密告
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●ハンス(ギード))…魔人・ムートル国第二王子。ブルーノの弟。
●カーラ…レナ付きのメイド。レナと同じ年。
●ベル…アンドレの乳母。レナの元付き人。その前はレナの祖母ルイーズの付き人だった。
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国国王。
●ジャメル…サコムドラ国高級役人。魔人。
●アン…警備隊女性幹部候補生。レナの同僚。
●レオン…警備隊幹部候補生。レナの幼馴染で同僚。
不安や問題が山の様にあるが、周りの人々の支えでなんとかなっているレナ。
恋人ハンスから誕生日プレゼントも届き、何とか笑顔になれた。
しかし、信用していた友からの裏切りが待っていた。
「おはようアン!」
レナが、警備隊間部室に入って来た。
いつもと同じ朝だ。
なのに、アンはレナの顔を見る事が出来なかった。
「おはよー」
夜勤明けのレオンが仮眠室から出て来た。
「おはよう、レナ、レオン」
とにかく、今日さえ乗り切れば、もうレナに会う事もないだろう。
そうなれば……。
レナには悪いけど、レナが今の立場を無くすとは思えない。
きっと、そんな大事にはならない、だって国王の娘だもの、
アンは、懸命に自分に言い聞かせた。
今日、勤務が終わったら決行する。
アンの決意を固めた。
レナがこの城へやってきて、3年が過ぎていた。
「もう、3になるのね。最初はどうなる事かと思ったけど……」
レナの胸元にはダイヤモンドのペンダントが輝いている。
ハンスが、レナに贈ったものだ。
ダイヤモンドの輝きに込められたハンスの思いが、レナに自信を与えてくれている。
「いえ、私は未だにどうなる事かと思ってますよ!」
のんびりと朝食中のレナに、ベルが時計を指差した。
「わっ! 遅れる!!」
バタバタと大きな足音をたて、レナは警備隊での最後の公務に向かった。
「16歳にもなったんだから、もう少しお淑やかにできないものかね……」
ベルから、大きなため息が漏れた。
「では、レナ。挨拶を」
隊長ディーンが、朝礼でレナを前に呼んだ。
「はい」
レナが、前に歩み出た。
「私の警備隊での公務は、本日までになりました。短い間でしたが、警備隊の仕事を知る良い経験をさせて頂き、ありがとうございました」
レナが敬礼をすると、皆が同じく敬礼をし、朝礼は終わった。
「レナ! そのペンダント!」
最初に気が付いたのは、アンだった。
「うん」
幸せそうに微笑むレナを見て、アンは確信した。
「もしかして、彼?」
「うん」
微笑むレナの笑顔が眩しく、直視できないのはアンだけではなかった。
朝礼が終わり、夜勤明けで帰ろうとしていたレオンが2人の会話を聞いてしまった。
レオンにとって、レナは初恋の相手だった。
レナが王女だと知った今、手がとどく相手ではないと分かってはいた。
しかし、そのレナに愛されている男が居る。
それは、レオンの心をかき乱した。
何故、僕じゃないんだろう。
「レオン?」
レナが、レオンの様子に気付いた。
変な顔でもしてしまったのだろうか。
レオンは慌てた。
「じゃ、おつかれ……」
明日は休みだ。
飲めない酒でも飲んで、寝てしまおう。
「今日、仕事が終わったら、プルスのカフェに行かない?」
突然のレナからの申し出に、アンは動揺した。
今日、決行しようと思っていたのだが……。
「あ、ごめんなさい、何か用事があるなら、今日じゃなくても良いの。次の公務が始まるまで、少し時間が出来たから。アンの都合の良い日を教えて」
レナはアンを、友達と思ってくれている。
返事を待つレナの笑顔に、アンの決意が揺らいだ。
「大丈夫。今日行こう!」
王女様とカフェに行くなんて、恐らく今後のアンの人生で起きる事も無いであろう、最大の出来事だ。
決行日が、明日になったところで、大差無い。
もしかしたら、レナに相談できるかもしれない。
そうなれば、レナを裏切るような事をしなくて済む。
ただ、レオンと同じ場所に立ちたいだけなんだから。
「お出かけになる前に、送り返す荷物に付ける書面を」
カーラと街へ出掛ける準備をしていると、ジャメルが王室専用の便箋と封筒を持ってきた。
あれ以来、ジャメルの様子はいつも通りになった。
「これが、書いていただく内容です」
差し出された紙には、几帳面なジャメルの字が並んでいた。
アンは一度家に帰って、着替えてからカフェに向かう、と言っていた。
下書きのある手紙を書くくらいの時間は十分にある。
「分かりました」
レナは機嫌よく、ジャメルに笑顔を向けた。
「……!」
気を抜くと、レナの中にアミラを見つけてしまう。
不意に視界に飛び込んでくるレナの笑顔は、本当にアミラにそっくりだった。
「では、頼みましたぞ」
レナに悟られぬうちに部屋から離れた。
あの姫君は、時々人の心にあの柔らかい小さな足で踏み込んでくるのだ。
城がのある山手を下ると、所謂城下町が広がっている。
この城下町プルノには、城で働く人々の住居が建ち並んでいる。
その隣町が、レナの生まれ育ったプルスだ。
アンはプルノ出身で、毎日ここから城に通っている。
「おかえり、アン。えらく今日は早かったんだね」
夫亡き後、女手一つで育てたアンは立派に成長してくれた。
母自慢の娘である。
しかし、娘の方は少々母を重く感じていた。
王女レナと同僚になった娘は、今直ぐにでも幹部に昇格できると信じ切ってきた。
「今から友達とプルスにあるカフェへ行くの」
友達、レナの事をそう言ってカモフラージュするのが、この母娘暗黙の了解であった。
「そうかい!」
母は、この友達の話をすると、とても喜んだ。
そして、明日にでもアンが国内初女性警備隊幹部になるかのように、話すのだ。
「私はまだ16歳よ。そんな直ぐに幹部にはなれないわよ」
「そうだね、やっぱり10年はかかるだろうね」
「そりゃぁ、そうよ」
顔では笑っていたが、その10年の間に、どれだけの差がレオンと開くのか……。
そんな事、母には話せなかった。
レナとカーラが約束の時間にカフェの前に到着すると、アンが先にきていた。
「アン、ごめんなさい。待たせたかしら?」
「大丈夫よ、私が早く来ただけだから」
そう返事をしたものの、アンの目線はレナの後ろに居るカーラに釘付けになってしまった。
どうして、この子がいるの?
レナと二人っきりじゃ、なかったの?
確か、レナ付のメイドのカーラと言ったかしら。
王女様だもの、メイドくらい連れて来るわよね。
アンは、カーラに微笑みかけた。
「よろしくね。お友達になれると嬉しいわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
メイドの制服がよく似合いそうな、女の子らしい可愛らしい子。
アンの心に、カーラに対する嫉妬心が芽生え始めた。
「行って来ます」
母の顔を直視できないまま、家を出た。
お母さん、ごめんなさい。
私は卑怯な事をします。
「みんなでお揃いよ」
とレナから渡された良い香りのクリームは、家に置いてきた。
昨夜は楽しかった。
楽しかったけど、孤独だった。
皆、アンの持っていないものを持っていた。
レナは、国王の娘だ。
このまま行けば、一国の主だ。
エヴァは、同じ年なのに街で有名なカフェの経営者。
カーラは、とても女の子らしい子だ。
そりゃ、レオンだって男勝りな私より、あんな女の子らしい子を選ぶわよね。
私が男だったら、絶対カーラを選ぶもの。
でも、私には何も無い。
これまで色んな事を犠牲にして、ここまで来たのに、何も無い。
アンは、ジャメルの姿を探した。




