老婆の昔話 求めるものは生血
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ルイーズ…レナの祖母
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●エヴァ…レナの親友
●ギード…魔人・ムートル国第二王子
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●ハンナ…ベナエシ国の高齢メイド
●リンダ…アミラの従姉妹。ギードの母。魔人。
ギードことハンスと、ミロキオに永遠の愛を誓ったレナ。
大おばであるカリナから、自身の運命を知る事になる…
カリナが生まれ育った村は、山の中にあった。
諸国との戦いに敗れ、この山の中に隠遁生活となったのは、随分昔の話である。
そして、その詳しい経緯は、何一つ記録されておらず、知る者は誰一人いなかった。
「どうして、そんな大切な事が分からないの?」
カリナは父に詰め寄った。
「忘れた方が良いと思った先祖が、全て記録を消してしまったんだよ」
カリナは悔しかった。
何故、こんな山の中小さな村に暮らさなければいけないのか。
そしてなぜ、望みもしない、望まれもしない国へ嫁がねばならないのか。
「それが決まりなんだよ」
「そんなの嫌よ」
「本当に、ここベナエシ国へ嫁いでくるのが嫌で仕方なかった。まだ十代、しかも顔も知らない相手に嫁ぐんだからね」
カリナは懐かしむように言った。
「でも、国の平和の為に、と言われてしまっては、小娘だった私にはどうしようもなかった」
小さな村で受け継がれた、滅びた国の皇族の血を絶やすわけにもいかなかった。
「こんな山の中に追いやられてしまったけれど、私達は立派な魔人皇族の後継者なんだよ、カリナ」
立派な魔人皇族の後継者、この言葉を胸に、カリナはこの国にやってきたのだ。
あれから随分長居い時間が流れた。
生意気なルイーズを追い出し、義父と夫がが死んでからでも、随分な時間だ。
「立派な魔人皇族の血を受け継いだ一人がレナ、お前だよ」
自分で後継者を産むことは出来なかった。
でも、レナ、お前が居る。
カリナが、そっとレナの頬に触れようと手を伸ばした。
ギードに緊張が走った。
あぁ、ママ。
ママが私の魔力を封じ込めようとしたのか、やっと分かったわ。
魔人が忌み嫌われているからじゃ、なかったのね。
ママは、この事を知っていたのね。
レナの部屋では、レナの読んでいた本が気になって仕方の無いベルが、落ち着かないでいた。
その本に、ただ一ヶ所、しおりの挟まれたページがある。
人の読んでいる本を、覗き見るなど行儀の悪い事。
しかし、この古めかしい本は気になる。
あんなに本を読むのを嫌がってたレナが、わざわざ本棚から探し出してまで読んでいた本だ。
レナは、まだ暫く部屋に戻りそうも無い。
少し覗き見るだけなら……。
「レナっ!!」
ギードは、カリナとレナの間に割って入った。
「ギード! お前!」
叫んだのはカリナだった。
カリナの放った魔力は、ギードを通過した。
そして、レナに当たったかと思うと、それはそのまま再びギードを通過し、カリナに跳ね返った。
一瞬の出来事だった。
自らの魔力を受けたカリナは、その場に崩れ落ちた。
「え、何? ハンス、貴方大丈夫なの? 大おば様は?」
ギードは、崩れ落ちたカリナの体を椅子に戻した。
そして、レナを抱きしめた。
「レナ、無事で良かった……」
そこへ、血相を変えたベルが飛び込んで来た。
「おのれ! レナ様に何をする気だ!」
ベルが手に握った箒をギードに振り下ろす前に、ギードの身体はレナを抱きしめたまま崩れ落ちた。
「ハンス!」
ベルは、何が起こったのか訳が分からず、箒を振り上げたまま呆然と立ち尽くしていた。
カリナ王女は、急な病気により暫く公務は難しい、という事になった。
レナをここへ軟禁していた二人が、意識の無い状態に陥った。
レナの軟禁が解けたのだ。
問題は、そのうちの一人が、この国の女王様だという事だ。
「おばあ様に、ここへ戻ってもらいましょう」
レナに異論を唱える者は、誰もいなかった。
「ルイーズ様に、またお会いできるなんて思ってもみませんでした!」
ハンナは涙を流して喜び、張り切って城の掃除の指揮を執った。
レナは、目を覚まさないギードに付きっきりだった。
「ねぇギード。私、必ず貴方を目覚めさせるわ」
私が大怪我をした時、ギードもこんな気持ちで看病してくれたのかしら。
レナは、眠ったままのギードの隣で、あの古めかしい本をくまなく読み漁った。
そして、改めて、あのページを開いた。
『復活の儀式
如何なる理由で弱った魔力でも、取り戻す事が出来る儀式。
準備する物は二つ。
魔人皇族に受け継がれる杯。
魔人皇族の血を受け継ぐ処女の心臓から抜いた生血。
杯に生血を注ぎ、一気に飲み干す』
恐らく、あの時、カリナはこれを行おうとしていたのだ。
カリナは魔力が弱っていたのだろうか……。
ギードがレナを襲ったのも、レナから処女を奪う為だったのだろう。
そんな事なら、ギードを受け入れれば良かった。
「そんな事、仰ってはいけません」
ベルにはキツく言われてしまった。
「そうね……」
明日には、お祖母様と一緒にエリザもここへ来る。
エリザなら、何とかする方法を知っているかも知れない。
レナは、ただギードが目覚める事だけを願った。
「レナ…、レナ…」
その夜、誰かに呼ばれた気がして目が覚めた。
「誰?」
「僕だよ」
「ハンス? 目が覚めたの? 直ぐ行くわ」
レナは、起き上がろうとしたが身体が動かない。
「ごめんよ。そのままで聞いて。僕はカリナ様と、この城を離れる」
「そんな!」
「近いうちに、エヴァの所に行って欲しい」
「ハンス、どこへ行くの?」
私も一緒に、レナは言おうとした。
「ダメだよ。でも、僕が本当にハンスに戻れたら、直ぐ君の元へ行くから。兄さんや弟にも、伝えて……。レナ、お誕生日、おめでとう」
「待って!」
突然体の自由が戻ったレナは、飛び起きギードの部屋に向かった。
そのベッドには、まだギードの温もりが残っていた。
「カリナ様のお姿も消えました!」
使用人達が隈なく探したが、ギードとカリナの姿は無く、行方も掴めなかった。
日が変わり、レナは十五歳になった。




