約束17
ファビオは考えに考え抜いて、今はタルメランについて行くと決めた。
タルメランの言う通り、魔人国を取り返せばタルメランは再び国王になり自分は晴れて王子だ。
そうなればコサムドからレナを連れ出す事など、たやすい事だ。
今迄のファビオは、偽りのファビオだったのだ。真の姿は、魔人国のファビオ王子なのだ。
ファビオは、満足気に微笑んだ。
タルメランは、ファビオがここまであっさりと全てを受け入れるとは思ってもみなかった。
ファビオの本心はどこにあるのだ。
時々ファビオの思考が、全く見えない事があった。それを指摘する事は、自ら魔力がファビオより劣ると認める事となる。それだけは困るのだ。まだ、ファビオに主導権を渡す訳にはいかない。
アルセンは、自分の中にあるリエーキ国と言う存在と決着をつける時だと感じていた。
コサムドラや、ムートルの様に代々続いた王室でもない。魔人皇族の血筋でもなかった。
偽りの歴史だったのだ。
もぅ、良いじゃないか。このままコサムドラに住むただのジャンという菓子職人として生きて行こう。
ただ、それにはリエーキで自分が行ってきた愚行への償いが必要だ。ムートルへ侵攻した時、犠牲になった命への償いも。
アルセンの思考は、何時もここで止まってしまう。
では、どうやって償うのか。そもそも、のうのうとここで幸せに生きていて良いものだろうか。
「ジャン、仕事が終わったら散歩にでも行きましょうよ」
考えが行き詰まると、必ずエヴァが声を掛けてきた。
本当はエヴァにも魔力があるんじゃないだろうか。
「そうしよう」
店を閉めてからだと外はすっかり暗くなっているが、月や星を見ながら散歩をし、途中でレストランに立ち寄って軽く食事をしたり、エヴァお手製のサンドイッチを食べながら歩くのもアルセンの楽しみだった。
自宅は何も変わっていなかった。
「ただいま」
そう言って玄関の扉を開けると、母マルグリットが飾っていた飾り鈴がチリチリと音を立てた。
「おかえりなさい」
母の声が聞こえた気がしたが、そこに人の気配はなかった。
そうだ母さんはタルメラン様に生き返らせて貰って、今頃何処かの大きな屋敷の娘として生きている筈だ。
「引越しをした後で、何もないですが……」
ファビオが灯りを付けると、ガランとした空間が照らし出された。
「なに、屋根と壁があれば十分だよ」
タルメランが言い終わらないうちに、今直ぐ暮らせる様に家の中が整った。
「では、ここを我々親子の拠点としよう」
暮らしていた頃よりも、豪華な室内にファビオは喜ぶべきなのに何だか心の何処かに穴が開いたような気分になった。
「ファビオ、何時までも過去にこだわるのではない」
タルメランはファビオの心に芽生えた後悔を見逃さなかった。
「はい」
それでもファビオの心は複雑だった。
作戦室には、亡き父の書斎があてられた。
まだ父の匂いがするような気がした。
「父さん……」
つい言葉に出してしまった。
父はどうして死んでしまったのだろうか。父が居れば、あのまま変わらない生活をしていたのだろうか。
そして、このままタルメランと共に行動をして本当に良いのだろうか。
次話も、よろしくお願いします。
(近い!タルメランが近くに居る!)




