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さよならアン

「アン……」

 棺の中のアンは、ただ微笑んでいた。

 そっと頬にふれてみると、ぞくっとする程冷たかった。

「生きてるみたいだろう?」

 レオンが棺を覗き込んだ。

 レオンは自ら葬儀の責任者を名乗り出た。アンの思いに応えられなかったせめてもの罪滅ぼしのつもりだったが、こうして実際アンの亡骸を前にすると、ただの自己満足でしか無い事に気付かされた。

「僕はアンに、何もしてあげられなかったよ。仕事の事で何か悩んでいたのは気付いてたのに……」

「私はアンに重荷を背負わせてしまってたみたい」

 二人の後悔は尽きることが無かった。



「アンと二人にしてもらえないかしら?」

 決して多くない弔問客の足が途絶えた。

 今しかない。

 アンと話がしたい、レナは心から願った。



「アン」

 レナは、棺に横たわる亡骸ではなく、レナの隣に座るアンの魂に話しかけた。

 アンは、レナが自分に気付いている事驚きはしなかった。

 何故だか分かる、こうして魂となってここにいられるのは、レナの力のおかげだ。そしてレナは魔人だ。でも、そんな事はどうでも良い、レナに謝らなければ。

「レナ、ごめんなさい、私……」

「違うよ、謝るのは私よアン。あなたに、酷い思いをさせてしまって」

 レナは、アンの手を握ろうとしたが、ただ空を掴むだけだった。

「何だか死んだ気がアンしてなかったんだけど、やっぱり死んでるのね私」

 アンは棺に歩み寄り、まじまじと中を覗きこんだ。

「そんな軽く言わないでよ……」

 自分の亡骸を見るなんて、どんな気分なんだろう。

 レナは、アンの心中を思うと何を話せば良いのか分からなくなってしまった。

「ごめんね、私のせいで……」

「違う違う、レナやレオンには何の責任もないのよ。私を刺したのは母だもの」

 アンの母は娘を殺した罪人となってしまった。

 コサムドラでは、罪人は葬儀を出すことが許されず、既に墓に埋葬されている。

 明日、アンも同じ墓に入ることになる。



 レナが、城に戻ってきた。

「すっごぉぉい。お城の奥って、こんな豪華な事になってるのぉぉぉ!」

 アンの魂と一緒に。


「レナのお陰で、一晩時間を貰ったんだから、レナの住んでる場所に行って見たい!」

 お安い御用だ。

 途中すれ違ったジャメルが何かに気付いたようだったが、何も言わずに去っていった。

「ねぇねぇ、レナ! ジャメル様も魔人だったのね! 凄い、今、私なんでも分かっちゃう」

 次は、レナの車椅子を押すカーラの顔を覗き込んだか。

「ええ! カーラの恋人ってレオンじゃなかったの!? 庭番のエリック? ああ、カーラも魔人なのね。ね、カーラ! 私の事見える!?」

 兎に角アンは賑やかだった。

 レナは思わず吹き出しそうなるのを必死に堪えた。

 そして、底抜けに明るいアンを見て、もしアンが生きている時に部屋へ招待していれば、こんな結末を迎える事は無かったのではないだろうか。そんな思いに駆られた。

「もう、そんな過ぎた事を考えないで今を楽しませてよ。あ、ここがレナの部屋なのね!」

 レナよりも先に部屋へ入っていってしまった。

「うわぁぁぁぁぁ、本だらけ! 何この酷い縫い目のカーテン!!!!」



 レナの就寝の準備を終わらせたカーラが下がる頃に、やっとアンの興奮が落ち着いた。

「お茶でも、って言いたいところだけど、アン飲めないのよね……」

「大丈夫よ。不思議とお腹も空かないし、喉も渇かないの」

 アンは、レナのベッドに腰掛けた。

「ねぇ、レナはずっと私の心の中を見ていたの?」

「見てれば良かったって、後悔してる」

「どう言う事?」

「前にね、エヴァの心を覗き見してしまって、結局ロク事がなくてね」

「そっか……」

 二人は突然、何を話せば良いのか分からなくなった。

 聞きたいことは山ほどあるのに、聞いて良いのか話題にしていいのか、お互いを探り合っていた。

「ああ! もうやめよう! こう言う駆け引きみたいなの嫌い!」

 最初に開き直ったのは、アンだった。

「そうね。何だか疲れちゃうものね」

 レナも同意した。

「よし、じゃぁ、私から」

 アンが居ずまいを正した。

「どうぞ!」

 レナも、同じく居ずまいを正した。

「今日は着てくれてありがとう」

「うん」

「私を助けてくれてありがとう」

「え?」

「ジャメル様の前で、倒れたとき私を救ってくれたのはレナでしょ? 全部思い出したの」

「救えなかったわ。記憶なくしてしまって……」

 そう、あの時アンが記憶を失ってさえ居なければ今もアンはきっと生きていたのだ。

「あれはね、私が思い出したくなかったのよ。今なら分かるわ」

「え?」

「あの日記読んだ?」

 レナの机の上には、アンの日記がレオンが置いていったままになっていた。

「何だか怖くて」

「私ね、凄く疲れてたの」

「私が相談に乗っていれば……」

「相談しなかった事が全てよ」

「何だか寂しい」

「結局は、小さい頃母を喜ばせようとして、自分に呪いをかけてしまってたのね、私。さ、次はレナの番よ」

 何を聞こう。過ぎた事を聞いたところで、いまさら何も変えられるわけでもない。

「アンは、怖くないの?」

「何が?」

「えっと、その死ぬのが」

 アンが笑い出した。

「もう、死んでるのよ、私」

「そようね。ごめん」

「母がね、眠ってる私に馬乗りになってナイフを指す瞬間全てを思い出したの。そして、ああ、これで楽になれる、って思ったの」

「……」

 今まさに自分を産んだ母が、自分を刺し殺そうとしていると言うのに、アンはそれ程までに追い詰められていたのか。レナはアンを思い切り抱きしめたかったが、今はもう触れる事も叶わないのだ。

「今頃母は、お墓の中でお父様に叱られてるでしょうね」

 アンは嬉しそうに笑った。

「お墓の中に入るの怖くない?」

「怖いと言うより、新しい家に越していく気分よ。私、小さい頃にお父様を亡くしてるから、会えるのが楽しみ仕方ないの」

「アン、人は死んだらどうなるの?」

「あら、次は私がレナに聞く番なのに」

「あ、ごめんなさい」

 アンは楽しそうに部屋の中を歩き始めた。

「そうね、私の場合は、お墓の中で二度と目覚めない眠りにつくみたい」

「人によって違うの?」

 レナの脳裏に浮かんだのは母の顔だった。

「良く分からないの。でも何だか分かるのよ、お父様との再会を喜んでそして眠りにつく」

「そう……」

「さぁ、次は私の番、彼との事を聞かせてよ。大丈夫。もう誰にも言わないから」

 アンが、満面の笑みを湛えてレナに詰め寄った。



 二人は、朝が来るまで語り合った。

「朝になっちゃったね」

 アンが、窓から差し込む朝日を眩しそうに見た。

「人生最後の朝日か……」

「アン」

「やっぱり、もう少し生きて恋をして、お母さんになりたかったな……」

 アンが初めて涙を流した。



 アンの魂は、レナと一緒に棺の傍へ戻った。

 棺には一晩中レオンが付き添っていた。

 アンの家の墓は、プルスの街の外れにある墓地にあった。

 今、まさにアンの棺が地中に下ろされようとした瞬間、アンの魂がレオンに抱きついた。

 レオンの周りを風が駆け抜けた。

「アン……」

 レオンが呟いた時、棺が地中に収められ、土がかぶせられ始めた。

「さよなら、レオン! さよなら、レナ! 本当にありがとう、レナ!」

 アンの最後の言葉だった。

「さよならアン!」

 レナは、アンに別れを告げると、レナの身体を風が吹き抜けた。


次は「レナの夢」です。

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