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皇女物語(旧題 Lena ~魔人皇女の物語~)  作者: 弥也
愛しさの19歳
209/271

はじまり4

 アルセンは必死に走った。

 生まれ育った城から、少しでも遠くに。持ち出した物は、エヴァから届いたジャムの瓶と、大きめのマントだけだった。

 どうにかしてリエーキから逃れれば、魔力が使えるはずだ。

 目指す場所はコサムドラだが、国境は通れない。

 だとすれば、湖を渡るしか方法はない。

 アルセンはマントで顔を隠しながら湖のある国境の街を目指した。

 城から遠く離れた田舎町で、アルセンは食堂に入った。

 食堂では、アルセンによる両親殺しの罪の話題で持ちきりだった。ただ、今そこに、そのアルセン本人が居るとは夢にも思っていない様子は、アルセンにとっては救いだった。

 客は皆、アルセンへの非難と、新しい王ジョアンへの不安を語っていた。

「えらく若いそうじゃなかい」

「しかも良い男らしいよ」

「でも、やり方が汚いね。随分と人が死んだそうじゃないか」

「それを言うなら、アルセン王だって両親を殺したんだろ?」

「本当だろか」

「なぁ、アンタ。あんたはどう思う?」

 突然、酒に酔った男に話しかけられた。

「わ、私は……」

「ちょっとアンタ。関係ない人にまで話しかけるんじゃないよ。すみませんねぇ」

 男の妻らしい女に助けられて、思わず安堵のため息が出た。

 こんな国の外れにまで知れ渡っているのか。

 アルセンは先が思いやられた。

 突然がやがやと騒がしい集団が食堂に入って来た。

 どうらや新国王の配下の者らしい。

「いらっしゃい」

 これまで姿を見せなかった、食堂の店主が慌てて接客に出てきた。

アルセンは 先程の酔っ払いに話しかけた。

「で、新しい国王様はどんな方なんだ」

「さぁとても若いってことしかわかんねぇなぁ」

 酔っ払いは上機嫌に答えてくれた。

 これで配下の者に怪しまれる事はないだろう。

 アルセンは、酔っ払いを適度に相手しつつ食事を済ませると、早々に店を後にした。


 湖の近くまで来て気が付いた。

 さっきの配下の者達は、湖で魔力が使えないようにしたのだ。そんな魔力破る事は容易いが、破れば直ぐに気付かれてしまう。

 桃の季節も終わり、肌寒くなり始め今、人目につかない夜に渡り切るのは至難の技かもしれない。

 しかし、他に方法はなかった。湖の三分の一はコサムドラの領地だ。そこまで何とかたどり着ければ魔力を使う事も出来るだろう。もし、リエーキに悟られたとしても、コサムドラの領地にさえ入って仕舞えば、手出しはできない。

 やってみる価値はある。もし失敗して命を落とすような事になっても、どの道今のリエーキではアルセンが生き延びる術はないのだ。


 太陽が姿を消し、人の気配がなくなる頃、アルセンは隠し持って来たエヴァのジャムを全て食べ切った。

 そして、昼間のうちに漁師の小屋から盗み出した大きな浮きを抱えて湖に足を踏み入れた。


 コサムドラにリエーキのクーデターが成功した事が、ジョアンから手紙で知らされた。

「どうして、彼奴の本性に気がつかなかったのだろう!」

 ハンスは悔しがり、

「アルセンはどうなったの?」

 レナは心配で部屋の中を二人が落ち着きなく歩き回っていた。

「ハンス様、レナ様、アンドレ様が執務室でお待ちです」

 二人を呼びにやって来たエリザは、落ち着きなく歩き回る二人を呆れた顔で見た。


「今我々がリエーキに何かをする事は出来ない」

 それがアンドレの出した結論だった。

「確かにジョアンのやった事はアルセンへの裏切りだが、我が国への不義理の謝罪の書状きており国として何かをすると言う段階ではない」

「アルセン様が心配ですね」

 ハンスが眉間にしわを寄せた。

「どこへ行ってしまったのかしら。リエーキは追われたんでしょ?」

 ハンスがリエーキの地図を広げた。

「ここが城のある街。そして、ここかコサムドラとの国境。湖の町だ」

「あの湖ね!」

 レナとハンスが再会した湖だ。

「もし、アルセン様がコサムドラを目指して移動しているなら、ここを使うはず」

「申し訳ないが、コサムドラは国としてアルセン王、あ、いや、もう王ではないのだな、アルセンにしてやれる事はない」

 アンドレの言葉に、レナがニコリと笑った。

「でも、私は友達としてできる事はあると思うの。カーラの命を救ってくれたんですもの」

 レナはそう言って執務室を出て行った。

「ハンス、うちのじゃじゃ馬姫が無茶をしない様に頼むよ。お腹の子も心配だ」

「もちろんです」

 ハンスは慌ててレナの後を追った。

次話も、よろしくお願いします。

(頑張れアルセン! ん?アルセンって嫌なやつじゃなかったっけ?)

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