約束7
魔人村の古びた屋敷の広いキッチンで、食事の準備をしている小さな少女が母マルグリットで、城の中で自らの創り上げた架空の世界で王として君臨しているタルメランと言う魔人の老人が父。
字面として飲み込む事は出来たが、自らの身に起きている事実だとしては到底受け入れ難かった。
一体何がどうなったら、こんなおかしな事になるのだ。俺はただレナと一緒に居たかっただけなのに。
「まだ、ぼんやりするの?」
母マルグリットだと名乗る少女が、ファビオの顔を覗き込んだ。
「あぁ……」
そら、ぼんやりもするだろ。誰がこんな事信じられる。
「食べたら部屋で休みなさい。早く力を取り戻さないと、タルメラン様のお役には立てないわ。このままでは、お役に立つどころか、足を引っ張ってしまうわ」
マルグリットは食事の度に、ファビオの好物を作る。
「毎回毎回こんなに食材を使って、どこから仕入れてるの?」
「下の村よ」
なるほど、この荒れ果ては魔人村で、食材など調達出来るわけがない。
タルメランとマルグリットに導かれやってきた時案内された村は、タルメランが創り上げた架空の世界だった。
やはり、ジョアンやリリーの言う通り、魔人村は荒廃し、それは消滅と言って良い状態だった。
いくらマルグリットに説明を求めても、詳しい事は何も話さなかった。
「今は、ゆっくり休んで力を取り戻すのよ。死の淵にいたタルメラン様を救ったのだもの。貴方は、とても価値のある事をしたの」
マルグリットは踊りだすのではないかと思う程浮かれていた。
倒れたタルメランを、何も考えず自らが疲弊する程の力を使って救ったが、本当に救って良かったのだろうか。
ファビオは自分が一体何の為に、ここにいるのか分からなくなっていた。
タルメランはマルグリットを蘇らせる事で、折角取り戻した魔力を随分と減らしてしまった。
何とかせねば。
「タルメラン様、下の村にサーカスが来てますわ。私、サーカスは嫌いですのよ。奇術をする者は、たいてい魔人なんですもの。きっと売られた子供に違いありませんわ」
食事を運んできたマルグリットが、そんな事を言っていたのを思い出した。
そうか、その手があったか!
翌日、別荘の村で興行をしているサーカス団から奇術をする少女が一人姿を消した。
何十年振りに、望んでいた処女の血を飲んだ。
これ程までに力が湧くものだったとは!
これならば、暫くは大丈夫、何とかなる。しかし、ファビオの回復を待つ時間が惜しい。
そうか、ファビオにも……。
マルグリットは、突然タルメランから一人手伝いの少女が欲しいと言われた。
「私も元気になった。そろそろ計画を実行に移さなければならない。それにはマルグリット、お前の手が必要だ。しかし、そうなるとファビオの世話をする者がいなくなるだろう。誰が、ファビオの世話をしてくれる、ああ、あの事故の時一緒に居たメイドをここに呼べないか?」
とうとう自分があのタルメランの右腕として活躍する日がやって来た。マルグリットの強い虚栄心が満たされる時が来たのだ。
「もちろん、私はタルメラン様のお側に。ではメイドのアリサを、どんな事をしてでもここに連れて参ります」
あのアリサなら、喜んで飛んでくるだろう。何しろファビオに思いを寄せていたのだ。そして今もムートルのあの家でファビオの帰りを待っているのだから。
マルグリットは食材の調達に村へ降りた時、村から早馬を出した。
アリサは生まれて初めて早馬で手紙を受け取った。
「ファビオ様が私を必要としてくれている!」
アリサは取るものもとりあえず、コサムドラの山手にある別荘の村を目指した。
コサムドラでもアリサの動向には注意しており、旅立った事は直ぐにハンスの元へと伝わった。
「レナ、ファビオの家のメイドが旅支度をして出たらしい。後をつけさせているが、昨日コサムドラに入国して、やはり温泉街を目指しているようだ」
「じゃぁ、ファビオは魔人村に居るわけね」
レナが寝かしつけたばかりなのに、ハンスの声でルイーズが起きてしまったが、ぐずる事もなく両親の顔をじっと見つめてた。
次話も、よろしくお願いします。
(アリサ、行かない方が良い気がするよ?)




