手紙 そして計画
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●エリザ…レナのお付き・魔人
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ドミニク王子…ムートル国国王の弟
●ドミニク老人…コサムドラ国高級役人
●エヴァ…レナの親友
●ギード…謎の魔人
●カーラ…エヴァの同級生。城のメイド。
城で魔人修行中のレナ。
街で地下組織の偵察中のエリザ。
カフェを任され自信を取り戻したエヴァ。
その全てがギードに繋がっている……。
「カーラ、机の上の花瓶を洗って。それが終わったら、ここは終わり。食堂の準備に行くわよ」
「はい」
先輩メイドがその場を離れた。
カーラは花瓶を洗い、その下にエプロンに忍ばせていた手紙を置いた。
「いらっしゃいませ!」
エヴァが任されたカフェは、当初の予想を上回る収益を上げていた。
十四歳のエヴァに店を任せるなんて、そんな上手い話がある訳がないと反対していた両親も、店内の様子を自らの目で見ると、最初の反対など、なかったかのように手放しで喜んだ。
エヴァの商才はギードが思った以上の物だった。
「そろそろケーキの種類を増やした方が良いと思うの」
「そうだね、客が飽きる前に目新しい物を出したほうが良いね」
「いくつか候補があるから、ギード、あなたが決めて」
「僕で良いのかい?」
「ええ、今は女性客が多いけれど、男性客に合わせた物も出したいから」
「なるほど」
本当に、城のメイドになんかならなくて良かった。
時間があればやって来るカーラの愚痴を聞く度に思った。
「エヴァ、あなたは良いわね」
ため息をついて、ケーキを頬張るカーラは、メイドの採用通知を貰った時のカーラとは別人だ。
今は私のほうが自信に満ち溢れてる。
「そんな事ないわよ。毎日本当に忙しいのよ」
そう言いながらカーラのカップにお茶を注ぐ姿は勝ち誇っていた。
「使用人も沢山いるのね」
「そうね、あ、あそこに居る人はお城でメイドをしていたらしいわよ」
「え?」
「お給料が、ここの方が良いからって、メイドを辞めてまできてくれたの。凄く仕事が出来る人で、本当に助かってるわ」
「本当、お城の仕事は、こき使われるだけで、若いウチのお給料は大した事ないのよね」
自分より成績の良いエヴァが落ちて、何をやっても普通でしかない自分が、憧れだったお城で働けるなんて思ってもみなかった。
こんな幸運二度と起きないと思えるほど嬉しかった。
でも、それは幸運でもなんでなく、父が城で働く友人に頼んだからだと知ったのは、働き出して暫くしてからだった。
「やぁ、君がカーラか。大きくなったね。メイドの制服、よく似合ってるよ」
そう声をかけてきたのは、父の友人だった。
「お父さんに頼まれてねぇ。でも、君のメイド姿を見たら、お願いを聞いてよかったと思うよ。私の顔を潰さないように頑張って働くんだよ」
父の友人に悪気は一切なかっただろう。
しかし真実を知ったカーラは衝撃を受けた。
自分の力で手に入れた職だと誇らしかったのに、違ったのだ。
袖を通すたびに嬉しくて小躍りしていたメイドの制服も、何だか垢抜けない物にしか見えなくなった。
「カーラ、最近仕事に集中してないね」
先輩メイドに指摘されればされるほど、嫌になった。
それでも、任される仕事が少しずつ増え、働くと言うのはこう言う事なのかもしれない、と自分に言い聞かせて納得し始めた頃に届いたのは、エヴァが大通りでカフェを開くと言う案内だった。
行列の出来ているエヴァのカフェを見て、やはり出来る人は違うのね、と自分の小ささを実感してしまった。
「実はね、カーラにお願いがあるの」
そんなエヴァに、こんな自分がお願い事をされた。
エヴァに付いて行こう、そうすれば普通の私にも何か凄い事が起こるかもしれない。
カーラは、快く引き受けた。
レナは部屋に入った瞬間、エヴァの気配を感じた。
魔力の訓練を始めてから、レナの魔力は随分と力を増しており、わざわざ魔力を使わ無くても人の気配程度なら難なく感じられるようになっていた。
花瓶の下に置かれた手紙から、エヴァの気配と最近部屋の掃除に来るようになった新しいメイドの気配を感じた。
『レナへ
お久しぶりね。
あの日は、急に帰ったりしてごめんなさい。
実は大通りに出来たカフェを任される事になりました。
一度来てくれると嬉しいな。
エヴァ』
メイドとエヴァは友達なのかしら。
何だか友達を取られたような気分になった。
エヴァの親友は、私よ。
レナは、エヴァからの手紙を大切に仕舞った。
エリザは、居酒屋の一番奥の席に座る少女が気になっていた。
「あぁ、エヴァだよ」
顔なじみになった店員が教えてくれた。
エヴァ、確かレナ様の幼馴染も同じ名前。
まさか、あの子が地下組織に関係しているのだろうか。
「エヴァはね、ギードのお気に入りだから」
ギード、やっとこの名にたどり着いた。
「あの子いくつなの? 凄く若く見えるけど」
「そら若いさ、十四になったばかりだよ」
「お酒飲んでるじゃない」
「この店では、そんなの関係ないよ。ミレーヌ、あんた結構お堅いんだな」
しかし、店の中でエヴァの事を話題にしたのは軽率だった。
帰り道、店を出た時からずっと背後に人の気配を感じていた。
いや、人ではない、これは魔人だ。
そして、わざと気配に気付かせている。
「そうだよエリザ」
エリザの反応が一瞬遅れた。
「エリザ! エリザ!」
この声はレナ様。
エリザが目を開けると、兄のジャメルが真っ青な顔して、エリザの顔を覗き込んでいた。
「近いわよ、ジャメル」
エリザは起き上がろうとしたが、ジャメルにとめられた。
「もう暫く安静に」
エリザは自分の身に何が起こったのか、全く分からなかった。
思い出そうとすると、酷く頭痛がした。
「もう、今夜はゆっくり休ませてあげようよ。凄く辛そうよ」
レナは、今にも泣き出しそうだった。
「そうですね……」
部屋から誰も居なくなった。
何故城に戻っているんだろう。
ギードに声を掛けられた所までは覚えている。
あれから、どのくらい時間がたったのだろうか。
油断したつもりは無かった。
と言う事は、ギードの魔力はエリザとは比べ物にならない、と言う事だろうか。
翌日、洗濯屋には手紙で、母が病で暫く街には戻れない、と急に辞める事を詫びた。
母など記憶にも無いが。
「エヴァの事、姫君には、暫く伏せておいたほうがいいだろう」
エリザもジャメルと同じ意見だった。
「そうね、まさか、そんな事思いもしないものね」
「ギードが街に居る事は分かった事だし、もう街には戻るな」
「でも……」
「ダメだ」
「まだ、それ以上の事は何も分かってないのよ」
「お前に何かあったらどうする。今回だって、無事だったのが不思議なくらいだ」
ジャメルは怒って部屋を出て行ってしまった。
兄は兄なりに、私の事を心配していたのだろう。
随分と心が乱れているのが伝わってくる。
「エリザ、大丈夫?」
ジャメルと入れ替わりに入ってきたのはレナだった。
「大丈夫ですよ。兄が大げさなだけです」
レナは、無言でエリザの頭部に触れた。
その瞬間、ズキズキと痛んでいた頭から、痛みが消えた。
「私も、このくらいは自由に使えるようになったのよ」
レナが満足気に微笑む。
「お見事です」
病や怪我を治す魔力は、相当強い物を持っていないと出ない。
それを、この短期間で使いこなすとは、やはりレナ様の魔力は底知れぬ物だ。
「街の様子をお聞きになりたいんでしょ」
「あ、分かっちゃった?」
「皆さん、お元気でしたよ」
レナは嬉しそうに、椅子を持ってきてベッドの横に座った。
わざとエヴァの話はしなかったんだわ。
エリザもジャメルも、街では何も情報は無かったと言ったけれど、何か隠しているのは確か。
何かがあったから、エリザは門の前に倒れていたのよ、そのくらい私でも分かるわ。
レナは、自らもエヴァの事はあえて聞かなかった。
わざわざ計画を悟られるような事、自ら言う必要もない。
「ちょっと、あまりつつかないで!」
レナが隠れている足元の毛布を、ドミニク王子が時折つつくのだ。
「だって、生きてるか心配なんだもの」
「大丈夫よ!」
二人は、小さな声で囁きあった。
レナは街の見学に行くドミニクの馬車に忍び込んだのだ。
同行者はドミニク老人だけなので、なんとかなる、とレナは思い切って乗る事にした。
城ではレナが居ない事に気が付いただろうか……。
そろそろ馬車を降りないと、追っ手が来たら計画は失敗する。
レナは、ドミニク王子の足をつねった。
「痛い!」
ドミニク王子の悲鳴に、ドミニク老人も流石に気がついた。
「どうかしましたか?」
「ちょ、ちょっとお腹が痛くて……」
「それはいけない! 城に戻りましょう!」
レナがドミニク王子の足をつっついた。
「あ、あの、えっと、どこかでお手洗いを借りれれば……」
「そうですか」
ドミニク老人が、御者に馬車を止める場所を指示した。
「おや」
カフェで、今後の事業計画をエヴァから聞いていたギードが思わず呟いた。
「ギード? どうかした?」
「いや、何でもないよ」
ギードが嬉しそうに微笑んだ。




