温室 ギードの血
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ルイーズ…レナの祖母
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●エヴァ…レナの親友
●ギード…魔人・ムートル国第二王子
●カリナ…ベナエシ国王女。ルイーズの義姉
●アミラ…レナの母・故人。
●ハンナ…ベナエシ国の高齢メイド
軟禁されているベナエシ国の城で、ギードに襲われキスをしてしまったレナ。
最初は戸惑ったものの、レナの心にも変化が……
しかし、それは悲劇に第一歩だった。
レナは、何を言えば良いのか見当もつかなかった。
ギードの顔を見ると、昨夜のキスと覆いかぶさってきたギードの身体の重さを思い出し、胸が高鳴った。
「あの、ギード、あのね」
「昨日は、ごめん」
ギードの方から切り出した。
「あ、いえ、あ、えーっと……」
レナは動悸が激しくなり、顔が赤くなっていくのが、自分でもわかった。
「朝、食事に来なかったけど、具合でも悪いの?」
思わず話をそらした。
「そう言う事にして、カリナ様御一人で、出かけてもらった」
「そ、そうなのね……」
「こうでもしないと、僕は君を助けられない!」
助ける。
思いもしなかった言葉が、ギードから発せられ、レナは戸惑った。
「私を助ける?」
ギードは、真剣な顔をして頷いた。
「レナ、僕達は夫婦にならなくちゃいけない。一刻も早く」
レナは、温室にベルの気配を感じた。
心配で戻って来たようだ。
しかも、ギードに鉢植えを投げつけようとしている。
ギードが、気付かないわけがない。
「邪魔をするな! 消えろ!」
ギードは横目で見ただけで、ベルが頭上に振り上げた鉢植えを割った。
「危ない!」
ベルの頭上に落ちそうになった割れた鉢植えを、レナは無意識に吹き飛ばした。
吹き飛ばされた鉢植えは、辺りに赤い花びらを散らした。
ベルは、無傷だった。
しかし、吹き飛んだ破片がギードの胸に刺さっていた。
地面に崩れ落ちるギード。
「ギード!」
レナは、ギードに駆け寄り、刺さった破片に触れた。
その瞬間、破片は抜け落ち、ギードの傷は消えた。
後に残ったのは、地面に落ちた鉢植えの破片と、ギードの流した血が血溜りだった。
「レナ、君は……」
ギードは、レナの本当の力を目の当たりにした。
魔人の中でも、癒者の能力は特別な者にしか備わらないのだ。
「ベル、私は大丈夫だから、外で待っていて……」
レナにそう言われて、ベルは我に返った。
今、目の前で起きた事は、一体何だったのか。
地面に座り血にまみれたまま見詰め合うレナとギードは、若い恋人の様にベルには見えた。
「ベル!」
レナに即されて、ベルは慌てて温室から出た。
「ごめんなさいギード。私、あなたを傷付けるつもりはなかったの」
「レナ、やっぱり君は特別な人だ」
あの方の計画にレナを巻き込んではいけない。
レナは僕が守らなければならないんだ。
それが僕の使命だ。
ギードは、決心した。
「ありがとう、ギード。でも、私…」
昨夜のギードとのキス。
レナは、自分がギードに何か感情を持ち始め戸惑っていた。
あの地下室と隠れ家での日々。
ギードは、ただただレナに優しかった。
今、ギードの腕に抱きしめられたら、その感情に愛と言う名が付くだろう。
しかし、忘れてはいけない。
ギードは、親友エヴァの人生をめちゃくちゃにしたのだ。
「エヴァなら、ムートル国のあの広場の店に居るよ。大丈夫、変な事はさせてない。元気にしてるよ」
「そうなの。良かった。ギード、ありがとう」
ギードは思わずレナの腕を掴み、レナの身体を引き寄せた。
「レナ……!」
ギードに抱きしめられ、レナは確信した。
「ギード、私、今ならあの時のエヴァの気持ちがわかるわ」
「レナ……」
ギードには、レナの気持ちが正に手に取るように伝わった。
「レナ、僕も、僕もだよ」
こんな気持ち初めてだった。
カリナに命じられ、レナを探し出すため、多くの女性の心を利用した。
エヴァも、その一人だった。
彼女たちに対して、心苦しさは感じたが、こんな気持ちは始めただった。
いや違う。
広場でレナに初めて会った時から、この気持ちは芽生えていたのだ。
ギード、レナを放した。
「ギード?」
レナは初めて、ギードの心の中を見た。
このままレナを永遠に抱きしめていたい、ギードの心が叫んでいた。
「もう、隠す必要もない。時間がないんだ。後数時間でカリナ様が戻られる。それまでに、レナ、君は自分の運命を知らなければ」
「私の運命?」
「そう、君の運命だ」
城の中では、ハンナとベルがホールの掃除をしていた。
「懐かしいねぇ」
ハンナは、昔を思い出しながら掃除をしていたが、ベルの手は止まったままだ。
「ベル?」
「ねぇ、ハンナ。温室の奥に棚の一番右の鉢植えって……」
「あぁ、ミロキオの鉢植えだね。結局、私は使う事は無かったけどね」
ハンナが自虐的に笑った。
「ミロキオの事、レナ様は知ってるの?」
ベルは不安になった。
どうして、そんな鉢を振り上げてしまったんだろう。
「あぁ、何日か前にお教えしたよ」
「やってしまった!」
ベルが頭を抱えた。
若気の至り。
どうか、問題が起きませんように。
ベルは天に祈った。
ギードは立ち上がろうとして、少し足元がふらついた。
「だめよ、ギード。こんなに血が出たのよ。もう少し、座っていて」
「情けないな僕は」
「そんな事ないわ。情けなくなんてない」
まぁその怪我の原因を作ったのはギードだけれど。
「そうだよ、僕はレナを傷付けてばかりだ」
「そんな事……」
「だからこそ、今回は何があってもレナを守りたい」
ギードが、レナを助ける、守ると言葉を出す度に、ギードの心をよぎっているのは、カリナだった。
「大おば様?」
「うん」
「大おば様が、私に何かしようとしているって言うの?」
「その為に、僕は何年もレナを探していたんだ」
「そんな……」
この城に来てから、カリナはそんな素振り一度も見せなかった。
「でも、君の魔力だったら、大丈夫かもしれない」
カリナが帰路についた、これ以上はレナに何も話せない。
城に近付けば、僕等が何を話しているかも手に取るようにわかる方だ。
「レナ、僕を見て!」
ギードの心に、本棚の本がよきぎった。
「それを探して読めばいいのね?」
ギードが頷いた。
「さぁ、ここを片付けよう」
ギードがゆっくりと立ち上がるのをレナは手を貸した。
少しよろめいたギードをレナが支えた。
「レナ……」
二人は見つめあった。
最後になるかもしれない、ギードの唇がレナの唇に近付こうとした。
「あら、ミロキオ!」
レナが指差したのは、ベルが振り上げた鉢植えだった。
「え?」
全く、女の子と言うのは、移り気でどうしようもない。
「ギード、知らないの?」
「何を?」
レナは飛び散った赤い花びらを集めた。
「そんな物、どうするの?」
「ミロキオの花。恋人が永遠の愛を誓う花」
「こいびと……」
ギードは、この瞬間レナを自分の運命を忘れて、15歳の恋する少年に戻った。
レナに夫婦になろうと言って襲おうとしたのに、いざレナから恋人、と言われると、身体の芯まで赤くなるのではないだろかと思えるほど、真っ赤になってしまった。
しかし、それも一瞬の事だった。
随分とカリナが城に近付いている。
「誓おう」
「え?」
「その花びらに、永遠の愛を誓おう」
ギードが、ひどく真剣に言うので、レナは思わず笑ってしまった。
「でも、伝説よ?」
「それでも、かまわない」
伝説でも、言い伝えでも何でも良い、花びらにだろうと、茎でも鉢でも、命に代えてでも、レナを守れるなら、運命を変えられるのなら、何でもする。




