はじまり5
ドプトス村のゴージェは、皆の嫌がる湖畔の警備に朝から乗り出していた。
「ゴージェどうしたんだよ。今の湖畔はリエーキからの脱出に失敗した遺体がプカプカ浮いてるんだぞ。俺なんざ、近寄りたくもねえわ」
「だからだよ。今、恩を売っておけば何かの時に役立つさ」
同僚には妙に思われたようだが、そこは何時もの大きな声で誤魔化した。
もちろんゴージェも出来ることなら近寄りたくもなかった。
リエーキでクーデターが起こる前、泳ぐ季節はとっくに過ぎてしまっていたが、美しい湖畔に遊びに来る者がいたが、今はその湖面に死体が浮いている。
湖で漁をしている漁師たちがその都度回収をしてはいるが、湖に近寄るとそれを見てしまう事もあり、めっきり人は少なくなった。
ドプトス村の警備隊員は、そんな光景を物見遊山しようと近付く不届き者を追い払う事だった。
しかし、ゴージェには別の任務があった。
「レナ姫様に頼りにされた。これは絶対に応えなければいけない」
ゴージェは、湖面を凝視し続けた。
しかし、探し求める生存者は浮いて来ない。
もう、見つからないかもしれない。そう思った日の夕方、漁師の使う大きな浮きにしがみついた遺体を見付けた。
「また、遺体か……」
漁師に知らせて回収しなければ、ゴージェは肩を落とした。
「た…す…け…て…く…れ…」
何処からか声がした。
「誰かいるのか!」
声は直ぐ近くから聞こえているようなのに、人影はない。遠く離れた湖畔に、同僚が見張りをしているだけだ。
ふと、先程の遺体に目をやると、僅かに指が動いているように見えた。
「生きてるのか!」
ゴージェが、いつもよりも増して、大声で怒鳴った。
更に指が動く。
ゴージェは、湖に飛び込んだ。レナ姫様からの頼みに応えられる。
遠くで同僚が驚いて何かを叫んでいるのが聞こえた。
「生きてる! 生きてるんだ! 医者を呼んでくれ!」
ゴージェの大声に、同僚は急いで走り出した。
その姿を確認すると、ゴージェは浮きに向かって全力で泳いだ。
『リエーキでクーデターが起きました。湖畔にはリエーキから逃げて来た人達が泳ぎ着くかもしれません。必ず、助けてあげて下さい。レナ』
ゴージェが受け取ったレナからの早馬だった。
浮きにしがみついていた男は、ゴージェに気付いてもらえた安堵感からか、するすると浮きから手を離し湖へ沈みそうになった。
「しっかりしろ!」
ゴージェの大声に、男は慌てて再び浮きに手を伸ばした。
薄れ行く意識の中で、物凄い勢いで泳ぎ近付くゴージェの姿を必死に見つめ続けた。
「ここまで来たんだ! あと少し頑張れっ!」
男が完全に意識を失うのと、ゴージェが男の身体を掴んだのは同時だった。
意識を亡くし脱力している男が水を飲まない様に、身体を支えながら泳ぐのは流石のゴージェも体力が奪われた。
どの位泳いだだろうか。ゴージェは疲労に襲われていた。
「ゴージェ、こっちだっ!」
医者を呼びに走った同僚が、漁師に船を出させていた。ゴージェと男は小さな漁船に引き上げられた。
「どうだ、まだ生きてるか?」
ゴージェは、上がった息を整える間も無く男の様子を聞いた。
同僚が男の鼓動と息を確認した。
「大丈夫だ。湖畔に医者が待ってる」
「そうか、よかった」
しかし、この男がこうして生きて湖を渡ってきたのだ。これからも可能性はある。
「湖畔の見張りを増やしてもらおう。また生きている者が泳いでくるかもしれない」
ゴージェは、再び遠い湖面に目を凝らした。
「助けてくれっ!」
アルセンは叫んだ自分の声で、目が覚めた。
薬草の匂いがする。
「ここは……」
思い出そうとすると、少し頭が痛んだ。夢か現実なのかも少し曖昧な感じがした。
「おお! 目が覚めましたか!」
部屋にノックもなしに入ってきた男が大きな声で叫んだ。
次話も、よろしくお願いします。
(ゴージェ、よく頑張りました。溺れ瀕死の人を助ける事はすごく難しく、場合によっては救助する人まで命を落とす事もあります。真似しちゃいけません。しないか)




