、カーラ何の知らせもないの?」

 お茶の準備は完璧にした。髪もカーラに綺麗にまとめて貰い、お気に入りの赤いドレスに着替えた。これで、少しは大人の女性に見える筈だ。

「そうですねぇ。少し遅すぎますわね……」

 二人の少女が時計を見たその頃、ジャメルの元に早馬が来ていた。

「リエーキ国アルセン国王からの手紙です」

 


 これは、ジャメルの足音。

 レナは、近付いてくるジャメルの足音に胸を躍らせた。

「着いたみたいね」

 カーラに向かって微笑むと、カーラもほっとした笑顔になった。



「そんな訳ないでしょ!」

 アンドレの執務室からレナの声が廊下まで響いた。

 急ぎ執務室までやって来たレナは、アルセンからの手紙を握りしめて、クシャクシャにしてしまった。今にも破り捨ててしまいそうな勢いだ。

「レナ様! お手紙をそんな風になさってはいけません」

 ベルにたしなめられても、意に介さなかった。

「手紙の内容はともかく、ハンス王子の事は心配だな」

 アンドレは、レナの手に中でクシャクシャになった手紙を受け取り、丁寧に伸ばした。

「あぁ、お父様ごめんなさい……」

 アンドレの冷静な態度に、レナも幾分かは落ち着きを取り戻した。

「まぁ、あやつの事です。自分で上手く切り抜けるでしょう」

 全く気に留めていないのはジャメルだ。

「こちらに向かっている可能性もあるだろ」

 アンドレの言葉に、ジャメルが首を横に振った。

「それならば早馬より早く着いている筈」

「多分、あそこだと思うわ」

 レナには、心当たりがあった。

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