若い王 レナと和解
●レナ…主人公。コムサドラ国皇女
●エリザ…レナのお付き
●ブルーノ…ムートル国国王
●ドミニク…ムートル国国王の弟
●ベル…レナの祖母ルイーズのお付き。レナを見守り続けている。
●レオン…レナの幼馴染
●エヴァ…レナの親友
面会叶わず、ブルーノの元に怒鳴り込んでしまったレナ。
ドミニクは、面白がっているが…
「レナ、兄さんが夕食に招待したいって言ってるんだけど……、来てくれる?」
何故だかドミニクに頼まれると嫌とは言え無い。
そもそも、面会を望んで来ているのだ。
断る理由もないが、やはり昼間の騒動を思うと顔を合わせ辛い。
出来る事なら、今すぐに自分の国に帰りたい。
「当たり前ですよ。あんな無鉄砲な事をして」
エリザにはすっかり呆れられている上、早馬で祖母や父そしてベルにまで報告されてしまった。
父アンドレから、娘の非礼を詫びる手紙がブルーノ国王の元へ届くのも時間の問題だ。
本当に恥ずかしい事をしてしまった。
「用意ができたら、僕が呼びに来るね!」
レナの沈んだ心とは裏腹に、ドミニクは楽しくて仕方が無い様子だった。
すっかり落ち込んでしまったレナの頭に声が響いた。
「レナ、またこの国へ来たんだね」
ギードだ。
エリザも気が付いたが、ここは他国。
どうする事も出来ない。
「レナ様、お心を鎮めて」
「分かってる」
心を弄ばれ無いよう、心の扉を閉めた。
「レナ、また会おう」
ギードの声は、それで消えた。
エリザは後を追いたかったが、他国で魔力を使う事は魔人である事を悟られる危険が高い。
陽が落ち始めた。
今夜もあの広場では、ならず者や女達が騒いでいるのかしら。
そして、ギードもそこにいるのかしら。
エリザに夕食へ向かう支度を即されるまで、落ちて行く陽をぼんやりと見続けていた。
静かな夕食だった。
誰もが無言で、食器の音だけが響く。
ドミニクはブルーノとレナを興味深そうに見ていた。
デザートになり、お茶が運ばれた時、ブルーノが口を開いた。
「君のお父様から手紙が来たよ」
「本当に昼間の事は、何てお詫びすれば良いのか……」
レナには、ブルーノが怒っているのか、呆れているのか、分からなかった。
魔力が使えれば良いのに。
何度も、そう思いながらこの針の筵の様な夕食会に耐えていた。
「お母様を、去年亡くされたんだってね」
「はい……」
「僕は十五だった」
「え?」
「両親が亡くなったのは、僕が十五で、ドミニクが五歳、もう一人の弟ハンスは十歳だった」
「馬車の事故だったと伺いました」
「両親は亡くなり、同乗していたハンスは行方不明なんだ」
「行方不明?」
「山の中で馬が足を滑らせてね、谷に落ちたんだ。ハンスだけが見つからなかった」
「そんな……」
「あの日から僕はこの国の国王になってしまった」
「十五歳で、ですか……」
「僕は五歳だったよ!」
ドミニクが、何とか二人の会話に入ろうとした。
「ドミニク、レナ姫様を美術館にはご案内したのか?」
「もちろん!」
「前国王ご夫妻の肖像画を拝見いたしました」
お世辞ではなく、本当に美しい絵だった。
「あの絵は、本当によく描けていてる」
「兄さんも見に行けばいいのに」
「ドミニク、私が宮殿の外に出るのは、そんな容易い事ではないんだよ」
「僕には簡単なのに!」
ドミニクには、ブルーノが城を抜け出す事がどれ程難しい事なのか、想像つかないのだ。
「レナ姫様、明日面会の公式行事を行おうと思います」
「え?」
ブルーノの突然の申し出に、レナは思わず聞き返してしまった。
「僕は、ずっと公式行事から逃げ続けていたんだ。突然国王になった十五の僕を周りは腫れ物の様に扱ってね。何をするにも大袈裟になるし、嫌になってしまったんだ」
「国の運営は、どうなさっていたんですか?」
他国の運営について、質問寸なんて!
レナの不躾な質問に、控えていたエリザは肝を冷やした。
「何もかも、大人達が勝手にやってくれています」
国王になった当初は、父の教えを思い出し何とか立派な国王になろうと努力した。
しかし、周りの大人達は「まだお若いですから」と、そんなブルーノを必要としていなかった。
「役人任せだからダメなんだって、パン屋の親父が言ってたよ」
ドミニクが得意げに言った。
「辛辣だな。でも、その通りなんだよ。国の治安は益々悪い方へ向かってる。レナ姫様、街をご覧になって、どうでした」
「ご存知かと存じますが、私は一年前まで街で、我が国の街で暮らしておりましたが、そこに比べると随分と危険な感じがしました」
ブルーノの顔が少し険しくなり、レナの歯に着せぬ物言いに、エリザが青ざめた。
「はっきり言って下さって、ありがとう。僕の周りの大人達は『我々に任せてくだされば大丈夫』と言っていたが、全く大丈夫ではなかった、という事だったんだな」
「その大人達が、私とブルーノ国王様の面会を邪魔していたのですね」
「レナ様!」
とうとうエリザが我慢できずに、レナの口を止めようとした。
「僕も、もう大人だ。しっかりしなければ、とレナ姫様突然の来室で思いました」
「もぅ、その事は……。恥ずかしい」
レナは思わず小さくなった。
「いえお陰で事実を知る事が出来ました」
「まさか、こんな子供が国王に怒鳴り込むなんて思ってなかったでしょうし……」
レナは改めて自分の行動が、いかにあってはならない事だったのか思い知った。
「レナ姫様のお父様に、返事を書いておきました。まだ小さなレナ姫様が公務をされているお姿を見せてくださったおかげで、自分もしっかり公務をしなければと思った、と」
一番胸を撫で下ろしたのはエリザだ。
「そして、小さい弟の事、よろしくお願いします、とも」
ドミニクが目を丸くした。
「本当に、行ってもいいの?」
「勿論、遊びに行くのではないぞ。ドミニク老人に、しっかり教育してもらうためだ」
ドミニクは、兄の言葉を最後まで聞かず「準備しなくっちゃ!」と、出て行ってしまった。
「全く教育の出来ていない弟ですが、よろしくお願いします」
「私もまだまだ勉強です。ドミニク王子と一緒に学んで行きたいと思います」
ブルーノとレナは、しっかりと握手をした。
翌日、早朝から宮殿の庭では慌ただしく昼食会の準備が行われた。
宮殿の中で面会式が行われた後、庭で昼食会が開かれるのだ。
メイド達も五年ぶりの華やかな行事の準備に生き生きと働いていた。
「ムートル国ブルーノ国王様、初めまして、コサムドラ国アンドレ国王皇女レナにございます」
「レナ姫様、遠い所をよくお越しくださいました」
たった、この言葉のやり取りの為に、どれ程待ったことか。
レナは、何だか可笑しくなって、笑い出すのを堪えるのに苦労した。
その後、庭でムートル国の貴族や有力者達との昼食会である。
彼等も五年ぶりに急遽行われた行事に浮き足立っているようで、賑やかな昼食会となった。
「どうやら私は、レナ姫様以外にも、沢山の方をお待たせしていたようです」
レナの隣に座っていたブルーノが、レナに耳打ちした。
「みなさん、楽しそうですね」
楽しそうな大人達の中に、相変わらず自由奔放なドミニクの姿があった。
有力者のひとりを引っ張り出して、2人で奇妙なダンスを踊り出した。
周りは大喜びだ。
「本当に五歳から何の教育も受けておりませんし、周りが甘やかすもので、すっかり我儘になってしまいました」
「でも、優しいですよドミニク王子は」
「おや、そうですか」
「広場で襲われた時、ドミニク王子は私を庇ってくださいました」
意外だった。
あの小さかった弟が……。
成長せず、立ち止まったままだったのは自分だけだったのだと、ブルーノは改めて思い知った。
苦々しい顔でテーブルに着いている役人達を見て、改めてこれからの苦難を実感した。
ムートル国にいるエリザから、ベル宛に手紙が早馬に託された頃、ベルは街に居た。
ルイーズから、
「披露目された姫が、街に住んでいたレナだと気付いた者が居るか確認して欲しい」
と、頼まれたのだ。
ギードの存在は、古城にいるルイーズとベルにも知らされた。
レナにとって、ギードなる少年が的なのか味方なのか分からないが、街でレナの余計な情報が漏らされぬよう確認をしておく必要がある、と思ったのだ。
ずる賢い人の心を弄ぶ魔人の事だ、何を企むやら分かったもんじゃない。
ルイーズの中で、ジャメル、エリザ、レナは魔人には属していない。
魔力を使えるが魔人ではない。
魔人と言うのは、魔力を持ちずる賢く良からぬ事を企む者の事、という事らしい。
ベルも近からず遠からず、同じ様な認識になっていた。
久しぶりの街だか、街は何も変わっていなかった。
「あら、ベルじゃない。息子さんの居る街に越したって聞いてたけど、戻ってきたのかい?」
声を掛けてきたのは肉屋の女将だった。
年頃も近く、住んでいた頃は毎日の様にお茶を飲み話し込んでいた。
「家がね、気になって見に来たんだよ」
「人が住まなくなると、痛むのが早いって言うからねぇ」
肉屋の店先で、お茶を飲み話し込む。
何だか住んでいた頃に戻った様だ。
「レナも時々は帰ってくるかい?」
「一度エヴァが帰って来たような事を言っていたけど、それ以外は聞かないねぇ」
「そうかい」
世間話しをして、肉屋自慢の肉団子を買い、店を出た。
この肉団子はレナの好物だ。
「また来とくれよ、ベル」
「そうするよ」
街のあちこちで、声をかけられたがレナの素性に気付いている者には出合わなかった。
「ベルさーん!!」
遠くから大声で呼び走ってきたのは、レナの幼馴染レオンだった。
もしかすると、レオンはエヴァから聞いた可能性がある。
ベルは思わず身構えてしまった。
「どうしたの怖い顔をして。僕の事忘れちゃった? ベルさんの家の隣に住んでたレナの幼馴染レオンだよ」
「ああ、レオン! 最近は目も疎くなってね、ごめんよ気が付かなくね」
「そんな事、気にしないで。ベルさん、元気だった? 変わりない?」
この一年と少しでレオンはすっかり背が伸び、少年から青年に変わろうとしているようだった。
「私は元気ですよ。他の皆さんは、お元気なの?」
「それが……」
レオンの様子からして、良くない報告だと言う事だけは分かった。




