約束5
「息子?」
ファビオはタルメランの言葉が、思考を上滑りしてしまい理解する事が出来なかった。
「何だ、まだ混乱しているのか。まぁいい、とりあえず折角ここまで来たんだから、村と城を案内しよう」
歩き出したタルメランの後ろを、何処からともなく現れたあの少女がついて歩いた。
ぼんやり二人の背中を見送りそうになったファビオは、慌てて二人の後に続いた。
リリーが調べた事は一体何だったのか。
村では人々がプルスの街と変わらぬ様子で暮らしている。「タルメラン様、こんにちは」
すれ違う人々は、皆笑顔でタルメランに挨拶をする。
ここでは、ごく普通の生活が営まれているのだ。
「あの、タルメラン様」
「ファビオ、父と呼んでくれ」
この際、呼び方にこだわるつもりはない。
「では、父上。昔起きた惨劇で村人は皆殺されたと聞いておりましたが……」
「そんな事もあったな。しかし、随分と昔の話だよ。ファビオ。今はこうして皆元気に暮らしておるだろ?」
「そうですね」
城に戻った三人は、村を一望できる小さなバルコニーまでやって来た。
「うっ……」
突然タルメランが、苦しみ出した。
「父上!」
ファビオが慌ててタルメランを抱きとめた。腕の中で、ぐったりとしたタルメランにファビオは、どうするべきか考える間も無く行動していた。
タルメランの身体からは生気というものが全く感じられなかった。ファビオは必死にタルメランに力を送った。疲弊した心臓に力を送り、流れの淀んだ血液を全身に巡らせた。タルメランから生気が戻るのと同時に、自分の身体から何かが抜け落ちていくような、今まで経験した事のない感覚に陥った。
「ファビオ……」
母の声が聞こえた気がした。
ああ、力を使い過ぎたのか。このまま死ぬのかもしれない。
ぼんやりとした意識の中で、ファビオは覚悟を決めた。
孤児院に着いたレナとオクサナを、子供達は大喜びで出迎えた。
「さぁ、レナ様が約束のお菓子を持って来てくださったわよ。でも、その前に皆が元気に成長しているか先生に診せてね」
お菓子と聞いた子供達の目は、期待で輝いていた。
「確かに奇術の得意な子が居ますよ。殆どが親も分からない子ばかりで、大抵はここを出るとサーカスや見世物小屋で働き始めますな。どんな仕事でも、ちきんと働く子供に育てておりますから」
孤児院の院長は、自慢げに語った。
子供達の魔力は、左程強くはないが、全てが奇術や手品と言われれて納得できるものではないはずだ。
魔力を持った子供の中から、十二歳の少年を選んで話を聞く事にした。
「何歳で孤児院に?」
オクサナは、自分の魔力に気付かれないよう用心をして話を切り出した。
「八歳です」
「それまでは、どうしていたの?」
「父さんと二人で暮らしてました」
少年の表情が一瞬曇ったのをオクサナは見逃さなかった。
「お父さんに、何かあったの?」
少年の中で、感情が爆発したのが分かった。
「父さんは、僕をバケモノって言って殺そうとした」
「あぁ、何て酷い」
オクサナは、少年の手を取った。
「良く一人で頑張ったわね」
「先生。僕バケモノ何かじゃないです」
「分かってるわ」
気が付くと、少年を引き寄せ抱きしめていた。
「お母さんって、こんな感じなのかな」
オクサナの胸の中で、少年が呟いた。
タルメランは興奮していた。
まさかこんないとも簡単に、願いが叶うとは思っても見なかった。
全身にみなぎる力。身体の中を駆け巡る魔力。全てが完璧だった。
「マルグリット、私はこれまでに沢山の子を持ったが、お前の産んでくれたファビオが一番素晴らしい」
そう言って、小さなマルグリットの頭にそっと触れた。
「ありがとうございます」
マルグリットは、嬉しそうに頬を染めた。
「さて、褒美をやろう。何が良いかな?」
待ってましたとばかりに、マルグリットが微笑んだ。
次話も、よろしくお願いします。
(とうとうタルメランが復活してしまった)




