帰還 新たな旅立ち
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ルイーズ…レナの祖母
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●エヴァ…レナの親友
●ギード(ハンス)…魔人・ムートル国第二王子
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●ハンナ…ベナエシ国の高齢メイド
●リンダ…アミラの従姉妹。ギードの母。魔人。
カリナの襲撃から、ハンスのおかげで逃れる事が出来たレナ。
しかし、カリナとハンスは姿を消し、カリナの本当の目的は分からないまま。
主の居なくなったベナエシ国に、ベナエシ国で生まれ育った祖母ルイーズが戻って来る…
「何十年振りなんだろうね」
ルイーズは、久しぶりの故郷の景色を堪能していた。
別に、ベナエシ国を取り戻したかったわけではないが、何かに勝利した様な気分だった。
この国も、いつかはアンドレそしてレナへと受け継がれる事になるのだ。
しかし、領土が飛び地と言うのはなかなか難しいようだから、レナには本格的に国主としての勉強をしてもらわないと。
「ルイーズ様、御到着です」
門番が、声を張り上げた。
あの日、眠らされたままベルと共に去った城に、今初めて戻って来た。
お父様の葬儀にすら、呼ばれなかったのに……。
しかし、レナはどうやってあのカリナを失脚させたのだろう。
城の門から正面入り口まで、ずらりと並んだ城の使用人や兵達が、かつてはこの城の一輪の花だったルイーズを迎えた。
「お帰りなさおませ、ルイーズ様!」
多くは、ルイーズがこの城にいた頃には生まれてもいなかった者である。
しかし、この国で生まれ育った姫君の帰還である。
誰もが、笑顔であった。
「お祖母様!」
馬車を降りたルイーズに抱き付いたのは、レナだった。
「レナ、無事で良かった」
久しぶりに会う孫娘は、少し大人びたようだった。
「カリナとギードが、逃げた?」
レナから、報告を受けたルイーズは、お茶を飲む手が止まった。
ここは、ベナエシ国国王執務室。
つい先日まで、カリナが使っていた部屋だ。
そして、ルイーズの兄が使っていた。
ルイーズは、ついに兄がこの部屋で執務する姿は見る事が出来なかった。
大好きな兄だった。
あのカリナと結婚するまでは……。
「ハンスよ、お祖母様」
「え?」
物思いに気を取られ、レナの言葉を聞き逃してしまった。
「ギードじゃなくて、ハンス。御両親から頂いた名前はハンスなのよ」
ルイーズは、その名に聞き覚えがあった。
「どこかで聞いた事のある名だね」
どこだったろ……、思い出せないルイーズにレナが言った。
「ハンス・オブ・ムートル。行方不明だったムートル国の第二王子よ」
「なっ……」
ルイーズは、目を見開いたまま、言葉が出なくなってしまった。
「やはり、そうでございましたか」
最初に納得したのはルイーズと共にコサムドラ国からやってきたエリザだった。
「あれ程の魔力は、魔人皇族の血を引く方だけです」
レナ十五歳の誕生日。
ささやかなパーティーが開かれた。
突然の女王失踪交代劇は、間違いなくベナエシ国内を混乱に陥れるだろう。
しかし、ルイーズはその屈強な精神で乗り越えるに違いなかった。
この交代劇を、喜んでいる民の方が多いからだ。
「お祖母様は、随分と民に慕われていたんですね」
「私ではなく、父と兄だよ。私は何も考えていないワガママな小娘だったよ。今のレナの方が、よっぽど王女らしいくらいだ。民は、私に父や兄を見ているだけだ」
ルイーズは、孫娘レナの成長に満足していた。
「レナ様、ルイーズ様にご報告する事があるんではございませんか?」
ベルが、こんな言い方をするなんて珍しい。
「なんだい? レナ」
「何から順番に話せば良いのか……」
レナは、少し考え込んでしまった。
「じゃぁ、レナはあのギードいやハンス王子とミロキオに愛を誓ったのかい?」
ルイーズが大笑いをした。
「笑わないでよ、お祖母様」
レナは、拗ねてしまった。
「そうですよ、ルイーズ様。笑い事ではございません!」
ベルは怒り心頭だ。
「ミロキオとは、何でございましょう」
エリザは何の事かさっぱり分からず、拗ねてしまっているレナに聞いてしまった。
「そうだね、エリザは知らないだろうね」
笑い過ぎで目に涙まで溜まったルイーズが、涙を拭きながら答えた。
「ミロキオと言う花なんだよ」
「花、でございますか」
エリザは益々分からなくなった。
「この国の少女達のオマジナイの様なもので、好きな人とその花に愛の誓いをたてると、その愛は永遠になるんだよ」
「オマジナイなの!?」
レナは、オマジナイと聞いて思わず大きな声を出してしまった。
その姿にルイーズはまた笑いそうになったが、すっかり信じているレナの幼さが、また愛おしくなった。
「さぁ、どうだろうね。この中に誓いをたてた者がいないからねぇ。レナが、その真偽を証明しておくれ」
ルイーズの言葉に、レナは勝ち誇ったようにベルを見た。
そんなレナを、物珍しそうにエリザが見ていた。
翌日、レナはルイーズに見送られて、コサムドラ国へ向かって出発した。
何と、一人旅である。
「私がご一緒します!」
出発直前まで、ベルが騒いでいたがレナは、一人で出発した。
コサムドラ国レナ姫ではなく、レナとして旅をしなければならないのだ。
今、コサムドラ国レナ姫は、病気で部屋に篭っている、はずなのだから。
レナにも、その方が都合が良かった。
「レナ様でしたら、お一人でも大丈夫かと」
レナの魔力が見た事も無い程強くなっている事がエリザには分かっていた。
「エリザがそう言うなら、仕方ありませんね」
ベルもルイーズも、渋々レナの一人旅を承諾した。
ルイーズには、これから大仕事が待っている。
「お祖母様、あまりご無理なさいませんように。ベル、エリザ、お祖母様をよろしくお願いします」
レナの乗せた馬車が走り出した。
レナの乗った馬車の手配は、ハンナが行った。
「私の古い知り合いの大切なお孫さんだから、よろしく頼んだよ」
御者の名はウェンツと言う屈強な肉体の男だった。
「ねぇ、ウェンツさん。ムートル国までは、どのくらいかしら」
先ず目指すは、ムートル国である。
ムートル国へ行って、しなければならない事が山の様にある。
それに、もしかしたらハンスがムートル国にいるかもしれない。
「そうだなぁ、飛ばせば5日程かなぁ」
「じゃぁ、飛ばしましょう!」
レナはウェンツに、にっこり微笑んだ。
「承知した!」
ウェンツが馬を走らせた。
馬車が、ガタガタと音を立てて疾走し始めた。
レナは、馬車に揺られながら、ハンスとカリナの気配を探した。
見つかる訳がない事は分かっていたが、何かの手がかりを探したかったのだ。
ムートル国に向かってはいるが、こんな話ブルーノ王は受け入れてくれるのだろうか。
そもそも、レナが魔人だと聞いてブルーノ王は、どう思うだろうか。
もし、ブルーノ王が拒否するようであれば、レオンの様に記憶を消してしまえば良い。
でも出来れば、そんな事はしたくない。
ムートル国へ向かう事をやめてしまえば、楽になるのだろうけど……。
迷うレナ乗せた馬車は、ムートル国に向かって走り続けた。
レナ十五歳、新たな旅立ちだった。




