約束11
温泉街のあの家に着いたエリザとオクサナは、言葉を失った。
ここへ来る前に立ち寄った警備隊の分室でアリサの遺体に対面した。
「これは生きたまま心臓から直接血を抜かれてますね。仕事柄色んな遺体を見てきましたが、こんな遺体は初めてです」
オクサナの言う、色んな遺体とは、魔力で殺された者達の遺体だ。
「心臓から直接血を……」
エリザは、カリナの話を思い出した。
間違いないタルメランだ。とうとう村から下りたのか。
「あの……」
アリサの遺体の前で、怒りと恐怖に立ち尽くす二人に、恐る恐る警備隊員の一人が声を掛けた。
二人のうち一人はあの事件のあった家の持ち主で、二人とも王室で働いている女性だと聞かされており、想像していたのは可憐なメイドだった。
しかし、やって来たのは見るからに気の強そうな、勝手な想像だったとは言え、正直可憐とは程遠い肝の座った女二人だった。
「なんです?」
エリザがギロリと警備隊員を睨んだ。
可憐じゃなくて悪かったわね、思わず口から出そうになった。私だって、可憐な少女だった事もあるのよ。
「あ、え、あの、エリザ様に伝言です。現場の状況は全て記録しましたので、現場に入って頂いていいそうです」
「そう、ありがとう。では、今から向かいます」
表情一つ変えずに答えるエリザに恐れをなした警備隊員は逃げるように去って行った。
家の中は、見た目は何一つ変わっていなかった。
テーブルも椅子も食器も、ベッドに掛けておいたカバーも、何一つ、指一本触れた気配は無い。
しかし、タルメランの行った全ての工程がエリザの目の前に広がった。
「アリサは、タルメランの手でここへ招き入れられた。そして、薬草の入ったお茶を飲まされ、眠ったところを、全裸にされ庭で生きたまま心臓から血を抜かれた」
「どうしたの?」
オクサナは、瞬きもせず事件の全容を今まさに目の前で起きているかの如く話すエリザの肩を揺すった。
「ごめんなさい」
我に返ったエリザは、立ちくらみがした。
そうしている間にも、またアリサは家に招き入れられ、お茶を飲み眠り、殺された。それはエリザにしか見えていなかった。何度も何度も繰り返されるその光景に、エリザはやっと気が付いた。
「どうして、この家だったの……」
マルグリットだ。
いや、でもマルグリットは死んだのだ。間違いなく死んだのだ。
では、誰が。
考える事でエリザは冷静になれた。
エリザはタルメランの手で、復活の儀式に使われたのだ。カリナが一番危惧していた事だ。
しかし、幼いルイーズ様が儀式に狙われていたのでは?
目の前の光景をじっくりと見た。
これがタルメラン王。既に五百年近く生きた王。
すっとエリザが家の中を撫でるように手を振ると、タルメランもアリサも消えた。
「ハンス様とレナ様に早馬を出さなければ」
エリザとオクサナは、警備隊分室へと戻った。
警備隊分室で早馬に持たせる手紙を書いていた。
魔力で意識を飛ばすには遠過ぎる。もし、兄が生きていてくれれば、兄ジャメルとなら可能だった。国をまたいで意識を共有する事も出来たのだ。
ここから城に知らせるには、早馬でも時差が生じる。考えただけでもどかしい。一刻も早く知らせなければ、危険が迫っている。
オクサナは、警備隊に頼まれて別の遺体を診ていた。
「サーカスから姿を消した団員らしいのですが」
警備隊員は多くを語らなかったが、オクサナはすぐに気付いた。
「あの家で見つかった遺体と同じね。直ぐにエリザに知らせてちょうだい」
何か恐ろしい事が起きている。オクサナにもそれだけは理解できた。
深夜タルメランとファビオは闇に紛れて村を後にした。
国を追われ、ここで暮らす様になってどのくらいの時間が流れたのうだろうか。
やっと国を取り戻す第一歩を踏み出せたのだ。長い間かけて、蒔いた種がやっと芽を吹いた。
しかし、時間がかかり過ぎた。この身体と魔力を実体として維持するには足りないのだ。
復活の血が。
次話も、よろしくお願いします。
(とうとう村を後にしたタルメランの行き先は……)




