反撃4
レナやハンスには、オクサナも同席して食事をと誘われたがアルセンは用が済むと直ぐに城を後にした。
コサムドラの民となったアルセンは、ゆっくりとコサムドラの城下町やレナとエヴァの育ったプスルの街を散策したいと思っていた。
エヴァに言えば、店を休んででも張り切って案内をしそうだ。エヴァに迷惑をかけるわけにはいかない。
コサムドラの城下町は城で働く者達の住宅地区になっている。出産前のカーラをエヴァが訪ねた家もこの地区にあった。
リエーキにいる頃は、人々の暮らしに興味を持った事はなかった。リエーキの民は、平和だった頃、どんな生活をしていたのだろう。そもそも、平和だと自分が思い込んでいるだけで本当に平和だったのだろうか。
「おじさん、どうかしたの?」
小さな女の子が、見上げる様にしてアルセンの顔を見てた。
考え事をしたながら歩いていたせいか、アルセンは難しい顔をしていたようだ。
「いや、なんでもない」
「ふーん。おじさん、これあげる」
少女は小さな手で、ポケットから小さな焼き菓子を取り出してアルセンの手に握らせた。
「ん?」
それは、エヴァの店で売られている焼き菓子だった。
「それを食べたら、笑顔になるよ」
少女はにこりとアルセンに笑いかけ、走り去った。
何だ今のは。
アルセンは直ぐに少女の後を追ったが、その姿はどこにもなかった。
天使かもしれない。
アルセンは焼き菓子を口に入れた。一見硬そうに見える焼き菓子だが、口の中に入れるとほろほろと解けて、口の中いっぱいに甘い幸せが広がる。確かに自然顔がほころぶ。
きっとこの焼き菓子には、エヴァの魔力がかかっているんだ。
アルセンは、また散策を再開した。
今度は余計な事を考えずに。
もし、今日中に帰ってこなかったら、明日の朝日が昇るのと同時に城へ行こう。
行って何かが出来る訳ではないが、何もせずには居られないのだ。本当なら今直ぐにでも行きたい。
しかし、店には客足が途切れる事が無いのだ。
もう一人、雇おうかしら。そうすればジャンとの時間も作る事が出来る。
ギード否、ハンスからこの店を受け継いでから今まで一人で突っ走って来た。少し、ほんの少し、速度を緩めてもいいかもしれない。
夕方のピークが過ぎ、従業員達が帰った後は持ち帰りの客が殆どになるため、エヴァは店に出てカウンターで接客をしていた。
「あの、お店の外に変な人がいるんですけど」
今入って来た客が、エヴァにそっと耳打ちをした。
「分かりました。ありがとうございます……」
先日も、酔っ払いが店の前で眠り込んでしまった様な事はあったが、ジャンがうまく追い払ってくれた。
早く帰ってきてよ、ジャン。
ちょっとら怖かっだが、客に迷惑になってはいけない。
意を決して店の外に出てみると、顔も見えない程の積み上げられた荷物を抱えた人が立っていた。
「あのぉ……」
エヴァが恐る恐る声を掛けると、荷物が動いた。
「エヴァ? すまない、少し荷物を持ってくれないか。これでは前が見え難くて店に入れないんだ」
「ジャン!!!」
声の主はアルセンだった。
城下町からプルスに迄戻ったのは良いが、多くの商店が立ち並ぶ大通りでついつい買い物をし過ぎてしまった。
最初に目にとまった店は洋品店だった。
シンプルで上品な仕立てのエプロンが目にとまった。
エヴァのエプロンは、すっかりくたびれてしまっていて、エヴァ自身も「そろそろ新しい物を」と言っていたのを思い出した。
色違いで三枚あったので、三枚とも買った。
次に入った店は、髪飾りを売る店だった。エヴァは仕事中は髪を引っ詰めているが、ツヤのある美しい髪をしている。ふと店先にあった髪飾りを、自らの手でエヴァの髪に付ける想像をしていまい、気付けば買っていた。
もう、こうなると止まらなかった。
最後、エヴァの店の向かいにある帽子屋で買い物をしたところで荷物で前が見えなくなってしまった。
閉店後のエヴァの店では、アルセンが買って来た品々がエヴァの目の前に広げられた。
「こんなに……」
中にはエヴァには決して買えないような高級品もあった。
品物の中からアルセンは髪飾りを手に取った。
「エヴァ、髪を下ろして」
エヴァは言われるがまま、引っ詰めていた髪を下ろした。
アルセンはそっとエヴァの柔らかくツヤのある髪に手を伸ばし、髪飾りをつけた。
次話も、よろしくお願いします。
(反撃なんて勇ましいサブタイトルに似つかわしくないない様ですが……w)




