陰謀 突き付けられる悪意
レナの14歳の誕生日が目前に迫り……
去年の今頃、母アミラの容体が悪化し何時どうなってもおかしくない状態だった。
ベルとエヴァがケーキを用意してくれなかったら、レナは自分の誕生日なんて気付きもしなかった。
「レナ様、ルイーズ様が間もなく到着されます」
エリザが呼びにやってきた。
レナの誕生日を祝う為、ベルと共に古城からやって来たのだ。
あれから一年。
レナを取り巻く環境は、すっかり変わってしまった。
病弱な母を持つ街の少女レナが、国王の娘レナである。
こうして城の玄関で、祖母を待つなんて一年前は思いもしなかった。
「お祖母様!」
レナは、馬車から降りて来たルイーズに駆け寄った。
「まぁまぁ、そんな走らなくても」
ルイーズは全身でレナを受け止めた。
孫とは、こんなに愛おしいものなのか。
古城に迎えに来たエリザから、レナとエヴァの話は聞いた。
ルイーズは、街へ寄ってエヴァに面会し、レナとエヴァの仲を取り持とうとしたが、エリザにとめられた。
「失礼ながら、それは老婆心かと……」
全く、村を追われて生きてゆく場所を失い城に迷い込んだ小さな娘が、こんな生意気な口を利くようになるとは。
まぁ、しかし、エリザの言うとおりだ。
レナはこの国を治める事になるのだから、自分の友人関係くらい、自分で何とかできなければ。
ルイーズは、懐かしい城の部屋で寛いでいた。
「ルイーズ様、お客様です」
エリザが案内してきたのは、ドナルド・クレマンだった。
「おや、ドナルド。何年ぶりかしらね。私が古城に幽閉されている間、どうしてたんだい」
この男は、昔から自分の利益しか考えず、鼻持ちならない。
「ルイーズ様、相変わらず手厳しい事を」
昔からこの男が嫌いだった。
やる事なす事すべてが下心の塊なのだから。
「で、今日は何の用だい」
「実はレナ様の素性の事なのですが……」
レナの十四歳の誕生日を祝う食事会が開かれた。
本来であれば、大きなパーティーを催すのだが、レナはまだ喪が明けていない。
食卓には、王族唯一の親族クレマン家他、国の役職達が勢ぞろいし、食堂は来客達の熱気に包まれていた。
皆、こぞって祝いの品を用意し、レナとアンドレが現れるのを待っていた。
エヴァは訓練校の校長室でダニエル校長から、仕事が決まった事を告げられた。
「本当ですか? あのクレマン家のメイドに?」
「そうだよ」
ダニエルは教育者らしい温厚な微笑みをエヴァに向ける。
「あの、それはレナの事を先生にお話したから……ですか?」
数日前、ダニエルにレナの家族の事を聞かれたのだ。
今や王女様になってしまったレナの事を話すのは少々ためらわれたが、知っている事だけをを話せば良いだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも、やはり後ろめたさは心のどこかに残っていた。
「いや、それは違うよ。エヴァ」
「レナが大変な事になったりしてませんか?」
「大丈夫だよ、エヴァ。君が心配する事ではないよ」
「でも……」
「君は成績が良い。仕事が決まった理由はそれだけだよ。ドナルドはね、私の旧友なんだよ。良いメイドが居ないかと聞かれて、私が君を推薦したんだ。だから胸を張って、勤めなさい」
「はい、ありがとうございます」
仕事が決まった事は嬉しいけれど、私はメイド、レナは王の娘。
エヴァの心は晴れなかった。
レナは拍手で食堂に迎えられた。
「皆様、今日は有難うございます」
食堂を見渡す。
ドミニク老人など、もう涙で顔がクシャクシャだ。
ああ、やっぱり嫌な気配がする。
それも、以前より強くなっている。
「いいかい、レナ。食事会で何が起きても驚くんじゃないよ。どうやら、良からぬ事を企んでいる者がいる。私に任せておきなさい」
何も起きない事をレナは願った。
しかし、起きてしまった。
レナが来客から祝いの品を受け取り、一人一人と丁寧に言葉を交わし、最後のデザートが運ばれるだけになった頃だった。
「何とした事か、レナ姫様に大切なお話があったのを忘れておった」
大声で叫んだのはドナルド・クレマンだった。
「何でしょう」
全身から嫌な気配を放ち歩み寄るドナルドを、満面の笑みで迎えるレナ。
ドナルドは、レナ前に立つと、突然レナの腕を掴み捻り上げ、こういった。
「偽物のレナ姫様。お前は誰だ!」
食堂内が、騒然となった。
「ドナルド、お前何を言いだすのだ!」
ドミニクは、足の痛みも忘れてドナルドに駆け寄り、レナから引き離そうとしたが、ドナルドに突き飛ばされてしまった。
「ドミニクさん、大丈夫ですか!」
レナは捻りあげられた自分の腕より、突き飛ばされたドミニクを心配した。
本気になれば、ドナルドなどどうにでも出来る。
「手を離しなさい、ドナルド」
ルイーズが、静かに言った。
アンドレは無言でドナルドを見つめた。
「国王! この娘は貴方の娘ではない!」
レナはドナルドから解放され、突き飛ばされたドミニクに駆け寄った。
「ドミニクさん!」
レナは、ドミニクが立ち上がり椅子に腰掛けるのを手伝った。
「ありがとうございます」
ドミニクは、憎々しげにドナルドを睨み付けた。
来客達は、何が起きようとしているのか、身体を硬くして成り行きを見るしかできなかった。
ドミニクに怪我が無いのを確認したレナは、自分の席に戻った。
「ドナルド・クレマン、何故、私が父の娘ではないと?」
レナは、ドナルドの顔を見据えて静かに言った。
「それは、お前が一番よく分かっているだろう。街外れに住むエヴァ・ジラールを知っているだろう」
一瞬、レナの顔色が変わった。
今、ここでエヴァの名を聞くとは思ってもいなかった。
「ほら、見たか。今、顔色が変わったぞ。エヴァ・ジラールを知っているんだな」
「はい、私の大切な友達です」
今は、少し微妙な関係になってしまったけど、胸を張って友達と言える。
「何、故国王の娘が、そのような、ただの街娘と友達なのだ?」
「私もその街に暮らしていたからです」
「何故だ」
「それは……」
「ほら、答えられないではないか。母の名はアミラ、娘の名はレナ。そのような親子、何処にでもおるわ!」
レナは、思わずため息をついた。
まぁ、そうでしょうけどね……。
「どうだ、観念したか! 国王には後継者などいないのだ。 自分の娘かどうかすら分からぬようなアンドレに、国を任せて良いのか?」
ドナルドは、来客達に意見を求めたが、誰も応える者はいなかった。
「いい加減になさい、ドナルド!」
声を上げたのはルイーズだった。
「ルイーズ様、どうか真実を受け止めて下さい」
食堂に兵が数名入ってきた。
レナが捕らえられると思ったドナルドは、兵達に道をあけた。
しかし、兵が捉えたのはドナルドだった。
「な、何をする! 私ではない、あの娘を捕らえるのだ!」
ドナルドは、あっと言う間に兵によって捕らえられた。
「私は警告した筈です。余計な事はするな、と。真実を受け止めなければならないのは、ドナルド、貴方です」
ルイーズは、威厳を持って言い放った。
「しかし!」
それでもドナルドは、引き下がらない。
「ドナルド、王座を狙っておるのだろう。お前こそ魂胆が見えておるわ」
落ち着いたドミニクが、叫んだ。
アンドレが静かに口を開いた。
「ドナルド、私は早くに父を亡くし、お前を兄か父の様に思ってきた。それが、これは何だ」
「ですから、その娘は!」
「正真正銘間違いなく、私とアミラの娘レナだ」
「しかし、その娘にはアルドと言う父親もおるのですぞ。その娘の友達が証言したのです。間違いありません。国王貴方は騙されておられるのだ!」
どうだ、アンドレ。
これで王座は、我がクレマン家のものだ。
ドナルドは、兵に捉えられたまま、勝ち誇った顔をしていた。
「残念だ、ドナルド。そのアルドとは、街へ出た時の私の名だ」
アンドレは、静かにドナルドに歩み寄った。
「エヴァにも街の家で会ったよ。素直な良い子で、レナの大事な親友だ。そのエヴァにお前は何かさせたのか」
「その娘が、アミラ様の娘レナ様だと言う証拠は!」
「まだ言うか、ドナルド。残念だよ。我々王家一族にしか分からない証拠があるのだ」
ドナルドの身体が震え始めた。
やっと、自分のした事、自分の置かれている状況を理解した。
「どうか、息子達や家族には情けを……」
ドナルドは、兵の手によって連れ出された。
静まり返った食堂にデザートが運ばれてきた。
「レナ、誕生日に嫌な思いをさせたね」
「いえ、私は大丈夫です」
何かが起きる事は、最初から分かっていたもの。
ただ、エヴァの名前が出るとは思わなかった。
「騒ぎになってしまい、折角出席してくれたのに申し訳ない」
アンドレが立ち上がり皆に謝罪すると、ドミニクが立ち上がった。
「何をおっしゃいますか。ドナルドめの策略に気付けずご迷惑をおかけしたのは我々です。レナ様を危険な目にあわせてしまって、申し訳ございません」
出席者全員がドミニクと同じ思いだった。
「私は大丈夫です。それよりドミニクさん、どこも痛くないですか?」
「何と、お優しい」
ドミニクは、はらはらと涙を流しながらよれよれとと椅子に座った。
「妻アミラの喪が明け次第、披露目を行う。皆には手間を取らせるが、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
レナが立ち上がると、全員が一斉に立ち上がった。
「改めて、レナ様お誕生日おめでとうございます」
「有難うございます!」
食堂は拍手と笑顔で溢れ、レナも笑顔で答えたがエヴァの事が頭から離れなかった。
次話で13歳の章は終わりです。




