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皇女物語(旧題 Lena ~魔人皇女の物語~)  作者: 弥也
愛しさの19歳
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約束1

「最近ここのお菓子、凄く華やかよね」

「何かいい事があったのかしら?」

 常連の奥様方は、キッチンで仕事をしているアルセンを横目に見ながらエヴァを冷やかした。

「いえ、別に何もないですよ」

 和かに返すエヴァの表情からは、明らかに何かがあった事が伺えた。

 どこから漏れたのか、エヴァがレナの出産に立ち会ったと言う話が広まり、何故か「縁起が良い」と妊婦へのプレゼントに喜ばれているらしい。

「何が、どうなって、そうなるのよ」

 余りにもの忙しさに、エヴァはとうとう贈答用焼き菓子は予約制にしてしまった。

 久々にレオンが、閉店後にエヴァを訪ねて来た。閉店後でないと、ゆっくり言葉をかわす事すら出来ないのだ。

「そんなに忙しいなら、もっと人を雇えば良いじゃないか。何もかも自分でしようとするから疲れちゃうんだよ」

 レオンが呆れ気味に言った。

 閉店後の店内は、開店時とは違い静かで甘い香りが漂う落ち着く空間になる。

 仕事を終えたアルセンもキッチンから店に出てきた。

「私も常々そうに言っているだか、聞きいてれもらえなくてね」

「人の手に任せてしまうと、商品に責任が持てなくなるでしょ?」

「エヴァはレナと違って昔から完璧主義だからなぁ」

「レナは結構大胆だったものね」

「結構どころか、今も相当大胆な方だよ」

 アルセンはレナにコテンパンにやられた事を思い出していた。

「そうよね」

 自分を殺そうとしたエヴァを、ムートルのナナの元へ迎えに来たのはレナだった。

 レナはいつもの雄々しく、そして優しかったのに。でも、エヴァは気付いていた。こうして過去の事やレナの事を素直に受け入れられているのは、ジャンと名を変えたアルセンがそばにいるからだ。アルセンという存在がそばに居るだけで、気持ちが満たされている。もし、ジャンを失うような事があれば、また卑屈な自分にきっと戻ってしまう。

「レナとルイーズは元気なの? 店がこんな状態だから、なかなか会いに行けないのよね」

「公務も再開して、忙しそうだよ。実は今日来たのは、レナに頼まれてお菓子を頼みに来たんだ」

「レナまで私を馬車馬の様に働かせるつもりね」

 エヴァはため息をついて、そして笑った。


 ファビオがリエーキから姿を消した事は、オクサナからレナとハンスに伝えられた。

「誰にも何も告げずに去った様ですが、その前に魔人村の事を調べていた様です」

「間違いなく、コサムドラに戻っているという事ね」

 もし再びファビオが目の前に現れたら、どうすれば良いのだろう。一度は愛し合った仲だ。ハンスとの婚約がなければ、産んでいたのはファビオの子だったかもしれない。

「レナ? 余計な事考えるのは無駄だよ」

 ハンスの言葉にレナは我に返った。

そうだ、ハンスの言う通りだ。結局私は、ハンスとの子供ルイーズを産んだのだ。

「そうね。その通りよ、ハンス。私は粛々と日常を送ってルイーズを育てるわ。そうだ、この前慰問に行った孤児院の子供達にお菓子を持って行こうと思ってエヴァに頼んでいるの。オクサナさん、一緒に行ってくれないかしら。元気のない子もいて心配なのよ」

「勿論、喜んで同行させていただきます」

 生き生きと打ち合わせを始めたレナの姿にハンスは安心したが、ファビオ捜索の再開をアンドレに進言する事にした。


 ファビオはまだ温泉街に居た。

事故の目撃者が、少し街を離れていたらしく、戻るまでの数日足止めされていたのだ。

 その中年男は、どうやら、母マルグリットに魅力を感じていたようで、アリサが道を横断する前から二人を見ていた。

 男は事故で死んだ女が目の前にいる青年の母だとは思いもせず、身振り手振りをつけて事故の状況を説明した。しかし、ファビオは男の言葉など聞いてはおらず、男の記憶にある事故の光景を見ていた。

 スヴェンやアリサから聞いた事故の状況と、全く同じだった。事故直後、マルグリットに駆け寄り肩を落とすスヴェンの姿もこの男は記憶していた。しかし、何故アリサが道を横断し、それを母が追ったのかは、わからなかった。

 これ以上この街に用はない。

 ファビオは別荘の村へ向かった。


 ハンスの手配した追っ手が温泉街にやって来たのは、ファビオが別荘の村へ向かった十日後だった。

次話も、よろしくお願いします。

(エヴァに何か良い事があったみたいです)

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