お土産
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●ハンス(ギード))…魔人・ムートル国第二王子。ブルーノの弟。
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●カーラ…レナ付きのメイド。レナと同じ年。
●アルセン…隣国リエーキ国国王。魔人。
●ベル…アンドレの乳母。レナの元付き人。その前はレナの祖母ルイーズの付き人だった。
●ハンナ…ベナエシ国のメイド。ベルの旧友。
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国国王。
●ジャメル…サコムドラ国高級役人。魔人。
●ドナルド・クレマン…元コサムドラ高級役人。
●エミリオ・クレマン…ドナルドの一人息子。
コサムドラにハンナを連れて戻ったレナ。
一報ハンスはリエーキ国に戻り国王アルセンの側近となった。
そして、ドミニク老人殺害を企てたエミリオの処遇として、クレマン家は国外追放となった。
ジャメルはリエーキ国のアルセンに、村襲撃事件の何かがあると気付いた。
翌日、せっかちなベルとハンナは、早々に街へ出かけて行った。
「え? もぅ、出かけちゃったの?」
レナも呆れてしまった。
「街の家に向かったようですな」
一晩経って、普段通りのジャメルに戻っていた。
レナの心配そうな顔に気づいたジャメルが、ふと笑顔を見せた。
「なんて顔をなさっているのです」
「だって……」
ジャメルのそんな笑顔を、レナは見た事がなかった。
「大丈夫です。城から離れるような事はしません。ルイーズ様やベルから受けた恩に、背くような事はしない」
そう言ったジャメルの顔は、いつもの顔になっていた。
「だったら良いんだけど。私、ジャメルに居なくなられたら困るもの……」
昨夜のジャメルの様子は、レナを不安にさせた。
ドナルド・クレマンが殺された夜、レナは、ジャメルを通して村が襲撃された時の恐怖を、追体験していた。
それは、怒り恐怖復讐心、全ての負の感情が一気に押し寄せてくるものだった。
「確かに今直ぐにでもリエーキに行って、アルセンを問い詰めたい」
「ジャメル……」
「しかし、それをしたところで、村が戻るわけではない」
「うん」
レナは、ジャメルの真意を測りかねた。
「早く行かなければ、遅れてしまいますよ、姫君」
「でも……」
「大丈夫です。私は何処にも行きません」
「約束よ!」
レナは、急いで警備隊へ向かった。
レナとアンは、山の様に積まれた書類と格闘していた。
「あと1時間で、この山、減るのかしらね……」
「そう願いたいわね」
全く減る気配のない書類に、レナとアンはため息をついた。
1時間後には、警備隊幹部の会議があり、候補生達も同席するよう言われている。
「こんな時は、全部放り出して、お洒落なカフェで、ゆっくりと美味しいケーキとお茶で癒されたくなるわ……。あ! レナ、今度一緒に行かない? プルスにお洒落なカフェがあるのよ!」
「え?」
まさか、アンの口からエヴァの店の話が出るとは思わなかった。
「すごい人気のカフェなのよ」
「行きたいな……」
エブァとは、一緒にムートル国から帰ったあの日以来、会えていなかった。
何度か手紙を書こうかとも思ったが、何を書けば良いのか分からず、そのまま時間だけが過ぎてしまっていた。
もしかしたら、このまま疎遠になってしまうのかもしれない。
そう思っていた。
でも、今アンの口から店の事が出た。
もしかしたら、これは何かのチャンスなのかも知れない。
「そのお店、もしかしたら私の友達がしている店かも」
何の躊躇もなく、友達、と言えた。
私はまだ、エヴァの事を友達と思ってるんだ。
エヴァに会いたい。
会って話がしたい。
「レナの友達って事は、レオンも知ってるのかしら? 知ってるなら、何とかして予約入れてもらいないかなぁ」
「えっ、予約も取れない程なの?」
「そうよー!」
流石エヴァだわ。
少し誇らしくさえ思えた。
「では、次の報告」
警備隊幹部の会議の真最中。
レナ、レオン、アンの3人は部屋の隅で会議を見学していた。
会議と言っても、大きな問題さえ起こらなければ、報告会のようなものだ。
「クレマン家の移送は、予定通り問題無く出発しました」
「分かった」
もし、エミリオ・クレマンの計画がうまく行っていたら、あのエミリオと婚約する羽目になっていたかと思うと、レナは背筋が冷たくなった。
「プルスにカフェがあって、女の子に人気があるらしいんだけど、行かない?」
エリックは、カーラが休暇を終えて城へ戻る前に、人気のカフェに行こうと予約を入れていた。
「行きたい!」
魔人一族に生れながら、何の魔力も持ち合わせないエリックとカーラは、お互いの劣等感や苦悩を言葉にしなくても理解できた。
「俺は魔力何てなくて良かった、って思ってるんだよ」
確かに、家族からは出来損ない扱いをされた。
しかし、一歩外に出れば魔人である事を隠し通さなければならない苦悩もあるのだ。
エリックの姉は、愛し愛された人に魔人である事が告げられず、自ら命を絶った。
エリックが15歳の時だった。
「お姉さん、かわいそう……」
カーラは、涙を流した。
姉の事で、涙を流してくれたのはカーラだけだった。
父も母も、姉の弱さを責めるだけだった。
そんな両親に絶望したエリックは、絶縁してしまった。
「うちは、父も母も魔力が無くて」
と、カーラは笑った。
「でも、おばあちゃんは少しだけ魔力があったの。ほんの少しだけ。なーんの役にも立たない魔力」
「え、どんな?」
エヴァは、友達とその彼の為に、唯一の個室を用意した。
ここは、エヴァとギードが店の経営について話し合った場所だ。
個室の外には会話も聞こえない、特別な場所。
ここならば、聞きたい事を人を気にせず聞ける。
「カーラ、良いかしら?」
エヴァがドアをノックした。
「モチロン!」
カーラの明るい返事が返ってきた。
「レナ様、休暇をありがとうございました」
カーラが城に戻ってきた。
「お帰りなさい、カーラ!」
カーラは少し大人っぽくなっていた。
「ちょっと、カーラ、たった2日で凄く大人っぽくなったんじゃないの?!」
カーラは、自信に満ち溢れていた。
レナには、それが眩しかった。
「何も変わりませんよ?」
「エリックと、会ってきたんでしょう?」
「はい……」
自分を認め大切にしてくる人の存在は、女の子にとって自信になる。
要は、そういう事だ。
「うまく行ってるみたいね」
「はい、今日は城に戻ってくる前に、2人でエヴァのカフェに行ってきました」
突然、カーラの口からエヴァの名前が出て、レナは少し動揺した。
「そ、そう。エヴァ、元気そうだった?」
「これ、エヴァから預かってきました」
カーラが、小さな包み紙をレナに手渡した。
もしかして、レナがエヴァにプレゼントしたポーチを、返してきたのでは……。
包みを開けるレナの手が震えた。
もし、ポーチなら絶交宣言に違いない。
「レナ、どうしたの? 目が腫れてる。酷い顔」
アンが心配そうに、レナの顔を覗き込んだ。
「ちょっとね」
「ありがとう。もう、こんな時間。後は明日で良いわ、カーラ」
レナは、カーラの前で包みを開く勇気がなかった。
今のカーラは、レナにとって眩しくて仕方がない。
恋人は遠い異国、友達とは疎遠。
もし、エヴァから絶交されたらカーラの眩しさに耐えられない、そう思ったのだ。
もしかすると、折角仲良くなったカーラにキツイ言葉を投げてしまうかもしれない。
「分かりました。それでは、おやすみなさい」
カーラが部屋から遠ざかるのを確認して、震えの収まらない手で、包みを開けた。
もし、絶交だったら、素直に受け入れよう。
受け入れるしかない。
そっと開いた包みには、新しいクリームとエヴァからの手紙が入っていた。
『レナへ
元気ですか?
何だか大変そうな事ばかりが、お城で起きているみたいで、心配です。
あの日、変な別れ方をしてしまって、後悔しています。
バラの香りのする新しいクリームです。
私の最近のお気に入り。
前のは、もう使ってしまったでしょ?
良かったら使ってる。
もし、レナが私の事を嫌いになってなかったら、またお店に来て下さい。
エヴァ』
レナは、手紙とクリームを抱きしめて泣いた。
嫌いになるわけ無いじゃない。
その結果が、今朝の酷い顔だった。
今朝、ここへ来る前にバラの香りのクリームを、手にすり込んできた。
「レナの手、凄く良い香りね」
アンも気に入ったようだ。
「プルスでカフェをやってる親友から貰ったの。今度、一緒に行きましょうね」
レナの警備隊での公務が、間もなく終わろうとしていた。
 




