反撃7
リエーキではジョアンの命令でアルセンの捜索が懸命に行われていた。
「コサムドラから送られてくる遺体の中には居なかったのだな」
ジョアンは声を荒げた。
「はい、恐らく……」
「恐らくだと?! 今から全ての墓を暴いて確認するぞ!!」
ジョアンの命令に部下たちが悲鳴をあげた。
と同時に、メイドが一人駆け込んで来た。
「奥様の頭痛が酷くなりますので、お静に願います」
だったら、この部屋から遠い部屋で休めば良いじゃないかっ!
ジョアンは怒鳴りそうになるのを堪えた。
「分かった。母上に申し訳ないと伝えてくれ。では一時間後に出発する。準備をしろ」
ジョアンは怒りを込めた静な声で言った。一体この怒りは誰への怒りなのか、もうそれすらジョアンは分からなくなるほど怒りを抱えていた。
「しかし、墓を暴くのは……」
「冒涜だと言う事くらい分かっている」
しかし、何としてもアルセンの亡骸を見なければ気がすまなった。きっと一目アルセンの惨めな姿を見れば、この意味不明な怒りも静まるだろう。
リエーキ国内の混乱は、少しずつだが収まり始めていた。しかし、アルセンの息のかかった者の脱国は後を絶たず、その都度亡骸がコサムドラから手厚く送り返されていた。
しかし、親族たちはジョアンの怒りを恐れ、亡骸を引き取る事はなく、湖近くに急遽墓地が建てられた。墓地とは名ばかりの、数年もすれば朽ちてなくなるのが明らかな墓標が建てられているだけの粗末な物で、他国で手厚く扱われた亡骸は、自国に戻るとぞんざいに扱われていた。 不憫に思った民が、石を墓石代わりに置こうとして罰せられた。
そんな様子を見て、脱国を諦め者も出始めていた。
ムートル国にスヴェンが感じた事の無い魔人の気配が数名分入ってきた。ムートルに住むリエーキ人達によると、どうやらリエーキから人を探しにやって来たと言う事だった。
「誰とは申しませんでしたが、人相風体からしてアルセ様を探していたようです。彼らによると、相当な報奨金がかけられているとか」
「湖に浮いた遺体を墓から掘り起こしてまで探しているとの事です」
スヴェンの耳に入る情報は、身の毛もよだつような事ばかりだ。
「ジョアン様は魔人皇族の末裔だと言う事だそうです」
父に連れられて城に遊びにやって来ていた小さな少年ジョアンならスヴェンは覚えていた。
しかし、あの一族が魔人皇族の末裔などと、小耳にはさんだ事すらなかった。あの一族はアルセン様のご親戚筋の筈。だとすれば、あの母親がそうなのだろうか。ジョアンの母には、招待された結婚式で見た切りだ。
「この国の人達に害が及ばないように、しっかし対応しなさい。それが我々を受け入れてくれたブルーノ王への礼儀です」
スヴェンの言葉に、リエーキ人は頷いた。
国交のあるコサムドラにこそ多くの追手がアルセンを探して来そうなものだが、一人も来ていないかった。
「おそらく、ジョアンが僕達の事を恐れたんだね」
「そうね、私達二人がやろうと思えば、この距離からでもジョアンを締上げられるもの」
レナが勇ましい事を言ったので、傍で聞いていたエリザが顔をしかめた。
「もちろん、今はしないわよ」
「今じゃなくてもダメです。ジョアン様は、既に一刻の王です。リエーキ国内の行いの良し悪しについて他国が口を出す事ではありません。口を出すとすれば、それは戦争と言うことになります」
エリザに睨まれて、レナは小さくなった。
「父上も、それを悩まれているよ」
「アルセンも決して良い国王でななかったものね。ジョアン国王が非情だと責める事は出来ないわね」
レナとハンスは、思わずため息をついた。
その夜遅く、一人の男がコサムドラの城の前で足を止めた。
夜勤の門番が不審に思い近付くと、男はにやりと笑って言った。
「やぁ、こんばんは。私はファビオだ。ここで馬車の整備をしていたのが、昨日の事の様だ」
「こんな時間に、馬車の整備に来たのか」
門番は軽率にも、身分を確認せずファビオを通そうとした。
「だめじゃないか。身分も確認せずに通すのか?」
門番が驚く間もなく、ファビオは姿を消した。
この夜の出来事は、門番の間でちょっとした怪談話となったが、城の中まで伝わる事はなかった。
次話も、よろしくお願いします。
(とうとうファビオが動き始めた)




