迫る闇 新たな魔人
普通の少女から皇女になったレナ。しかも、自分が忌み嫌われる魔人であると知る。
その事で親友エヴァとも距離をとらざるをえなくなり、友を失う。
しかし、皇女としての日々は待ってくれない。
皇女の仕事として隣国ムートルへ挨拶へ向かうが、国王と会う事が出来ず隣国へ通いながら自国運営に関する勉強に追われる日々。
ムートル国庭番の少年ドミニクと、こっそり街へ出かけたレナだが……
一見平穏平和に見えるムートル国も、街から日の光が消えると様子が一変する。
レナとドミニクは、もっと早く宮殿に戻るべきだった。
「走れる?」
「もちろん、運動実技は得意中の得意よ!」
二人は宮殿に向かって走り出したが、既に手遅れだった。
「痛い!」
突然レナは何者かに腕を掴まれた。
「見ない顔だね」
「やめろ!」
ドミニクの声で振り返ると、ドミニクが男数名に羽交い絞めにされていた。
レナ自身も腕を掴まれ、振りほどこうとするも相手の力が強くどうにも出来ない。
一発ひっぱたいてやろうと、相手の顔を見ると戦意喪失。
見るからに屈強な男である。
辺りを見回すと、そんな男がゾロゾロと現れた。
どこからだろう、これはつけられてたわね。
魔力を封印していなければ、確実に気付けたのになぁ。
レナは魔力を使うべきかどうか悩んだ。
「お前達、魔人か!」
ドミニクが叫んだ。
「え? 魔人なの?」
そんな気配しないけど、と思わず言いそうになった。
「離せ! エヴァには手を出すな」
相変わらず、ドミニクが全力で暴れている。
「オネーチャン、エヴァって言うのかい?」
レナの腕を掴んでいる男がニヤニヤと、レナを見ている。
「まぁね」
これは思い切って魔力を……。
と、思ったとき、レナは魔人の気配に気が付いた。
そんなに強くは無い。
誰?
どこから?
レナにとっては、城に居る魔人以外では始めての魔人である。
「広場に行こうよ」
辺りはすっかり薄暗くなり、声の主が誰なのか分からなかった。
広場まで連れて来られた理由が分かった。
ここには酒を出す屋台がずらりと並んでおり、そこから漏れ出る明かりが辺りを明るくしていた。
屋台の客は酔っ払いで溢れかえっている。
客の多くは男達だが、その中に肌を露に着飾った女の姿もチラホラ見える。
広場に着いて気が付いたが、レナとドミニクを襲ったのは皆若い男達だった。
中には、レナとそう変わらない年齢の者も居る。
「なんだよ、俺達がそんなに物珍しいか、エヴァちゃん」
広場に来てやっと腕を開放されたレナは、自分の置かれた状況を忘れて、広場をじっくり見渡してしまっていた。
「そう言うわけでは……」
「怖くないのか?」
怖いわよ、と言おうとした瞬間、誰かがドミニクに噛み付かれたらしい。
「いてぇ! このクソガキ!」
ドミニクが殴られそうなのを見たレナは、思わず近くあった石を乱暴者に投げつけてしまった。
石は見事に乱暴者に当たり、ドミニクは乱暴者の手から間一髪で逃れた。
が、今度はレナが狙われる番になってしまった。
「あら、新しい子、見つけてきたの?」
胸元の大きく開いた赤いドレスを着た女が店から出てきた。
「助けてください!」
レナは女に駆け寄った。
が
「嫌よ。他人のゴタゴタに巻き込まれるのは、まっぴらごめん」
と、逆に追ってきた男に突き出されてしまった。
殴られる!
「やめておきなよ」
小さな声だった。
しかし、頭の中に響くような不思議な声だった。
「ギードがそう言うなら」
少年達が一斉に大人しくなった。
「あんた、ギードに気に入られたんだね」
赤いドレスの女はレナに意味有り気に微笑むと店の中へと消えていった。
肌の色が透き通るように白い少年が近づいてきた。
「君、この国の人じゃないね」
そう、この声だ。
そして、魔力を持っているのはこのギードと呼ばれた少年だ。
「そうだぞ! エヴァは宮殿の客人だぞ!」
ドミニクが、ギードからレナを守るように二人の間に立った。
「大丈夫だよ。僕達はこの子には手は出さない。いや、手が出せない、かな?」
ギードがレナの目を覗き込む。
思わずレナもギードの目を見てしまった。
「ほら、もう直ぐお迎えが来るよ。ドミニク王子」
「おうじ!!!!」
レナは思わず大きな声を出してしまった。
「おや、知らなかったの? ドミニク王子は、ブルーノ国王の下の弟君だよ」
「ええええ……」
「そのくらいの事、君なら分かったんじゃないの?」
「どう言う事かしら」
レナは改めて魔力を封印した。
ジャメルには散々しぼられたけれど、魔力を封印する方法学んでおいて良かったわ。
ギードは不思議そうな顔でレナを見ていた。
「ドミニク王子、この子は一体だれですか?」
「お前達魔人になんか、答える必要なない」
「魔人、なの?」
レナはギードに訪ねた。
「この国ではね、僕達のような者を魔人って言うんだよ」
ギードが何かに気が付いた。
「来るぞ」
ギードの一声で居酒屋が一斉に店の明かりを消し、少年達も闇に消えた。
ムートル国の兵達が広場にやって来たのは、その直ぐ後だった。
宮殿に戻ったレナは、エリザにこっぴどく叱られた。
「そもそも、レナ様が街になど行くと言わなければ王子も行く事は無かったのです。他国でこのような事件を起こすなんて自覚が足りません。もし、レナ様や王子に何かあったら、どうするつもりだったのですか」
要約すると、このような事をたっぷり1時間言われ続けた。
「でも、ご無事で良かった。他国では私も兄も、どうする事も出来ませんからね」
「あのね、エリザ。この国に魔人がいる」
エリザのお説教がひと段落したところで、レナは切り出した。
「それは、居るでしょうね。中には、人間からも同じような能力を持った者が産まれる事もありますし。このお話は、城に戻ってから詳しくしましょう。来週、国王との面会が決まりました。早くお休みください。明日は一度城へ帰ります」
やっと、ムートル国ブルーノ王との面会が決まった。
とは言っても、本当に面会が行われるのかは、その日にならないと分からない。
何より、あんな事があった後だ、自分の部屋に戻れるのは願ったり叶ったりだ。
「兄との勉強も、これで進められますね」
レナは、エリザの顔を穴が開くほど見つめた。
城に戻ったレナは、ドミニクの事が心配だった。
叱られたんじゃないかしら。
王の弟君とは知らず、失礼な事をしたんじゃないかしら。
「ドミニク様も同じ事を思っておられるようですね」
ドミニクからの手紙だった。
「先ほど、早馬で届きましたよ」
『レナ様へ
このまえは、怖い思いをさせてごめんなさい。
姫様と知らずに、ごめんなさい。
ドミニク』
そして、同封されていたのはブルーノ王からの手紙だった。
『レナ姫様
先日は弟ドミニクが失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした。
これも、私がいつまでも面会できなかった為と反省しております。
来週、お待ちしております。
ブルーノ』
「ねぇ、エリザ。お返事しなくちゃいけないわよね」
「もちろんです。こちらも早馬でお届けしましょう」
レナは急いで返事を書き始めた。
明日ブルーノ王と面会と言う日の夕方、突然レナの頭の中にギードの声が届いた。
「やっと見つけたよ、エヴァ。いや、レナ姫様」
エリザとジャメルも気が付いたが、その一言だけでギードの気配は消えた。
ジャメルが城の外まで行き、ギードの気配を探したが全く見つけることが出来なかった。




