エヴァの受難と幸福 満たしてくれるのはお酒
●レナ…主人公。コサムドラ国皇女・魔人
●アンドレ…レナの父・コサムドラ国国王
●エリザ…レナのお付き・魔人
●ジャメル…エリザの兄・高級役人・魔人
●ブルーノ…ムートル国国王
●ドミニク…ムートル国国王の弟
●ドミニク老人…コムサドラ国の高級役人
●レオン…レナの幼馴染
●エヴァ…レナの親友
●ギード…謎の魔人。
レナとエヴァ、新たな一歩を踏み出す。
レオンと分かれたエヴァは、すっかり酔いが覚めてしまった。
飲みなおしに居酒屋へ戻ろうか。
今戻ったら明日の朝、仕事に行けなくなるのは分かっていたけれど、今の気分のまま帰る気にもならない。
ぶらぶらと雨の中を歩き続けた。
「やぁ、エヴァ。帰ったんじゃなかったのかい?」
「あら、ギード。こんな所でどうしたの?」
レナ披露目の日、エヴァを居酒屋へ連れて行った美少年ギードだ。
「飲みすぎて、酔いを覚ましに歩いていたらエヴァが見えたからさ」
「私は、飲みなおそうかと思って」
こんな所でギードに会えるなんて、レオンも、レナも、もうどうでも良いわ。
エヴァはギードに会いたくて、居酒屋に通っていた。
クレマン家で働く予定だったがクレマン氏が失脚。
訓練校の校長が、何とか探し出してくれた職が、大商人の豪邸でのメイドの仕事だった。
しかし、豪邸の主人は傲慢な男で、エヴァの身体を見る目が嫌で嫌でたまらなかった。
校長が探してくれた職だからと我慢していたが、もういい。
「ね、ギード。飲みなおしに行きましょうよ」
「そうだね」
ギードはエヴァと手をつないだ。
エヴァは、耳まで赤くなるのが自分でも分かった。
「さぁ行こう、エヴァ。良い店があるんだ」
二人は夜の大通りに消えていった。
「どうしましたレナ様。えらく丁寧に作っておられますね」
レナは、エリザが驚くほど丁寧に布の球を作っていた。
「だって、直ぐにほどけてしまうのよ」
「何に使っているのです?」
「これを思い切りジャメルにぶつけてやるのよ」
なるほど。
エリザは兄がしようとしている事が分かった。
二人がまだ村に居た頃、遊んでいた遊びだ。
「お手伝いしましょうか?」
エリザと言う心強い助っ人が名乗り出てくれた。
そこは国王アンドレの執務室の隣の部屋。
「なるほど、部屋の様子が外に漏れないようにしたのね」
「さあ、エリザ始めましょう!」
「他のお勉強も、そのくらい積極的だと良いんですけど」
レナは、プッと頬を膨らませた。
「だって、悔しいんだもん。ジャメルをやっつけたいもの」
「兄は手ごわいですよ」
兄ジャメルの魔力に関しては、妹である自分が一番分かっているつもりだ。
確かに、兄に勝てるのはレナ様だけかもしれない。
そうなった時、レナ様の魔力が末恐ろしいものになるだろう。
「では、やってみてください。先ずは、この布の球を浮かせて……」
エヴァはプワプワと浮く椅子を見て大喜びしていた。
最近は、ギードと二人で飲む事が多くなっていた。
「ねぇ、ギード。凄いマジックね!」
「そうだろ? エヴァが元気になって良かったよ」
「え?」
ギードは椅子を下し、エヴァの隣に座った。
「最近、あんまり元気がなかったから心配してたんだよ」
「本当に? 何か嬉しいな」
本当にウンザリする日々だった。
結局、勤勉な両親の血を引いたのか、幾ら遊び歩いても仕事には向かってしまう自分が嫌だった。
屋敷の主人は、新しいメイドに手を出す事で有名だった。
「あんたは、まだ子供だから大丈夫だろうけど気をつけなよ。ご主人と二人きりになるんじゃないよ」
屋敷に長く勤めるメイドが、初日に忠告してくれた。
出来るだけ、一人にならないよう仕事をしたが、それでも主人はエヴァが一人の時を狙って近づいてきた。
「エヴァ、そこの新聞を取ってくれるかい」
主人に近付き新聞を差し出した。
が、主人が伸ばした手の先は新聞では無く、エヴァの胸だった。
主人のゴツゴツした手が、エヴァの胸にいやらしく触れた。
「いや!」
エヴァは手にしていた新聞を落とした。。
「思ったほどは小さくないな」
主人は、何事も無かったようにエヴァの落とした新聞を拾い読み始めた。
これが始まりだった。
すれ違う度に、お尻や胸を触られた。
どんどん自分が穢れていく気がした。
「エヴァ、嫌だったら辞めたら良いんだよ。何も無理してここで働く必要ないだろう」
他のメイド達は心配してくれたが、やっと決まった仕事を喜んでくれた両親の手前、辞められなかった。
そして、その気を晴らしてくれるのは居酒屋で飲む酒とギードだった。
レオンに酔っ払っているのを見つかった翌日、エヴァは酒が残ったまま屋敷へ向かった。
主人は、直ぐに気が付いた。
「エヴァ」
主人の寝室の掃除をしている時、うっかり一人になってしまった。
主人は寝室の扉を閉めた。
背後から抱きしめられ、ベッドに押し倒された。
「酒の臭いがするな。まだ十四だろ」
そう言いながら、エヴァの身体をまさぐり始めた。
「止めて下さい!」
「騒ぐとクビにするぞ」
主人の臭い息がエヴァの顔にかかる。
エヴァの事を、無理しても働く必要の有る家庭環境とでも思ったのか、主人は手を止めようとしない。
「やめて!」
エヴァは、主人を突き飛ばし寝室を飛び出した。
寝室の外には、主人の妻が居た。
妻は、エヴァを一瞥して言った。
「何を勿体ぶってるんだか」
その一言で、エヴァは二度とここへは来ない決意をた。
「仕事、辞めちゃった」
もっと早く辞めれば良かった。
何を意地になってたんだろう。
「酷い職場だったんだね」
ギードはエヴァのグラスに酒を注いだ。
「うん」
初めて人に話した。
こんな事、誰にも話せない。
でも、もしかしてレナがそばにいてくれたら、最初に胸を触られた時、相談できたのかもしれない。
そして、レナだったら「そんな仕事辞めてしまうのよ!」と、強く言ってくれたのかも。
今日、役場に求職票を出しに行ったが、城の試験に落ち、内定先が潰れ、勤め出した先は直ぐに辞めてしまって、役場の人も顔をしかめた。
「辞めた理由を聞かれたけど、言えなかったの」
「それに……」
「それに?」
「男の人が怖い……」
「僕の事も怖い?」
「ギードは、怖くない」
レオンも怖くなかった。
「酷い目にあったね」
ギードは優しくエヴァの手を取った。
「なんか、ついてないのよね、私」
そう言うと、エヴァは涙が止まらなくなった。
「私、何か悪い事したのかな」
「悪い事なんかしてないだろエヴァは。ただ、運が悪かっただけじゃないか。なのに、こんな泣く程辛い思いをしてさ。中には、そこに産まれたと言うだけで、働きもせず幸せに暮らしてる人もいるのに。不公平だよ」
ギードの言葉で、エヴァの脳裏にレナの顔が浮かんだ。
「ほんと、そうよね。私はただ、働きたいだけなのに」
「大丈夫。エヴァは優秀なんだから、必要としてくれる場所があるよ」
「うん」
レオンに言われた時は、素直に聞けなかったのに、ギードの言葉は心にすんなり入ってくる。
「メイドの仕事ではないけど、僕達の仕事を、手伝ってくれないかな」
憧れて、会いたくて居酒屋に通った、あのギードに認められた。
それだけで、エヴァは屋敷での嫌な事を全部精算できた気がした。
「もちろん、ギードの頼みなら何でもする」
「ほんとに?」
エヴァはギードに見つめられて、心の中が幸福感で満たされた。
「私もお願いギードにお願いがあるんだけど」
「何? 僕にできる事なら」
今なら言える。
凄く幸福な気分だから。
「抱きしめて」
一瞬ギードが驚いた顔をした。
言わなきゃ良かったかな。
そう、思った瞬間エヴァはギードの腕の中にいた。
屋敷の主人に穢された身体が、浄化されていく気がした。




