地下室 ギードとは何者なのか
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父。コサムドラ国、国王。
●エリザ…レナのお付。魔人。
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ベル…レナの元付き人。その前は祖母ルイーズの付き人だった。
●エヴァ…レナの親友
●ギード…謎の魔人
●カーラ…エヴァの友人。城のメイド
●ナナ…ムートル国広場にある怪しい酒場の女主人
●ブルーノ…現ムートル国王
●ドナルド・クレマン…コサムドラ国元高級役人
ギードの策略で親友エヴァに襲われたレナ。
瀕死の怪我を負ったレナが運ばれた先は、レナを陥れようとした男の屋敷だった。
そろそろレナの傷も癒える頃だろう。
人間だったら、確実に死ぬような怪我だった。
女の嫉妬とは、恐ろしいものだ。
エヴァがレナにここまでの怪我を負わせてしまったのは計算外だったが、全ては上手く運んでいる。
ギードは店主の居なくなったカフェの閉店作業に追われていた。
エヴァが姿を消して直ぐ、カフェを閉めると決めた。
そのまま買い取りたいと言う申し出もあったが、いつかエヴァが戻ってきた時またここでカフェが出来るようにしてやりたかった。
それが、利用してしまったエヴァへの、せめてもの罪滅ぼしだ。
ムートル国でも、自慢の料理の腕で上手くやったいるようだ。
計画の第一段階は、成功と言っていいだろう。
今日もクレマン家の地下室へ医者が入って行く。
「どうですか、先生」
「もう、そろそろ目覚めてもおかしくない頃です。目が覚めたら、消化の良い物を食べさせてあげて下さい」
「そうですか、ありがとう先生」
やはり、思った通り、そろそろだ。
地下室から出た医者は、何故自分がクレマン家の裏口前に立っているのか分からなかった。
そして、永久にその理由を知る事はないのである。
ここは、どこ……。
目が覚めたレナは、自分のいる場所も、何故ここに居るのかも分からなかった。
唯一わかる事は、自分の身体がすっかり衰弱してしまっている事だ。
起き上がろうとするも、頭がクラクラして起き上がれず魔力を使う体力もなかった。
「まだ、無理だよレナ」
入って来たのはギードだった。
「ギード!」
そうだ、思い出した。
あの時、誰かに頭を殴られたんだ。
「そうだよ、レナ。まさかエヴァが、あんなに嫉妬深いと思わなくて君に余計な怪我を負わせてしまった」
「エヴァ? あれはエヴァだったの? 今エヴァは何処にいるの? 私、どの位ここにいるの?」
兎に角分からない事だらけだ。
「そんなに質問攻めにしないで。ほら、これを食べて」
ギードが、暖かい粥をレナに差し出した。
こんなもの、食べられるわけがない。
何が入っているか、分からない。
「何も入ってないよ。今の君をどうにかしようと思うなら、もう既にしてるよ。兎に角、食べて。体力を戻さなきゃ」
ギードは、スプーンで粥をすくい、レナの口元変更と運ぶ。
それでも、レナは食べる気にはならなかった。
「夢を見たの」
レナは、変な夢を見た事を思い出した。
「ああ、ごめん。あれは夢と言うか、僕の記憶が眠っている君の記憶に移ってしまったんだ」
「え?」
「良いから、食べて。食べてくれたら順を追って話すさ。時間はたっぷりある」
ギードはそう言うと、レナの口へ黙々と粥を運んだ。
「ありがとう、もう、いいわ」
何日も眠ったままだったため、レナの胃は空っぽで、突然運ばれた粥に胃が驚いたのか、あまり食べられなかった。
「少しずつ、食べれる様になるさ」
ギードは、そう言って部屋を出て行った。
外から施錠する音がした。
ここは地下室らしいが、それなりに快適に生活出来るように、部屋を誂えたようだ。
ギードの用意した物を口にするなど思いもしなかったが、どうやらギードの言う通り、今は体力の回復を優先するべきのようだ。
「さぁ、何から話そうか」
ギードが嬉しそうに、レナのベッドサイドに椅子を運び座った。
「魔力は使わないのね」
「ああ、くだらない事に使う必要はないよ」
「そう……」
目を覚ましてからの数日間は、食事を取り眠るだけで体力を消耗する始末だったが、昨日あたりから起きていられる時間が増え始めた。
「何から聞けば良いのか分からないって顔だね」
「ギード、貴方は私の敵なの味方なの?」
何よりも、それを確認しなければ。
レナを追い詰めるような事をしておきながら、何故こうして助けてくれているのか。
「それは、ああでもしないと、君とゆっくり話す事すら叶わないからだよ」
「だからって関係の無い人を巻き込むなんて、卑怯よ」
自信に溢れ、カフェを切り盛りするエヴァの姿が浮かんだ。
「エヴァの事だね」
レナは返事をしなかった。
エヴァだけじゃ無い。
今頃城では、レナの安否を心配し眠れない日々を送る者も居るはずだ。
「レナは優しいんだね。アミラおば様が優しかったからだね」
「ママを知っているの?」
「ごめんごめん、順を追って話させてくれ。でも、最初に言っておくよ。僕はレナの敵なんかじゃ無い」
そう、僕はあの日から五年間、レナに会いたくて仕方がなかった。
色々探したけれど、見つからなかったけどね。
「あの日?」
「君が見た夢だよ」
「あ……」
「じゃ、あの日の話からしようか」
ギードは、静かに語り始めた。
兄のブルーノと弟ドミニクとは、喧嘩はするけど仲の良い兄弟だった。
ただ十歳になった頃から、身の回りで不思議な事が起こり始めた。
読みたいと思った本が、書棚から飛び出して来た。
弟ドミニクと庭で喧嘩をした時あの小石がドミニクの頭に当たれば良いのに、と思った瞬間、石が動きドミニクの頭に当たった。
「ハンスが僕に投げた!」
五歳のドミニクが、大きな声で泣き喚いたため、母が飛んできた。
「ハンス! 弟に何てことをするの!」
「でも、僕には身に覚えがないんだよ。レナならわかってくれるだろう?」
「魔力……。ギード、あなたムートル国の行方不明になっている王子なの?」
「そうだよ」
「そんな! じゃ、ブルーノ国王もドミニクも魔人なの?」
まさか、そんな筈はない。
あの2人が魔人だとしたら、レナもエリザも気がついたはずだ。
ドミニク王子は今もコサムドラ国の城にいて、身近にはジャメルも居る。
気が付かないわけがない。
「違うよ。違うから、僕はギードになったんだ」
レナには、ギードの言わんとすることが、皆目検討もつかなかった。
「そんなに先を急がないで。時間はたっぷりある」
レナは少し疲れたのか、めまいがし始めた。
ギードは、直ぐにレナの異変に気付いた。
「レナ、少し休むと良い」
「でも、私にはまだ何も分かってないのよ」
「ダメだ」
ギードは、そう言って部屋を出、外から鍵をかけた。
魔力さえ普通に使えれば、ドアの鍵くらい直ぐに外せるのに。
今は、テーブルに置かれた紙切れ一枚、魔力で動かす事が出来なかった。
手紙を書きたい。
せめて、無事を知らせたい。
誰にも、何も言わず城を出た事を後悔した。
とにかく、今はギードの手中に居るしか、なさそうだ。
ギードが、ムートル国の王子だったなんて。
ブルーノ国王やドミニクの兄弟だったとは!
一体何故ギードは身分を偽り、名を変え地下組織のリーダーとして生きているのだろう。
まさか、ムートル国の国家転覆を狙っている?
そう言えば、ムートル国宮殿の襲撃騒動も、地下組織が関わっているかも知れないと、言っていた。
考えれば考える程、分からなくなり、めまいが酷くなった。
直ぐにギードが戻って来た。
「お茶を入れたよ」
「ねぇ、ギード、城に手紙を書いてはダメ?」
「何故?」
「私は無事だからって……」
ギードは、静かにお茶を差し出した。
「そうだね。考えておくよ。お茶を飲んだら、少し眠ると良い」
レナから無事を知らせる手紙が城に届けられたのは、その数日後の事だった。




