恋の行方
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●ハンス(ギード))…魔人・ムートル国第二王子。ブルーノの弟。
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●リンダ…アミラの従姉妹。ギードの母。魔人。
●カーラ…レナ付きのメイド。レナと同じ年。魔人だが魔力は無い。
●アルセン…隣国リエーキ国国王。魔人。
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国国王。
●ジャメル…サコムドラ国高級役人。魔人。
●エリザ…ジャメルの妹。魔人。
●エリック…城の庭番。魔人だが魔力はない。
ドナルド・クレマン。
レナを何度も陥れようとした男が、他国の国王の逆鱗に触れ消された。
これで、レナの生活に平穏が訪れる……のか?
ドナルド・クレマンが城を出て数時間後、ジャメルが息を切らせて城に戻ってきた。
レナも、ジャメルのただならぬ気配に気がついた。
「ジャメル、どうしたの?」
レナが執務室を訪ねると、丁度アンドレがアルセンから早馬で手紙を受け取ったところだった。
「レナ、ドナルドがアルセンに殺された。少しの差で、こちらが出した早馬が先にアルセンの元に届いたようだ」
アンドレは手紙から目を離さないままだ。
「どういう事?」
流石のジャメルも、レナが見たことが無い程顔色が悪い。
「私もまさか殺すとは思わなかった」
声も少し震えているようだ。
「手紙によると、自分の名を無礼な事をしたから、だそうだ」
アンドレは、ため息を一つ吐き出した。
他の高級役人達に、なんと伝えようか。
血の気の多い者の中には、復讐を言い出す者も出ないとも限らない。
ここは上手く伝えるのがアンドレの仕事だ。
既に役を解任されたとはいえ、コサムドラの国民である事には違いない。
アルセンにドナルドの非礼を詫びるべきか、国民を惨殺されたと抗議するべきか。
「ジャメル、ドナルドの遺体はどこにあるか、分かるか」
アンドレは、この時初めてジャメルの様子がおかしい事に気付いた。
「どうした、ジャメル……」
今迄、何があっても冷静だったジャメルが、恐怖で震えている。
「どうしたのよ、ジャメル。あなたらしくないわ」
レナが、ジャメルの手を取った。
恐怖で冷たく震えていたジャメルの心が、温かいものに満たされ始めた。
ジャメルは、思わずレナの手を振り解こうとしたが、レナが離さなかった。
「駄目よ。今は冷静になって、対策を話し合うべきだもの」
ジャメルの心に広がっていた、冷たい恐怖が消えた。
「もう、大丈夫ね」
まさかレナに救われるとは、数年前なら考えもしなかった。
もし、またあの時のような事が起きても、レナがいれば大丈夫かもしれない。
ジャメルは、大きく息を吸い込んだ。
「ドナルド・クレマンの身体は、大地に帰りました」
「どういう事だ……」
ア ンドレには、全く理解できなかったが、レナにジャメルの記憶が流れ込んだ。
「そんなっ……。お父様、ジャメルの言葉そのものです。アルセンの魔力で、身体ごと亡き者にされたようです」
「あわれなドナルド……」
暫くの沈黙の後、アンドレは決めた。
「ありのままを、皆に話そう。但し、アルセンが魔人である事は他言無用だ」
レナの心にも、不安が過ぎった。
翌日、午前の公務を終えたレナはジャメルの部屋の前に立っていた。
珍しく、ジャメルが伏せっている。
ベルから聞いたレナは、思わずここまで来てしまったが、ジャメルの部屋に来るのは初めてだった。
ドアをノックしようとしたが、それよりも早くドアが中から開いた。
「何時まで、そこに居るおつもりか、姫君」
いつも通りのジャメルが、立っていた。
しかも、外出の装いだ。
「どこへ行くつもりなの?」
「古城へ」
「あっ! 私も行くわ! カーラを連れて行く約束だったの。ちょうど良かった。少し待ってて」
ジャメルの返事を聞く事もなく、レナは走り去ってしまった。
「全く……」
ジャメルは、レナの行動に何故か救われた気分になった。
古城へ向かう馬車の中で、ジャメルは少女2人をして同行した事を後悔した。
兎に角、ずっと話し込んでいるのだ。
「えっ、レオンとは一度あっただけだったの?」
2人は、恋の話に夢中だ。
「はい、エヴァのお店で一度会っただけだったんです」
「えー、それで好きになったの?」
「ハイ……」
「そんな事ってあるのね」
首をひねるレナを見て、つい口を出してしまった。
「姫君、それを一目惚れ、と言うのです」
ジャメルの言葉に、カーラが真っ赤になってしまった。
「もぅ、おじさんは黙ってて」
「おじっ……!」
ジャメルは、生まれて初めて、おじさん、と呼ばれた。
「カーラ、彼がエリックよ」
エリックは、城や古城の、草花の手入れをする青年だ。
魔人の血筋だが、エリックには魔力が微塵もない。
最近の仕事の中心は、ルイーズが古城に残した草花の手入れだ。
「エリック!」
レナが呼ぶと、作業の手を止めやって来た。
「エリック、紹介するわ。私も付きのメイドで親友のカーラ」
レナから親友と言われ、カーラの心臓が騒ぎ始めた。
「初めまして、エリックです」
カーラに手を差し出したが、土で汚れている事に気付き、慌ててタオルで土を落とし、改めて手を出した。
カーラは、エリックの大きな手にドキドキしながら、握手に応えた。
「カーラです」
そう言うカーラの顔は真っ赤だ。
「あのね、エリック。カーラは、あなたと同じなの」
レナにそう言われたエリックは、一瞬何の事だか分からず、目を点にしてレナの顔を見ていたが、突然思い当たった。
「ああ! 仲間なんですね!」
そう言って、エリックはカーラに微笑みかけた。
それは、屈託の無い美しい笑顔だった。
一瞬、レナもエリックの笑顔にどきっとした程だ。
「じゃ、私、ジャメルと用があるから、カーラ、エリックのお手伝いでもしてい頂戴」
レナは、足早に古城の中へ向かった。
「姫君は、何をなさっているのです」
ジャメルは、レナがしている事が理解できなかった。
「あの2人をして会わせて、どうしようと言うのです」
「別にどうかしようなんて、思ってないわ」
窓からは、庭で仲良く何か話しながら、草花の手入れをするエリックとカーラの姿が見えた。
「カーラ、楽しそうでしょ? それが目的よ。それと……」
レナが、ジャメルを見つめた。
「どうして、今日古城に来る事にしたの? ベルからは、伏せってるって聞いたのに」
「ずる休み、とでも思いましたかな?」
ジャメルが、からかう様に言った。
「だって、昨日の事もあるし………」
「あれは、私の子供の頃の記憶です。ドナルド・クレマンと同じ殺され方で、多くの仲間と両親が、目の前で次々と殺されたのだ」
「酷い……」
「ここ古城で救われた時、全てを封印したつもりでしが、同じ光景を見てしまい、思い出してしまった……」
「そうだったの……」
ジャメルは、庭の仲睦まじいふたりに目をやった。
「幼馴染も殺されてしまった……」
初恋の相手だった。
「誰がそんなひどい事を」
「わからない。私も子供だった。気付いたら、妹の手を引いて、森で震えていた。どうやって、森まで来たのかも覚えていない…」
レナには、小さなジャメルがエリザの手を引いて、森で震えている姿が、今そこにある様に思えた。
行きとは打って変わり、帰りの馬車は静かだった。
レナ、ジャメル、カーラ、それぞれの思いを乗せて、馬車は森を抜け城に戻った。
「今日は、古城まで連れて行って下さって、ありがとうございました」
レナの寝室をじゅんびするするカーラの心は、エリックの事で一杯になっていた。
「エリックとは、何を話していたの?」
「色々……」
カーラは照れているようだった。
恋って、本来はこうあるべきよね。
それに比べて私とハンスは……。
つい、ため息が出てしまう。
「あ……」
カーラが、突然何かを思い出した。




