若い二人の誓い 老婆のたくらみ
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ルイーズ…レナの祖母
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●エヴァ…レナの親友
●ギード…魔人・ムートル国第二王子
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●ハンナ…ベナエシ国の高齢メイド
●リンダ…アミラの従姉妹。ギードの母。魔人。
ベナエシ国に拉致されたレナ。
しかし、拉致実行犯のギードとは恋人になってしまう。
命の恩人カリナに命じられて、レナを探していたギード。
しかし、カリナの目的を知りながらレナに心引かれて、レナを守る決心をした。
何も知らないレナ。
カリナの目的は、何なのか。
『ミロキオ
赤い花を咲かせる多年生植物。
ただし、花びらに誓いが込められると、その生を終える』
「ほら、ミロキオの赤い花びらよ」
拾い集めた花びらを、レナはギードの手に押し付けた。
「これを、どうするの?」
さっき大量に出血したからだろうか、やけに胸がドキドキする。
ギードは、味わったことのない気分になっていた。
レナは、花びらを包んでいるギードの手を、自分の手で包み込んだ。
「私、レナ・デ・コサムドラは……、あら、ギード、あなた名前は?」
そんな事も知らずに、レナはこんな誓いをしようとしてるのか。
ギードは、レナの事が更に愛おしくなった。
このまま、ずっと二人で居たい。
しかし、それは許さない事なのだ。
「ハンス・オブ・ムートル。生まれた時に貰った名前だ」
ギードではなく、ハンスとして、レナと出会いたかった。
あの方の名付けた、ギードではなく。
「じゃぁ、もう一度」
「そんな、何度もやり直して効果はあるなかなぁ」
「そんなの、気の持ち様よ」
レナの言い草に、ギードは思わず笑ってしまった。
「もぅ、笑わないで!」
「はいはい、すみません」
レナは、ギードの手を握りなおした。
「私、レナ・デ・コサムドラは、ハンス・オブ・ムートルへの永遠の愛を、このミロキオの赤い花びらに誓います」
レナは、次はあなたよ、とギードに目で合図した。
「私、ハンス・オブ・ムートルは、レナ・デ・コサムドラへの永遠の愛を、このミロキオの赤い花びらに誓います」
ギードが言い終わった瞬間、ギードの手の中なら放たれた赤い光で染まり、更にその光は、ギードの手を包み込むレナの手も赤く染めた。
そして、何事も無かったかのように、元に戻った。
「なに、今の。こんな事が起こるなんて、ハンナは教えてくれなかったわ」
レナが、ギードの手を離すと、ギードの手の中にあった筈の花びらが、一枚も無かった。
魔力を扱うハズの二人が、目を丸くしてお互いを見た。
「レナ、何かした?」
「私はなにも、ギードは?」
「僕も。あと、レナだけは僕をハンスと呼んでほしい」
「そうね、ハンス」
つかの間の穏やかな時間だった。
「で、あのギードめとミロキオの花びらに誓ったのですか」
ベルが憎憎しげに言った。
「ベル、ギード様だよ」
レナと一緒に本棚で本を探していたハンナが、ベルの口調を咎めた。
「何だって、あんな得体の知れない者の肩を持つんだい」
「ベル、知らないのかい?」
「あった!」
レナが、本を探し当てた。
「ギード様とレナ様は、はとこ、なんですよ」
レナは、思わず本を落としてしまった。
「ハンナ、それ本当なの?」
ハンナは、長い間この城で全てのことを見てきた、城の生き字引だった。
ギードの母リンダは、ムートル国王の魔人妻として嫁ぐ前、カリナに結婚の挨拶に来たのだ。
そして、レナの母アミラも。
「カリナ様は、リンダ様とアミラ様のおば様なのですよ。ご存知無かったのですか?」
レナにとっては、寝耳に水だ。
「それが、どうして、あのギードがレナ様と、はとこ、になるんだい」
ベルにとっても寝耳に水だ。
「ベル、あんたなにも知らないんだね」
「去年ここへ来たリンダは、私の従姉妹なのよ」
ハンナは、この事実をアミラから聞いた。
「私の母は四姉妹だったのよ。カリナ叔母様、リンダのお母さん、そして私の母、もう一人は小さい頃に亡くなったんですって」
「左様でございましたか!」
カリナは、自分の家族について一度も話したことが無く、長くこの城で勤めているハンナですら知らない事実だった。
「よく来たね、アミラ」
「始めまして、カリナおば様」
アミラは涙を流していた。
「この一年、一人で大変だっただろう。ゆっくり、してお行き」
「はい、ありがとうございます」
カリナは城へ戻る馬車の中で、アミラと始めて会った時の事を思い出していた。
アミラ、本当にお前は良い子だ。
私に、レナを残してくれた。
リンダの産んだ子が男の子だったのは残念だが、私の右腕になってくれた。
全てが手許に揃った。
アミラ、リンダ、全てお前たちのおかげだよ。
カリナは、これから起きる、いや、自ら起こす長年の願いの成就に酔いしれていた。
「そうだったのね。だから、大おば様もハンスも、私を探して下さってたのね」
レナは納得し、ギードに指示された本をめくり始めた。
「レナ様、ハンスとは、誰です」
ベルは、また謎の人物が登場し、大パニックである。
「ハンス様とは、ギード様の事だよベル。ギード様が、この城に運ばれてきた時に、カリナ様がお付けになったんだよ」
本をめくっていたレナの手が止まった。
「まぁ、色々あるのよベル。無事コサムドラに帰れたら、私が詳しく説明するわ」
レナは静かに本を閉じた。
その日の夕食。
カリナは、上機嫌に振る舞い、ハンナを驚かせた。
カリナがこの国へ嫁いて以来の出来事だ。
正確に言うと、カリナがルイーズを追い出して以来、である。
あの日も、カリナは上機嫌だった。
「レナ、今夜は食事が終わったら私の部屋へ来ないかい?」
カリナが、レナを自室に誘った。
とうとう始まるのだ。
ギードは覚悟した。
そして、レナが本を読んでくれている事を祈った。
「まぁ、大おば様、お招きありがとございます」
レナ、断ってくれ!
ギードは祈るような気持ちで、レナを見つめた。
「お伺い、いたします」
レナはギードの目に一瞬絶望が走ったのを見た。
ハンス、大丈夫よ。
私、ちゃんと本を読んだわ。
あの本を、部屋に置いてくれたのは貴方なのね。
レナは声に出して言いたかったが、声どころか心の中をギードに見せる事すら今は出来なかった。
それは、ギードも同じ事だった。
見せてしまうと、それはカリナにも見えてしまう。
ギードは、決意した。
レナを守るのは僕だ。
その為に、僕はあの谷で生き残ったんだ。
ベルには大反対された。
「ルイーズ様がお聞きになったら、どれ程お怒りになるか……」
「大丈夫よ、ベル。私一人じゃないわ。ハンスも一緒よ」
「余計に心配です!」
ベルを説き伏せるのは無理なようだった。
「でもね、もう約束してしまっているのよ。それを行かないなんて、失礼にあたるわ」
レナは、そう言って大切な御守りを持って、カリナの部屋に向かった。
「レナ、ギード、話しておかないといけない事がある。これは、ギードにも話した事がないんだよ。私達の国の事だ」
カリナが、自分の国、いや、もうあの頃は国なんて言えるものではない、山の中の小さな小さな村について、話すのは初めてだった。
ギードは、カリナが直ぐにでも儀式を始める物と思っていたため、予想外の事に驚いた。
カリナ自身もも、話すつもりなどなかった。
しかし……
「何も知らない、ままも嫌だろう? レナ」
カリナは静かに語り始めた。




