復活2
「私やっぱり店に戻るわ。仕事をしていた方が思い出せる気がするの」
ここ数年、馬車馬の様に働き詰めだったエヴァは、とうとうじっとしていられなくなったのか、働きたいと言い始めた。ただ、事件のあった場所に戻る事は決して良い案とは思えないレナは反対し続けていた。
「私は、エヴァをこれ以上危険な目に遭わせたくないの」
エヴァが危険な目に遭ったのはこれで二度目だ。森でエヴァが襲われた事は、エヴァ自身は記憶にないがレナにとってショックな出来事だった。それに再びタルメランがエヴァを狙って来る可能性だって否定はできない。
「それでしたら、タルメランがリエーキに居る限りは大丈夫です」
オクサナはエヴァが店に戻る事に賛成だった。
レナは、この親切で腕の良い魔人女医を疑っている訳ではなかった。疑っているなら、自分の出産に立ち会ってもらう様な事はしない。ただ、どうしてオクサナがこんなにリエーキの状況について詳しいのが気になっていた。
「私、オクサナさんをとても信頼してるの。でも」
レナが最後まで言い終わらぬ内に、オクサナが遮った。
「どうして、リエーキの現状を知っているのか、ですよね」
そう言って、レナの手を取った。すると、オクサナの手からレナの手へと、オクサナの記憶がするすると入り込んで来た。
自宅で髪を自ら結っている十八歳のオクサナが、鏡に映り込んでおり、とても勝気な性格がその美しい顔からも滲み出ている。
「お父様、早く支度をしないと遅れるわよ」
この日は、オクサナが医者として、同じく医者である父と共に城へ初めて行く日だった。
オクサナと父が城の医療課の部屋に入ると、そこにいた皆が歓迎の意を込めて拍手をしてくれた。
父は本当に嬉しそうだったが、オクサナには全てが見えてしまった。
なんだ無能の娘か、同じ無脳だろう。
全く良い気なもんだな、馬鹿にされてるのも知らずに。
父親は無脳で役立たずだが、娘は美人じゃないか。嫁にでもとってやるか。
オクサナの着任の挨拶は、怒りで声が震えていた。
父の魔力が非常に弱く、今の地位にあるのはオクサナの祖母がアルセンの父セルゲイの乳母だったからだ。セルゲイにとって、オクサナの父は年の離れた兄の様だった。能力で得た地位ではなかった。
だったら、私が能力でこの地位を守り切ってみせる。それからは、意地だった。
父セルゲイから遠ざけられていたアルセン少年にとって、オクサナの父は何かと世話を焼いてくれる頼れる存在だった。
娘が城に来ると聞いて、父親を取られる様な嫉妬の感情に支配されたアルセン少年は、オクサナの初日をこっそりと見てた。
あの日からアルセン少年にとって、怒りに震えていたオクサナは、大事な人を馬鹿にする愚か者を見返す仲間となった。
レナの手からオクサナの手が離れた。
「じゃぁ、オクサナさんのお父さんはアルセンにとって、ベルの様な存在だったのね」
オクサナはとても優しい笑顔で、頷いた。
「とても光栄なことですわ。私はそれから何年かして結婚をしたのですが、アルセン様がへそを曲げて大変でございました」
「何だか想像がつくわ」
レナとオクサナは、顔を見合わせて笑った。
ふと、ハンスとの結婚が決まった時のドミニクを思い出した。
「今の私が居るのは、アルセン様のお陰です。私はアルセン様に永遠の忠誠を誓っております。それは私の二人の息子も同じです」
そう言って、オクサナは胸元から小さな包みを出した。
「それは?」
「私がアルセン様の後を追ってこちらへ来る時に、切り落とした息子の指です」
レナは瞬きもせず、目を見開いてその小さな包みを見つめた。
「驚かせてしまって。この指を通して私は息子と情報を共有しています。ああ、安心なさってください。この指はいつか息子と再会出来れば、元に戻る様に魔力がかかってます」
オクサナは大切そうに、小さな包みを胸元に戻した。
レナはルイーズの寝顔を見ながら、オクサナの苦しみを想像した。永遠の忠誠を誓ったアルセンの為に、大事な我が子の指を切り落とした。それがオクサナの覚悟なのだ。
オクサナを信じよう。
翌日、エヴァはオクサナと共に店に戻る事になった。
「私、子供の頃はお菓子屋さんになりたかったの。私もお菓子作りをして良いかしら?」
「ええ、もちろん!」
楽しそうに城を後にする二人の後ろ姿を見送りながら、レナは決意した。
「私、リエーキへ行ってこようと思うの」
次話も、よろしくお願いします。
(え!?何で。何でレナさん?どして?)




