ブルーノの記憶 美しい歌声
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●ブルーノ…ムートル国国王
●エヴァ…レナの親友
●ギード(ハンス)…魔人・ムートル国第二王子
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●ハンナ…ベナエシ国の高齢メイド
●リンダ…アミラの従姉妹。ギードの母。魔人。
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ルイーズ…レナの祖母
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
ベナエシ国からムートル国に向かったレナ。
行方をくらませた恋人ハンスと大おばカリナは、どこにいるのか…
そして、レナ、ハンス、カリナの秘密が明らかになる。
ムートル国に入ったレナは、本心は直ぐにでもエヴァの元へ行きたかったが、最初に宮殿を訪ねた。
突然の訪問にもかかわらず、ブルーノは快く迎え入れてくれた。
「驚きました。レナ様は、ご病気だと聞いておりました」
すっかり国王らしくなったブルーノは、公務の合間に時間を作ってくれた。
「ドミニクは、ご迷惑をおかけしておりませんか」
「とてもお行儀良く、過ごしておられるようです」
レナの言い方に、ブルーノは怪訝な顔をした。
自らの目で見た物言いではない。
「実は行方不明のハンス王子のお母様の件で、参りました」
ブルーノが何か知っているのであれば、これだけで充分言いたい事は通じるはずだ。
一瞬、ブルーノの表情が一瞬固まったのを、レナは見逃さなかった。
「今は少し時間がありません。部屋を用意させますので旅の疲れを癒して下さい」
時間をくれと言う事だろうか。
「ありがとうございます」
レナは待つ事にした。
それしか選択肢はない。
「では、夕食まで失礼」
ブルーノは、足早に去って行った。
ベナエシ国のハンナが用意してくれた馬車は、ここまでとなった。
次に発つ日まで待つ、と御者のウェンツは言ってくれたが、流石にそうもいかない。
それに、このムートル国宮殿からコサムドラ国の城までは馬車で3時間程だ。
「ありがとう、ウェンツさん。ハンナによろしくね」
「あぁ、元気でなレナちゃん」
ウェンツを見送ったレナは、ブルーノの用意してくれた部屋で身体を伸ばした。
この国に、エヴァも居るのね。
早く訪ねて行きたい。
「夕食は、食堂ではなくブルーノ様のお部屋にご案内いたします」
メイドか告げに来た。
他に聞かれないようにする為だろう。
「分かりました」
やはり、ブルーノは何かを知っているのだ。
メイドに案内されたブルーノの部屋は、宮殿の中でも広い部屋だった。
「どうぞ……」
初めて会った時ですら見せなかった緊張した面持ちで、ブルーノはレナを出迎えた。
「広い部屋で、驚いただろう?」
「えぇ……」
レナは気が付いていた。
ここはブルーノの部屋じゃない。
子供部屋だ。
「どうしても、ここで話がしたくて、ここに用意させたんだ」
レナが話を切り出そうとすると、ブルーノに止められた。
「食事の後、ゆっくり聞かせて欲しい。後、もう少し心の準備がしたい」
レナは、ブルーノに案内され夕食のテーブルに着いた。
「話しを聞かせてくれるかな」
食事が終わると、ブルーノは言った。
「先ずは、5年前事故で行方不明になったハンス王子は、生きています」
ブルーノの目に安堵の色が見えた。
「ハンスは、今はどこに? 何故、ここへ戻って来ないのです」
「それは……」
何をどこまで話せばいいのだろうか。
今ここで自分が魔人である事を、本当に知られてしまって良いのだろうか。
レナは思わず言いよどんだ。
「レナ様は、何処までご存知なのでしょう」
「え?」
ブルーノこそ、何処まで知っているのだろうか。
魔力を使えばブルーノの心を見るくらい簡単な事だが、ここは他国なのだ。
迂闊に魔力を使う事は、自分の首を絞める事にもなりかねない。
事実、コサムドラでも魔人対策としてジャメルとエリザがいるのだ。
ここ、ムートル国にもいないとは限らない。
もし魔力を使えば、レナが魔人である事を自ら名乗りでるのと同じなのだ。
「両親とハンスが乗った馬車が、ベナエシ国へ向かった理由は……」
「ハンスの大おば様の居る、ベナエシ国ですね」
谷に落ちた馬車が、向かっていた場所はベナエシ国だったのか。
ハンスの人生は、馬車が谷に落ちなくても同じ結果だったのだ。
ブルーノが立ち上がった。
「そこまでご存知でしたら、ご案内したい場所があります」
ブルーノの表情からは、何もうかがい知る事は出来なかったが、ブルーノにとって楽しい場所ではない事だけはレナにも分かった。
出来るだけ遠くに、もっと遠くに。
カリナ様の意識が戻る前に、どれ程魔力を使っても、レナを感じる事が出来ないほど遠くに……。
まだ、ダメだ。
もっと遠くに、もっと……。
ブルーノに案内されたのは、地下牢だった。
「ここは……?」
かなり長く人が立ち入った形跡のない、天井高くに小さな窓が一つあるだけの地下牢。
かつて女性が暮らしていた形跡をわずかに残し、時間が止まったような牢だった。
「ハンスの産まれた場所だ」
「え? ここで?」
レナは思わず眉をひそめた。
まだ十五歳のレナにでも、ここが子供を生み育てる事に適した場所でないことは分かった。
「五歳の頃の記憶なのに、何もかもが今起きたことのように、思い出せるんだよ。そして、あの悲劇を招いたのは僕なのかもしれない」
ブルーノの視線は、古びた揺り椅子を見つめていた。
「絶対に、この階段の下へ行ってはいけません」
両親からも乳母からも、きつく言いつけられていた。
その階段の下からは、物凄く物凄く小さな歌声が聞こえていた。
「あれは、城に住む幽霊の仕業です。子供が近付くと取り憑かれてしまい、二度とご両親と会う事はかないません」
そんな怖い場所が、何故この素晴らしい宮殿の中にあるのか。
誰も、明確には答えてくれなかった。
そして、階段の前に立ってしまった。
「ぼ、僕はムートル国第一王子のブルーノだぞ! 怖くなんか無いぞ!」
階段の下に向かって叫んだ。
ふっ、と歌声が途切れた。
「ブルーノ王子は、お強いんですね」
とても優しい、囁くような声だった。
ブルーノは驚いて、思わず逃げ出してしまった。
「僕は幽霊なんて、怖くないんだからな!」
乳母に強がって言ってしまった事で、ブルーノは地下へ繋がる階段へ近付くことを禁止されてしまった。
ところが、数日後、宮殿の周り散歩している最中に、あの歌声が聞こえてくる事に気が付いた。
風に乗って聞こえてくるようで、ブルーノは大人の目を盗んで声の元を探した。
それは、宮殿の外壁地面すれすれに造られた、小さな小さな空気口からだった。
ブルーノは思わず、そこへ小さな手を差し入れた。
「その小さな美しい手は、ブルーノ王子かしら?」
あの声だった。
「その空気口が、あの小さな窓?」
「そうだよ」
リンダは、この地下牢で唯一の光を、あの小さな空気口から得ていたのだ。
「僕はリンダの歌が好きだったんだ」
「ねぇ、歌って」
ブルーノは、空気口に向かっていった。
すると、あの囁くような美しい歌声が聞こえてきた。
歌声を聴きながら、ブルーノは近くにあった花壇から、花を一輪取ってきて空気口から下に落とした。
「まぁ、可愛らしいお花。ありがとう、ブルーノ王子!」
こうしてリンダとブルーノの交流が、宮殿の片隅で始まった。




